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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)五章 温かい食卓と疑心
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74話 友達(サチ視点)

 門衛の姿が見えない。

 兵士は皆逃げてしまったのか……

 人の気配すら感じられない。夜とはいえ、城の周りに松明くらい灯すだろう。狭間胸壁には夜番の兵士がいて、火を絶やさないはずだ。

 月明かりが城をぼんやり浮かび上がらせているだけだった。


 城を守っているはずの兵士がいないことに、サチは不安を覚えた。イアンは中にいるのだろうか?

 とりあえず、入ってみなければ何も始まらない。跳ね橋は下がっていたから、足早に(ほり)を越えた。

 その後、固く閉ざされた門に拒絶され、城壁をよじ登ることにした。


 身体に力がみなぎっている。嘘みたいにヒョイヒョイ登れた。人間離れしていくのは嬉しくないが、今はこの能力を最大限生かしたい。




 数分も経たぬうちに、サチは城壁のてっぺんに上がった。上は通路になっており、左右に狭間胸壁が設えてある。

 狭間をのぞくと、城内があらかた見渡せた。目に飛び込んできたのは、荒涼たる風景だった。

 庭園の芝生は枯れ、噴水に溜まった水が腐ったにおいを発し、大量の羽虫が柱を作っている。塔を覆う茨は鋭い棘を絡ませ合い、さながら童話に出てくる呪いの城のようだ。


 十日前、ここに来た時はどんなふうだったか思い出そうとしても、できなかった。記憶に残っていないということは、今よりいくらかマシだったはずだが。

 変わり果てた城の様子に、サチはショックを受けた。


 ──誰もいないのだろうか……?


 サチは城内の隅々まで注意深く観察した。

 いくつもの塔と御殿(パレス)により、ローズ城は形成されている。

 庭園の向かいにある主殿、その四方にそびえる塔……


「あ……」


 今、何かがチラッと光った。小さな蝋燭のような?

 人質を捕らえている塔だ。下のほうの窓に光が見えた。

 

 サチは塔の入口へと走った。

 西の塔。普段は使われないその塔にまで茨は触手を伸ばしている。


 ──薔薇というのは、どうしてトゲだらけなんだろう?


