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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第四部 イアン・ローズ冒険譚(後編)三章 イアン
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52話 サム系

 イアンの気は緩みっぱなしだった。新しい恋人のことで頭がいっぱいだったのである。例によって、なんのためにこの洞窟へ来たのか、忘れかけていた。

 光り輝く湖を前にしようが、


「わぁー! 綺麗だなぁ! 久しぶりだ!!」


 と、呑気に感激していた。発光する湖のおかげで、美織の姿形を完全に把握することができる。肌の白さは格別だ。胸の辺りに浮き出る血管が透明感をいっそう引き立てる。青みを帯びた髪や薄紅色の唇、まつ毛の質感をイアンは目で追い続けた。


 ──やっぱり、かわいいな! 明るいところで見たほうがよい!


 しかしながら、下半身の迫力も増大していた。節で区切られた細い足にはトゲトゲしい毛が生えているし、でっぷりした腹はビクビク動いて、虫感を倍増させている。これらを彼女の一部と思うには抵抗があった。


 ──乗り物だよ、乗り物! 美織は下半身が不自由で乗り物に乗っているんだ。そう思えば、平気だ。


 その複雑な心境下にオロチが現れた。地響きと共に水面から浮き上がったオロチは「名乗れ」と、初っ端から威嚇してきた。イアンは切り替え、胸をそらして名乗りあげた。


「我が名はイアン・ローズ! 一年前、世話になった虚飾の王の落胤(らくいん)だ!」


 水面からくねくねと立ち昇る九つの首は、煙管から出る煙を彷彿とさせる。不安定でありながら、確固とした存在感を放っていた。十八の鋭い目がイアンを捉える。


「虚飾の王の落胤とな? 其の方、人間ではなくなっておるな? まえに会った時、血が入っておるのは気づいたが……覚醒しおったのか??」

「わかんない……」


 見た目は変わっていないので、覚醒したのかと聞かれても、イアンはピンとこないのだった。

 土蜘蛛の様子が異なっていたように、オロチの態度も一年前とは違っていた。なんだか高圧的で嫌な感じである。以前は人間が来た、めずらしいと、おもしろがっていたような気がする。


 ──カンジ悪ぃ蛇だなぁ。同じ守り神でも、美織は優しくてかわいいのに……


 それに全然怖くないのである。恐ろしい神獣のイメージが、ただのデカい蛇に置き換わっていた。代表の蛇一号が声を発すると、洞全体が揺れるのだが、美織が半透明の糸の防壁で護ってくれているため、鼓膜へのダメージはない。


 ──サムとかダニエルのほうが怖いだろ? その上にエゼキエルっつうのもいるが……


 化け物と戦い過ぎて……というか、身近過ぎて感覚が麻痺している。あの当時、内心はビクついていたのが馬鹿みたいに感じられた。下がったり萎縮などせず、イアンはいつもどおり、傍若無人に振る舞った。


「やいっっ!! 蛇野郎!! 皮を……」


 言いかけて、口をふさがれる。うしろから太郎に押さえつけられた。


「すまぬ。事情があるなり。少し長くなれど、お聞きいただけないだろうか?」

「天狗?? 何用じゃ? おぬしらは山の神。泉は管轄外のはず」

「さりとて、この者とは縁があってな? 侵入者の口から聞くより、同族の我から聞いたほうが得心がいくであろう」

(わらわ)からも願い申す」


 美織まで頭を下げたので、イアンは不承不承、任せることにした。


「これは、でしゃばりではないからな? 我もオロチと同様、蓬莱山の守り主。おぬしに加担している以上、説明責任がある」


 太郎はイアンに念を押してから、経緯を説明し始めた。

 まずイアンの血統から始まり、エゼキエルの血で魔人となったこと、そして本土の内乱の全容を伝えた。次にエゼキエルの元の体を解放し、現在使われているユゼフの肉体を自由にしてやりたいこと、そのためには聖炎を消さなくてはならないこと。消すには竜の珠を使い、不死のエゼキエルの肉体を滅ぼすには三叉の矛が必要なのだと……ここまで話した。

 オロチは人間ほど無知ではなかった。


「さよう、聖炎を消すには竜の珠、不死の肉体には三叉の矛。当然の(ことわり)ぞ」

「それで、海の国へ行きたいのだが、水中でも呼吸せらるる道具が必要でな、その材料として其方(そち)の皮をいただきたく参ったわけよ」

「酔狂なやつめ」

「いと、おかしと思わぬか?」

「暇人の物好きよ。くだらぬ」


 理路整然とした太郎の説明をオロチは鼻で笑う。イアンがカオルやエンゾに話した時と同じ反応である。人間でもミカエラは真剣に聞いてくれたというのに。

 オロチが尊大なのは、ヒエラルキーの上位に属する異形であり、イアンが新参者だからと思われた。相手が人間なら物珍しいから遊びもするが、異形であれば別。ずうずうしく領域に入り込み、訳のわからんことを言うな……こういう道理なのだろう。と、イアンは解釈した。


 ──上下関係があるのは、人間と同じだよな? 力を持つ者がこんなんだから、下々で争いが絶えないんだよ


「田舎のデカい蛇ごときが威張るな! 要は強さを見せりゃいいんだろうが! 俺が勝ったら、皮を寄越しやがれ!!」


 結局、こうなる。

 交渉中に怒鳴りつけ、イアンは太郎を困らせた。


「イアン、無礼な態度を取ってはならぬ。神獣ぞ?」

「だって、こいつエラそうじゃん? 俺のほうが絶対強いもん」


 オロチはイアンの態度に激怒した。


「生意気な赤毛猿が……。身の程を思い知らせてやる!!」

「馬鹿ゆえ、大目に見ていただきたいのだが……」

「馬鹿を免罪符にするな! かような者には、体でわからせるしかあるまい」


 太郎がなだめようとするも、時すでに遅し。オロチの九つの顔は牙を剥き、真っ赤な舌を見せた。どうやら、骸骨サムと同じタイプらしい。完全に怒らせてしまった。こんな状況にイアンは嫌というほど慣らされている。


「ケッ……吠え面かくのはそっちだぜ?……太郎、美織、下がっていろ! 手出しは不要だ。俺一人で倒してやる!」


 啖呵を切る。一年前のイアンは人間に毛が生えたようなものだった。今はもっと強くなっているし、負ける気がしない。

 イアンが(つか)に手をかけた時、美織が口から何か飛ばしてきた。すかさず受け取り、拳を開いてみると、白い綿の塊が入っている。


「耳栓じゃ。大音声で耳を攻撃してくるゆえ、詰めるがよい」


 さすが、異形の嫁。内助の功というやつか。美織はイアンの目を見てうなずき、太郎と洞の入り口近くまで下がった。陸の部分はローズ城にあるイアンの部屋より狭いため、たいして距離はない。派手に戦えば、二人にも危害が及ぶだろう。だが、イアンと拮抗(きっこう)する力を持つ二人だから、気遣いは不要と思われた。


 ──女の前で負けるわけにいかない。絶対勝つ!!


 イアンは抜刀した。正宗は湖の光を反射し、きらめく。まぶしいと思った直後にはもう、走り出していた。


 ──たしか、九つの首のうち、核となる本体は一つ。それを叩けば、倒せたはず


 協力し合って倒したのが懐かしい。カオルがいたら、今は邪魔なだけだろう。イアンは首のジャングルの中に突っ込んだ。無策というわけではない。本体は、うしろで守られている首だったか。

 迫りくる首を刹那に斬り倒し、魔力を放出する。


「黒旋風殺斬撃!!」


 正宗から闇色の破片が飛び散った。

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