12話 謁見
夜明けの城(王城)へ着くまでに、イアンの気持ちはだいたい固まった。
本当は騎士団本部やアスター邸に行って、話を聞きたかった。だが、自由に動き回るには謁見を済ませなければなるまい。それも、シーマの望む形で終わらせなければ。
馬を降り、イアンは気を引き締めた。スリングの中に竜の珠が入っていることを確認する。ジャメルは歩きながら、城内のヘリオーティスが一掃されたことを話した。
「アスター様のおかげだよ。まだ残党は国内外にいるだろうが、ほぼ強制的に解体させた」
「恨まれているんじゃないか? あんまり強引なやり方は好ましくないと思う」
「……オメェ、ほんとに変わったよな?」
言うほど変わっていないはずだが。思慮深い太郎の影響かもしれない。もしくは甘えられる相手がいないため、肩に力が入りすぎているのか。
イアンは首をコキコキ鳴らしたり肩を上下に動かしたりして、筋肉を解した。イアンの動きを横目で見て、ジャメルはホッと溜め息を吐いた。
「そのバカっぽい動きは、いつものイアンだな?」
「は? 普通にストレッチしてただけじゃないかよ?」
「いやさ、この間、ユゼフの偽物に騙されたからな? 疑心暗鬼なんだよ」
「それは騙されるのが悪い」
イアンは両目頭を眉間に引っ張り、「朕はユゼフ・ヴァルタンなり」と、エゼキエルの物真似をした。
「プッ……全っ然、似てねぇし!」
「まあ、控えめな陰キャがエラそうな陰キャに変わっただけだからな。愚鈍なおまえらには見分けられまい」
「ティムが横にいたら、フツー信じるじゃねぇかよ?」
「エゼキエルだろうがユゼフだろうが、トサカは変化しないからな」
こんな感じで馬鹿話をしているうちに、調子が戻ってきた。王の間に到着するころには緊張が解け、いつもの状態に近くなっていたのだ。ジャメルが気を利かせて、騎士たちを解散させたのが良かった。信頼している友の前なら気兼ねなく話せる。
玉座に腰掛けたシーマは余裕の笑みを浮かべていた。
体型は変わらない。座面の十割を肉で埋め尽くせるのはシーマだけだろう。玉座を破壊してしまわないか心配になる。背もたれや手すりに髑髏が並んでいないのを見て、イアンはイケる気がした。魔王のほうが恐ろしい。相手はただのデブだ。
懸念材料は横に突っ立っている小太郎である。憧憬の眼差しではなく、若干蔑みのこもった不安そうな目を向けてくる。ジャメルは早くもイアンの隣で身構えた。
──どいつもこいつも俺をなんだと思ってるのだ?
イアンは彼らの期待を裏切ることにした。
玉座壇の下でひざまずき、
「ただいま帰城しました」
と、しおらしく頭を垂れた。
罵倒したいのを堪えるぐらい、なんてことはない。成長したのだ。
「シオン!! よくぞ、無事に戻ってくれた!! そんな他人行儀な挨拶はよせ。上がってきて、顔をよく見せてくれ!」
シーマの声は弾んでいた。イアンは帯剣を許された状態である。小太郎ごときが護っていようが、簡単に首を搔っ切れる。なんなら玉座壇の下からでも、剣を持っていなくても殺れる。シーマの命はイアンの手中にある。
玉座の真ん前まで来て膝を折り、顔を上げた。
「あああ……ヴィナスによく似ている。目の色も同じだ」
灰色の瞳に捉えられた。長い銀髪が揺らめく。
シーマは立ち上がり、イアンを抱擁した。
「今まで、さぞかし辛い思いをしてきたことだろう。理不尽な目にも遭わされてきたのだろう? これからは王族に相応しい扱いをする。不安になることはない」
イアンは肉布団が離れるまでジッと耐えた。波風立てず、おとなしくしていれば、すべてがうまくいく。親しい者が傷つけられることもない。
幸い、心の中へは入られなかった。逆鱗に触れると思ったのかもしれない。
その代わり、身を離したあとにジロジロ見られた。
再会の喜びで輝いていた顔に影が落ちる。
「蓬莱山で何をしていたのだ?」
「武者修行です。エゼキエルを倒すため、異形と戦って鍛えていました」
我ながら、すばらしい口実を考えついたものだと思う。シーマは長い睫毛を何度も上下させた。
