68話 はめられた
シオンたちを見送って数日後、エゼキエルとディアナから返信が来た。
今回は伝書鳥が働いたので、同時に届いたのは偶然だろう。
玉座に座るシーマはジャメルが文を点検するのを待って、難易度が低そうなエゼキエルの文を手に取った。原料が主国の紙と異なるのか、巻いた紙が少し重い。封を切ると、クルクルッと巻き戻った。
字を見ればすぐにわかった。シオンが代筆している。
シーマは目を細め、懇切丁寧に書かれた文を読み進めた。
王の間にいるのは護衛の小太郎の他は、ジャメルとミリヤのみである。ミリヤは妃の椅子に座り、声がかかるのを待っていた。
「どう思う?」
文はジャメルのもとを往復してから、ミリヤのもとに届いた。
ミリヤは冷徹な目で注意深く内容を確認する。王に対する口調で話した。
「よくわかりません……陛下を抜いて三者間で相談したのではないですか?」
「それは見過ごすわけにはいかないな」
文の内容が腑に落ちないのはシーマも同じだ。
エゼキエルはなぜか唐突に、ヴァルタン領をディアナへ譲渡しろと言ってきたのである。ヴァルタン領はユゼフが相続したのだが、シーマが即位した際に献上していた。一度、渡したものを元は自分の物だから、馬鹿女にあげろと言ってきたのだ。
鍵はディアナの文にあった。続いて材質の違う便箋を紐解き、シーマは目を走らせた。
丸みを帯びた馬鹿っぽい字は、ディアナ本人が書いたのであろう。シオンに代筆を頼めばよかったのにと、言いそうになった。
内容はかなり強気だ。
謀反を裏で操っていたことは一目瞭然であり、弁明の余地はない。謝罪と賠償を兼ねて、王国の西部ヴァルタン領と北部のローズ領──つまり大陸部の半分を寄越して、一国の女王として認めよと。
つまり、事前にエゼキエルと示し合わせて、領地の譲渡を承認させたかったのかと思われる。
シオンとカオルのコンビが登城してこないのは、ディアナとエゼキエル間を行き来して忙しかったからだ。シーマは完全に蚊帳の外だった。
思わず、笑いを漏らしてしまった。
「笑いごとではないですよ?」
ミリヤに文を渡すジャメルは渋い顔をして、濃い眉を掻いた。
「なんの力も持っていないくせに、強欲な女だなぁと思ってさ」
「強い後ろ盾がいるじゃないですか? サチとエゼキエル王ですよ」
「サチはこれを書かせるままにしたのか? それが一番の疑問だ」
ミリヤが文を返した。琥珀の目は鋭い光を放っている。
「ご本人としては譲歩されたおつもりでしょう。サウル様は意図的に書かせたのかと思われます」
この一言で合点がいった。サチはミリヤの存在を知り、シーマがどこまで許容するか引き出そうとしているのだ。
和睦の条件としてミリヤのことを伝えていたら、もっと無理難題を突き付けられたかもしれない。本人の意図しないところで、カオルに救われた。
和睦を求めていても、ディアナに反省の色は見えず、強硬姿勢を変える気はないと思われた。そして、サチはディアナに与している。
ひじ掛けに置いた手が温もりを感じ取り、シーマはミリヤから目を逸らした。
「ローズはやらない。あれはもともとシオンのものだ」
「シオン様が差し上げてもいいとおっしゃったら?」
シーマは絶句した。シオンなら言うかもしれない。
「今はシオンのものではない。やるかやらないかは、俺が判断する」
足元を見られたようで不快だった。代筆をやり返すエゼキエルのほうが、サチよりまだ可愛げがある。
「エゼキエルもエゼキエルだ。馬鹿女に領地を与えろと言うぐらいなら、魔国へ連れ帰ってしまえばいいのに」
「結婚して、サチかエゼキエル王の妃になるという道もありますよねぇ。そっちのほうが丸く収まるんじゃないですか」
暴言に対して、ジャメルが相槌を打ってくれた。長髭のアスターより短髭のほうが、シーマの気持ちを汲んでくれる。
ミリヤが水を差した。
「お二人とも、女心をおわかりではないですね。そんなことでは、先行きが危ぶまれます」
「女心も何も、ディアナが欲張りなだけだ」
「男が頼りないから、ご自分の地位を確立しておきたいのです。サウル様はまだグリンデルを手に入れておらず、エゼキエル王は魔国が僻地という認識が足りないのかと」
「思い上がりも甚だしい。ディアナは、自分にそれほどまでの価値があると思っているのか?」