 固くもつれ合い、外からの侵入を頑なに拒む。手を伸ばせば、触れるなと傷つける。そのくせ、いつも悲しそうな夜露に濡れているのだから。


 西の塔の重い鉄扉を開けると、そこには魂の抜けたイアンの姿があった。

 右手には血濡れた(アルコ)を、左手には生首の髪をギュッと握りしめている。


「イアン……」


 サチの声で我に返ったイアンは、手に持っていた首を放り投げた。首はゴロリと転がり、苦悶の表情をサチへ向ける。

 月明かりでもはっきりと、それが誰だかわかった。シーマの父のジェラルド・シャルドンだ。


「どうして殺した?」

「もう、終わりだ」


 イアンは抑揚のない声を出す。


「王城が落ちた」

「なんだって!?」

「カオルの奴、裏切りやがった……」


 サチが教会からシーラズ城を見た時は、稼働停止したオートマトンが何体か転がっていた。あの時、王城はすでに開城していたのか。

 籠城が成功すれば、こちらの優勢に傾くはずだった。機械兵士(オートマトン)の稼働時間は長くない。王城にいるカオルにも、その旨を文で知らせたはずだが……


「あいつ、グリンデル軍に囲まれてビビったらしい。それで、すぐに開城した」

「……でも、どうしてそれを?……とりあえず剣をしまえ。城の中へ入ろう。残っていた兵はどうしたんだ? 門衛もいないだろう?」

「俺が出て行くように命じたんだ。ここにいても、死を待つだけだからな? おまえも逃げたかと思ったが……」


 サチは松明を灯して通路を明るくした。塔と主殿はつながっている。サチたちは連絡通路を通って、主殿の広間まで歩いた。

 主殿内にある広間はイアンの義父が来客の応対をしたり、パーティーを催したりするのに使う。長テーブルと椅子を置いて、家族で食事をとるのもこの広間だ。

 奥には城主の座る椅子が置いてあったが、イアンはそこには座らなかった。


 窓際に並べられたソファーの一つにイアンは腰掛けた……腰掛けたと言うより、倒れ込んだと言ったほうが正解かもしれない。

 だらしなく寝そべり、懐へ手を伸ばした。そして、シワシワの(ふみ)を二通取り出して、一通だけサチへ渡した。


 内容はシーマからの最終通告だった。王城は今、手中にあると……一日だけ猶予を与えるので人質を解放し、速やかにローズ城を明け渡すようにと、書いてあった。

 また、王城が落ちた証拠に便箋を添付していた。

 そちらはカオルが書いたものと思われる。冒頭はオートマトンの圧倒的兵力により、城を守り抜けなかったことの謝罪だった。しかし後半には、シーマの寛大な措置に対する感謝が述べられており、ご丁寧にサインで締められていた。

 要は無血開城する代わりに便宜を図ってもらえたのだと思われる。

 サチは溜息をつくしかなかった。


 ──俺の責任だ


 カオルが弱いのは知っていた。それなのに重大な任務を負わせてしまった。

 それだけではない。たぶん、一番の原因は信頼関係を築けなかったことだ。一人よがりで傲慢だったために、嫌われ憎まれた。ウィレム・ゲインに関してもそうだ。

 さんざん怒ったり、悲しんだりしたあとなのだろう。イアンの声は感情を失っていた。


「もうおしまいだ。サチ、おまえも逃げればいい。もともと、おまえは関係なかったのだからな?」

「イアン、君はどうするんだ?」


 イアンは押し黙った。

 投げやりなイアンの態度にサチは腹が立ってきた。

 兵を勝手に逃がし、報復としてジェラルド・シャルドンを殺したことにも、怒りがフツフツと沸き上がってくる。

 シーマは父親が死んで、むしろ喜ぶかもしれない。このことは奴の想定内だろう。


「おい、イアン!」


 サチはイアンの肩をつかんで揺らした。


「俺は君のことが、ずっとまえから大っ嫌いだが、絶対に見捨てない! なぜなら、友達だからだ!」


 イアンは、大きい目をさらに大きく見開いた。あまりにもイアンが驚いているので、サチは後悔した。

 気持ち悪い沈黙が続き、火鉢(ブレイジャー)の熱気が必要以上に暑く感じられた。ソファーの周囲は充分に温められており、塔に行くまでイアンがここにいたことを教えてくれる。誰もいなくなった大広間に一人ぼっちの暴君は、どんな気持ちでサチを待っていたのだろう。こめかみをヌルい汗が伝った。

 間を置いて、イアンは口を開いた。


「でも、まだあるんだ……」


 イアンは懐から出した文のもう一通を、おそるおそる差し出した。

 マダム・ローズが最後に残した遺書のようだ。リンドバーグを調略するまえ、サチからイアンへ渡したものだった。中身は初めて見る。


“最初にイアン、あなたを正しく育てられなかったこと、さまざまな災厄から守れなかったことを謝罪します。あなたのしたこと、すべてが私の責任によるものです”


 書き出しから重々しかった。死ぬまえの彼女の心情を思うと、気が滅入る。再婚したこと、庶子(しょし)※のアダムにローズを名乗らせたことへの謝罪が続いていた。


 ──こんなこと……イアンはアダムを自分から取り上げたことに対して怒っていたんだ


 格式ばっていて、よそよそしい。真面目でお堅い彼女らしいといえばそれまでなのだが、何か引っかかる。死に際の母が、息子に残した手紙としては不自然だ。

 最後まできて……私はどうしてもあなたを愛せなかったと書かれてあった。なぜなら……


 そのあとの言葉を見て、サチは凍りついた。イアンはサチの表情に気づき自嘲する。


「そう、俺はアダムと同じ……いや、それ以下」


“あなたは私の本当の息子ではないのです。ローズ家とつながりのある高貴な方から、あなたを我が子として育てるようにとお願いされました。実父の形見として渡した物、お守りと剣は本当の母上から預かった物です。あなたの本当の名前はシオンといいます。姓はありません……”


