38話 ごりら
本部に戻ったアスターを待ち受けていたのはルイスだった。
暖炉にソファーやスツールを置いた居間が執務室となる。元は一台のデスクが置かれただけの殺風景な広間だったのを、アスターが居心地良いように変えたのだ。これで床に座らなくても会議ができる。
くつろぎ空間でマンドリンを奏で、歌を披露する吟遊詩人は緊張感とかけ離れていた。アスターを見るなり歌うのをやめたのは、報告があるからだろう。
「どこで油を売ってたんです? 呑気な支部長ですねぇ」
「支部長!? んなもんになった覚えはないのだが!」
「本局から辞令が出てませんでしたか? デスクの引き出しを見てください」
「戯言はいい。とっとと用件を言え」
ルイスの茶色い瞳が鋭くなった。気持ち、顔全体の陰影が濃くなった気がする。イアンや非戦闘員の女子供にはこういう顔は見せないのだろうと、アスターはなんとなく思った。
「三日後です」
「なるほど」
働きバチから一報が入ったのか。ついに血戦の日が決まった。
「夜明けの城からの返答は来ましたか?」
「クソデブは二の足を踏んでいるな。続報でイアンの所在を明らかにしたから、出さざるを得ぬだろう」
「確証がほしいです」
コルベ島の最高責任者はルイスだ。オートマトンと戦闘員を提供するのだから、それなりの成果と保証を求めるのは当然だろう。未回答ではあったが、アスターはシーマが必ずグリフォン隊を送ってくれると信じていた。
「戦は水物。断言はできない。勝利は自分たちで導くものだ」
「必ず勝つのでなければ、協力はしたくありません」
「そんな臆病なことでどうする? 危険を冒さねば、見返りは得られぬぞ?」
口ぶりは慎重でも、ルイスは承諾するはずだった。狂気に侵された瞳は死に場所を求めている。アスターと一緒だ。
「イアンはどうでしょう? 来られそうですか?」
「あきらめろ。あいつに戦いは向かん」
俺みたいになるなと言ったイアンの泣きそうな顔が脳裏にこびりついている。戦闘力が高い? 知ったことか? 元来、熾烈な戦いに耐えられるほどの精神力など持ち合わせていないのだ。弱い心は強靭な肉体を支えられない。アスターは変わってしまったイアンを戦いに駆り出したくなかった。
「戦いに求められるのは物理的強さだけではない。精神的な強さが必須なのだ。イアンにはそれがない」
「要はその気にさせられなかったってことですね? イアンと話させてください」
「やめろ。まえにも入ってはならぬ領域だと教えたはずだ」
「アスター様、甘いですよ?」
納得できないルイスはふて腐れた。気持ちはわかる。だが、牙を失った獅子を戦場に連れ込んでも、何もできないとアスターは思うのだ。
ルイスは深いところから息を吐き、臆面もなくアスターと視線を合わせた。アスターは自分を強面の巨躯だと自覚している。そんな自分を前に、優男のルイスは少しもひるまないのである。アスターがルイスを認めているのは、こういうところだった。
「じつは何度かイアンと話しています」
「知っているよ」
「イアンを監禁していたヘリオーティスって何者なんでしょう? アスター様はご存じです?」
「いいや、知らぬなぁ?」
「イアンに聞いても、何も教えてくれないんです。かばっているみたいなんですよ? 自分を傷つけた敵を」
「本人が復讐を求めていないんなら、外野がどうこう言うべきではないだろう? ほっといてやれ」
ルイスにはイアンの心理が理解できないらしく、首を傾げている。万人には理解されまいとアスターも思う。しかし、そんな幼児性や脆さを守ってやりたいとも思うのだった。
「イアンは夜明けの城へ送り返そう。あいつに最も向いているのは子守りだ」
「あれほどの逸材を……もったいないと思わないんですか?」
「弱いから周りを巻き込み、騒動を巻き起こす。あいつには知能も精神力も足りぬ。檻で囲ってやれば、害をなさずに済む」
歯噛みするルイスをそのままに、アスターは執務室を出ようとした。
「あ、カオルとも打ち合わせがしたい。呼んできてくれ」
カオルには新しく入居した避難民たちの生活指導をお願いしている。集合体も大きくなればなるほど制御が難しくなる。一人一人に役割を与え、仕事に専念させるのは重要なことだ。カオルは避難民たちに個別で面談し、本人に合った部署を割り当てていたのであった。壁を越えての避難を主導していたため、流れで請け負うことになったのだが、こういう事務仕事もこなしてくれるのは、ありがたい。
イアンのことはいっさい脳内から追い払い、アスターは出来のいい従者に期待していた。戦いの向き不向きの八割は性格に左右される。戦線離脱した者に興味はなかった。
カオルが来るまえに自室へ戻り、文をしたためる。
宛名は魔王エゼキエルだ。
汝に危ふき迫れり。首魁はドゥルジ、魔の国の総統なり──
グリンデル王家はドゥルジと連携している。レジスタンス“青い鳥”が力を貸そう。オートマトンと魔法剣士部隊が支援に向かう。主国からはグリフォン部隊が五百騎。不意打ちをしかけるつもりの卑劣な悪漢の裏をかいてやるのだ……
ズーズルピー、ズーズーズピー……奇妙ないびきをかくオウムを起こした。
「おい、バカ鳥!! 仕事だ!!」
ダモンはギャーーッと一声上げてから、罵声を飛ばしてきた。
「ウルセェナ、クソジジイ!……ゴリラゴリラゴリラゴリラゴリラ……」
「意味不明な異界語を話すな! リゲルのところに文を届けるのだ!」
餌をやると、ダモンはおとなしくなった。
一心不乱に啄むさまは、かわいいと受け取れなくもない。わずかに湧きあがった憐れみをアスターは押し込めた。イアンに会わせてやるのは、片がついてからにしようと思う。
「おい、リゲル!! どうせ、ニヤニヤしながら見てんだろ? 主のために働きやがれ!」
アスターはリゲルに激を飛ばした。リゲルはダモンの目を使うことができる。ダモンを外に出さず隠していたのは、むやみに情報漏洩をしたくなかったからだ。
「ドゥルジが攻めてくるぞ! 三日後だ! こちらから援軍を送るが、備えとけ! オートマトンを出してやるからな? 味方と見せかけ、襲い掛かってやるのよ。空からはグリフォンが奇襲をかける。時間の壁? んなもん、カオルがいるから、余裕で通れるんだよ」
一気に話し、ダモンの落書きみたいな目を注視する。
「なんで助けてやるかって? おまえの主は鈍いだろうから教えてやれ。我々はグリンデルとやり合うつもりだ。言わずともわかるな?……以上だ」
ダモンの肩に小さなポシェットを掛けてやり、中にグリンデル水晶を入れる。背中には文を入れた革筒を背負わせた。射落とされた時は自動で発火する仕組みになっている。使い鳥も命懸けだ。
うるさくなければ、優秀な鳥である。時間の壁を恐れず、通過できるのはこいつとあと二羽くらいのものだろう。もっとも、上空から行くのだろうが。
「行け!!」
窓を全開にして、白日の下へダモンを放つ。ダモンの雄叫びはオウムというか、魔鳥っぽい。広げた翼に見えるのは、山羊の角に尖った牙の悪魔の顔だ。バカ鳥の本性をよく表している。
涼しい風が流れ込み、アスターは束の間の生命感を味わった。




