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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第四部 イアン・ローズ冒険譚(後編)三章 イアン
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68話 太郎の横顔

 似た者同士は惹かれ合うと、よく言われる。自分とネレウスがその例に合致するとは認めたくないが、イアンは老人に親近感を抱いていた。ネレウスもイアンを気に入り、酒宴に参加しろと誘ってきたり、一泊しろと勧めたりもした。

 こういう時、けっして揺らがないのが太郎。


「お心遣い、痛み入る。されど、我らは陸の異形。マスクを取って飲食することは叶わず。長時間の滞在は疲労するため、早々に竜のもとへ参りたい」

「かような理由なら致し方あるまい。せめて、自慢の娘のうち、何人かを差し上げたいと思うのじゃが。秘技を使えば、人魚も二本足になれる。人間になってしまっても構わないのであれば……」

女子(おなご)に興味はなき。イアンにもグリゴール殿という意中の女子がおるため、そのような気遣いも不要なり」


 老人は肩を落とし、せめてもの罪滅ぼしにと白珊瑚のネックレスをくれた。デザイン的に着けるのはどうかと思い、イアンはそれをオロチバッグに放り込む。娘を差し上げたいのくだりで、心が揺れ動いたのは内緒にしておく。


「なんと、よくできた御仁じゃ! これなら、安心してグリちゃんを任せられる」


 グリゴールはあんたの娘じゃないんだが──突っ込みを入れるのは心の中だけに留めた。

 ネレウスは、イアンと太郎を混同しているかのような物言いをする。絶えずそばに控え、ことあるごとに代弁するものだから、一緒くたにしてしまうのだろう。海中での太郎はでしゃばり過ぎている。それが余裕のなさからくるものだと、なんとなくわかっているので、イアンは怒る気にならなかった。

 

 竜穴へは美人魚軍団が案内してくれることになった。

 彼女たちときたら、素晴らしい乳房を揺らし、イアンに密着して泳いだり、甘えた声を出して誘ってきたりする。イアンはすっかり魂を抜かれてしまった。

 それに気づいてか気づかないでか、太郎は依然として涼しい目をしている。黒髪をくゆらすシレーネに声をかけた。


「シレーネ殿、少しお尋ねしたいのだが、よろしいだろうか?」

「構わないよ!」


 ネレウスの娘たちの色気に当てられたあとだと、シレーネは爽やかで新鮮である。甘ったるい砂糖菓子に食べ飽きると、みずみずしいフルーツがほしくなる感覚だ。海と同じ色の瞳やよく動く唇は愛らしい。竜穴は海面近くにあるらしく、今は陽光の届く森を泳いでいるから、魅力を存分に味わうことができた。

 そんな、かわいらしい女に太郎のほうから声をかけた。太郎が女性に興味を持つなど、いまだかつてなかったことだ。イアンは下世話な好奇心を発動させ、二人の会話に耳をすませた。


「シレーネ殿は人魚のなかでも、奇特な方と存じる。我ら陸の者に対して偏見を持たず、グリゴール殿のような大罪人の家族にも寛容なり。王やネレウス殿の信頼も厚く、失礼ながら、ただの通信役にしては知見広しと感じき。何か特殊なる役目に就かれたるには、と思いてな?」


「あーあ、バレちゃったか……鋭いね。通信役は通信役なんだけど、あたしの場合は特別でね……エデンの言葉で言うと“巫女”ってところかな?」

「なるほど、承知した。しからば、今も王とつながっておるのか?」

「やっぱり、隠し通せないかぁ……そうだよ。あたしと王はつながっている。あたしの目で見たものは全部、王の頭ん中へ送られんのさ」


 想像もしていなかった言葉にイアンは驚いた。上下を美人魚にサンドされて泳ぐという状況を忘れてしまうほどの破壊力だ。

 シレーネは微苦笑し、太郎をからかった。


「さすがは陸の神、天狗だ」


 太郎はそれには答えず、流し目をした。イアンからしたら気が気ではない。二人の近くまで泳いでいった。


「なんだよ? そういうことは始めっから言えよ?」

「言っちゃったら、キミら、緊張していつもと違う顔を見せるじゃないか? それじゃ、意味がないんでね?」


 美人魚軍団に動揺しまくりだったところとか、全部見られていたわけか。


「大丈夫、大丈夫。キミらの態度は合格だよ。約束どおり、竜から宝珠をもらえれば、権能を授けてくださるさ」


 懸命にごまかそうが、イアンの気持ちは冷めてしまった。こういう、のぞき行為は不快だからやめてほしい。イアンは今でも、ダモンがリゲルとつながっていると信じたくないのだ。人の個人的領域に許可なく立ち入るのは許しがたい。

 心が冷えたとたん、美人魚に浮かれているのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。みっともない行いだと、俯瞰することができたのである。

 イアンは離れて泳いでくれと、美人魚たちにきっぱり言い放った。しょげかえる彼女たちを見ても、もう心は動かない。無愛想な雰囲気は太郎を真似た。太郎の凛々しい横顔を見て、今の自分は同じ顔をしているだろうかと思う。

 これから強敵と対峙するのである。美女にデレデレしている場合ではない。

 女が離れたことで太郎が寄ってきて、イアンと並泳した。


「イアン、よいか? 以前、打ち合わせしとおりにいくぞ? 竜は海と空、両方を制するものなり」

「うん。俺が海中で迎え撃つ。太郎が空から攻撃する」

「さよう。竜穴は半分だけ海水に浸かった洞穴だと聞く。竜穴に着かば、我は早速、天狗のさまに戻るなり。まずは話し合いを試みて、駄目だった時はすぐさま戦闘態勢に入る」

「おうよ! 太郎、俺に言うことはないか?」

「交渉は任せてほしいと申したいところなれど、此度(こたび、)はおぬしに任せんと思う」


 てっきりイアンは太郎が交渉するつもりだと思っていたので、拍子抜けした。


「いいのか、俺で?」

「海の王とのやり取り、見事であった」

「途中でグリゴールの話をして、機嫌を損ねちまったじゃねぇかよ?」

「また、行き詰まった折は我が助けるゆえ、イアンが自分の言葉で語りかけるのが良し」


 遠慮しているわけではないようだ。イアンのことを信じてくれているのである。胸がいっぱいになり、イアンは感涙しそうになった。水中で涙は流れない。


 海底を動くブルーのまだら模様は不均一で美しい。光の濃淡も、揺らぐ海面も、漂う海藻も、杓子定規に当てはめられない不完全さに惹かれる。

 イルカの群れが挨拶していった。彼らの言語は超高音だ。アザラシがイアンをからかって、尾びれで叩いてくる。生きとし生けるものは皆、遊びを知っている。仲間に呼ばれ、帰っていくアザラシにイアンは目を細めた。

 イアンは大地を、アニュラスを愛している。


 美人魚軍団は海面へ出た。水陸の両方で呼吸ができるのは、うらやましい。エラ呼吸マスクは陸だと少々息苦しいのだ。イアンはマスクを取って泳いだ。西に傾いた太陽へ素顔を見せる。息継ぎは自然に習得するものだ。本能に従えばよい。海面に顔を出し呼吸すると、誰かのハッと息を呑む音がした。

 まぶしくて、まぶたを閉じたのは光を強める西陽のせいでも、それを跳ね返す海面のせいでもなかった。紅い陽に照らされ、しぶき上げる飛び魚たちが前を横切ったのである。彼らが作るアーチの向こうに洞窟が見えた。

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