「わかっただろ? 俺にはローズを名乗る資格すら……」

「それ以上話すな!」


 サチが怒鳴ったので、イアンは言葉を呑み込んだ。


「サチ?」


 サチは広間の真ん中を突っ切り、扉へと走った。扉の向こうの気配は逃げようとしている。

 両開きの隙間へ手を差し込み、一気に開け放った。

 逃げられるまえに細い腕をつかむ。


「ごめんなさい! 盗み聞きするつもりはなかったの! お願い、暴力はしないで……」


 つかんだサチの手に黒く光沢のある巻毛が落ちた。黒曜石のような瞳が見つめている。彼女には見覚えがあった。


 イザベラ・クレマンティ。

 宰相クレマンティの娘で、王子の付き添いとして瀝青城にいた。人質だ。

 後ろから、他人事みたいなイアンの声が聞こえる。


「ああ、そいつは気にしなくていい。俺が自由にしてやった。もう人質として使えないしな」

「は? 城内を歩き回らせてるのか? 人質に?」

「だって、イザベラだし。ほら、学院で一緒だった」


 言われてみれば、学院時代、見かけたことはあった。だが、言葉を交わしたことは一度だってない。

 彼女はディアナ王女の取り巻きの一人だ。華やかなドレスを身にまとい、澄まし顔で校内を闊歩する姿が印象に残っている。

 高貴な家柄の彼女はサチにとって、まったく縁のない存在だった。


「痛いわ。離して!」


 イザベラは悲鳴を上げた。手を離すと、腕に赤い跡が残っている。


 ──そうだ、力の入れ方に気をつけないと……もう以前とは違うのだから


「すまない。傷つけるつもりは……」

「……いいの。わざとじゃない、そうでしょ?」


 イザベラが親しげに微笑んだので、サチは違和感を覚えた。目をそらし、イアンのほうへ向き直る。


「他の人質はちゃんといるのか?」

「ああ。イザベラは何度捕らえても鍵を開けて、勝手に外へ出てしまうんだ。宰相のクレマンティは死んでいて、人質としては何の効力も持たないし……出て行くようにも言ったが、ここにいると言うので放っておいてる」

「鍵を開けるって……?」


 イザベラが口を挟んだ。


「わたし、鍵を開けるの得意なの! どんな鍵でも開けられるわ。それに魔術も少し使えるし……きっと、あなたたちの役に立つと思う」


 サチは困惑した。どういうつもりで、彼女がここにいたがるのか理解できない。


「……ジニア、あなた汚れてるわね? 湯浴みしたほうがよくってよ。ローブも破れているし……よかったら手伝ってあげましょうか?」


 イザベラが言うと、イアンは笑った。


「そうだ。おまえ、酷い有様だぞ? ひとまず身綺麗にして、少し休んだほうがいい」

「そんな時間は……」

「シーマは一日くれると言ってる。今日は休んで明日どうするか考えよう」


 イアンの言う通り、話し合いより今は考えたほうが良さそうだった。いろいろなことが起こりすぎて、混乱している。頭の中を整理する時間がほしい。

 サチは素直にうなずき、広間をあとにした。




※庶子……本妻以外が産んだ子供。私生児。

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― 新着の感想 ―
[一言] 友達って書いてあったからユゼフかな?と思ったらまさかの!!! サチは本当に義理堅いというか、いいやつ!!!(´▽`*) あと怪しい女が出た!とおもったらヒロインでした(*ノωノ)テレ
2021/05/11 21:41 退会済み
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