「どうして、そのような思考になったのだ?」
「俺がエゼキエルを目覚めさせてしまったからです。臣従礼を解除しようとして悪魔と戦った時、追い詰められて……」
イアンはバフォメットとの一件を話した。イアンが目覚めさせたことは伝わっているかもしれないが、詳細までは知らないはずだ。
「なるほど……でも、これはおまえの責任ではないよ。もともとユゼフはそうなる運命だったのだ」
シーマはイアンを立ち上がらせ、責任を否定した。悔しいことに身長がわずかにイアンを上回る。
「ヴィナスに守ると誓った。俺はおまえに危険なことをしてほしくない。一部にはもうバレているし、正式に王子として迎え入れたいと思っている」
「残念ながら、俺にはその権利はないかと。俺が産まれたのは、ヴィナス様が正式に結婚されるまえです。私生児は資格を持ちません」
「他にいなければ、後継者になる」
カオルやロリエがいるではないかと思ったが、口には出さなかった。あちらも私生児だ。それに、イアンはシーマをまったく信用していなかった。この豚は、いずれ別の女に子を産ませる。一人の女だけで満足できるわけがない。自分がそうだからよくわかる。血筋だ。新たに子が産まれれば、イアンは邪魔になるだろう。
シーマは即座にイアンの心中を見透かした。
「信じられないか? ヴィナスやおまえに対する想いが真実だと」
なんでも、理解しているふうに話されるのは腹が立つ。イアンは歯を食いしばって、次なる言葉に備えた。
「おまえのために誓約書を書こう。必要なら、すぐにでも退位して王位を譲ってやってもいい。もちろん、支えはするがな? 俺は本気だよ?」
愚弄する気か! そんな甘言に惑わされるほど愚かだと思っているのか!──イアンは心の中で喚いた。自分の能力は痛いほどよくわかっている。
「俺にはそのような才覚はありません」
色素の薄い瞳から視線を逸らさず、言い切った。
脳内では割れんばかりの拍手が鳴り響く。手を叩いているのはゴブリンや食肉植物、河童たちだ。太郎がここにいたら、褒めてくれることだろう。
「謙虚なのだな……」
シーマは淋しそうな顔をした。
イアンはいつものように八重歯を舐めた。精神的優位に立てたことで余裕ができた。
シーマは全然わかっていないのだ。イアンの場合、美女をズラリと並べられたほうが効く。口であれやこれや難しいことを言われてもピンとこないが、餌を鼻先にぶら下げられると飛びつく。
──よほど賢いのかもしれないが、俺の思考回路は理解できまい。操作しようったって、ムダだ。
一日目はイアンの白星で終わると思われた。イアンも油断していたし、シーマもうっかりしていた。
シーマは改めてイアンを見つめ、目に涙を浮かべた。
「かわいそうに……」
なんの意図もない純粋な感想だった。シーマは本心をつぶやいたに過ぎない。愚かで何も持たないイアンをただ、憐れんだのだ。
屈辱だった。作り物の笑顔で迎えられるのは、なんともない。煽られたとしても我慢できただろう。だが、憐れまれるのは論外だ。イアンのプライドはズタズタに引き裂かれた。なんとか保っていた理性は跡形もなく吹き飛んだ。
「だまれ、クソが!!」
イアンはシーマにつかみかかった。
「てめぇのせいで、何人も死んでるんだよ! 澄まし顔で高みの見物してんじゃねぇ!!」
「イアン様、なんてことを! 陛下から離れてください!」
小太郎が割って入ろうとする。こいつもすっかりシーマ派だ。
「イアン、やめろ! 落ち着け!」
後ろからジャメルが抑え込もうとしてきた。二人ともイアンの敵ではない。
神や悪魔を相手に戦ってきた。いつだって死と隣り合わせで、それでも一縷の望みを頼りに友と手を取り合い、乗り越えてきたのだ。
シーマは内乱の元凶だ。死んでくれたほうがいい。イアンは明確な殺意すら持っていた。
一発だけで済んだのは太郎の声が聞こえたからである。イアンはシーマを思いっきり殴ったあと、玉座の前の階段を下り、胸元にしまってあった尾端骨を握りしめた。