「女の価値を決めるのは惚れた男です。外野の意見は関係ありません」
小憎たらしい唇はよく動く。これがベッドの上だったら、強制終了してやるところだが、シーマは手を握り返すだけに留めた。
即決はできない。考える時間が必要だ。ひとの領地を強奪しておいて、もっと寄越せとは、ずうずうしいにもほどがある。とりあえず、シーマは憤怒を抑えるのに一苦労した。冷静な思考のできる頭脳がほしい。
考える時間は一日と与えられなかった。
翌日、アスターが現れたのである。強面の長髭は相変わらずで、山深い所に現れる山賊と言っても、疑われないだろう。その第一声が、
「ディアナへの回答は決まったか? さっさと返事をしろ!」
王の間にいるのが限られた者だけとはいえ、無礼極まりない。
ずかずか玉座の前まで歩み寄り、隣に座るミリヤを見て険しい顔になった。
「おい! あれだけ国を出るまえに忠告してやったのに、人の話を聞かない奴め!」
「わざわざ、何をしにきた? 無職の親父に恫喝されるとは、王の権威も地に落ちたもんだ」
騎士団を解雇され、大臣の役職も解かれた今のアスターはただの浮浪者である。シーマの嘲りをものともせず、アスターは背負っていたスリングから書類を取り出した。
「ユゼフ、ディアナ、サチから預かってきた。和睦の条件だよ。心して目を通せ!」
とんだ仲介役だ。ケンカ腰のうえに威圧的。有無を言わさず、紙切れを押し付けてくる。おびえていないか、横のミリヤを見たところ、平然としていた。それどころか、
「あら、アスター様、お久しぶりー」
などと、気さくに話しかけている。アスターもアスターでまったく動じず、
「よう、アバズレ! よく生きていたな?」
と返す。二人の間に独特の空気を感じ取り、シーマは眉を寄せた。
「いやに親しげじゃないか?」
「ほとんど話したことはないがな」
そう言うわりにミリヤはアスターに会えて嬉しそうだし、アスターもまんざらではない様子だ。
「アスター様ったら、わたしのこと、怖がって避けるんですもの」
「あーー、怖い、怖い! 隠し持った毒針でいつ刺されやしないかと、ビクビクしていたよ」
「見かけによらず、気弱なことおっしゃいますのね? ずっと片想いしてましたのに……」
「小娘が生意気にも誘惑してくるか?」
「アスター様こそ、上衣の前をはだけて誘ってくるではないですか?」
「暑いんだよ!」
ちょっと待てと、シーマはおしゃべりを中断させた。ミリヤが自分以外の男に女を見せるのは許せない。一気に気分が落ちた。
小悪魔的に笑うミリヤは、平然と色香を立ち上らせる。シオンやカオルに対する時とは歴然の差である。彼女が低俗な意地悪をしてくる理由がシーマにはわからなかった。
さらに、ジャメルが増していく不信感に拍車をかけた。
「ミリヤちゃんって、アスター様みたいなタイプが好みなんですよね。騎士団とディアナ様の側仕えの交流会の時、話題に上ってました」
聞いてないし──まさか、アスターに嫉妬する日が来ようとは。シーマはミリヤの一挙一動に振り回されている。ジャメルが追い打ちをかけた。
「つまり、アスター様みたいにガタイが良くて、毛深いケダモノっぽいのが好きってことですね」
「ケダモノは余計だ!」
アスターが反発する。他に例えようがないだろうに。
シーマは動揺して、渡された紙切れを確認するどころではなくなった。いつの間にか、微笑みの仮面は外れていたのだろう。
ふざけていたのが急に変わり、アスターは敏い目つきになった。
「あーあ、これは重症だな……完全に取り込まれているではないか?」
そこで、ようやくシーマは感づいた。
「……謀ったな?」
「血筋か?……悪いところがイアンに伝染っているではないか」
アスターはシーマがどれほどミリヤに依存しているか、試していたのである。味方だと思っていたジャメルも加担していた。ミリヤがアスターに合わせていたのは、愛を確かめるためというより、ディアナ側の有利に話を進めたかったからと思われる。
顔が熱くなり、シーマは玉座を下りた。こんなことは、めったにない。ミリヤのせいだ。
「おまえのバカ息子が明日か明後日には登城するから、その時までに考えとけよ!」
アスターの野太い声が追いかけてくる。その時には玉座の後ろの扉を通り、シーマは通路へ出ていた。




