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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)四章 盗賊達
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70話 ラセルタ①

 ユゼフが魔の国へ行くまえにやっておきたいこと。それは、亡くなった三人の葬儀だった。

 一人目はイアンの弟(血はつながっていない)のアダム・ローズ。

 時間の壁を通り、ヴィナス王女の文を学匠シーバートへ届けた。壁の出現をいち早く知らせてくれたのが彼だ。老人になってしまったアダムのおかげで、ディアナを政治的に利用しようとする者から守ることができた。

 ユゼフとは子供のころ、イアンを中心によく遊んだ仲でもある。彼は物静かで親切な少年だった。

 

 二人目は腹違いの兄、ダニエル・ヴァルタン。

 兄には憧憬と畏怖。他にも複雑な想いが渦巻いている。ユゼフに対して無関心だったとしても、血のつながった兄には違いなく、遺体を捨て置くのは罪悪感があった。

 彼はカワウ八年戦争の英雄であり、ベイルのような卑怯者に呆気なく殺されるべきではなかった。


 三人目は学匠シーバート。

 五首城で魔物に襲われた時、ディアナを連れて逃げようとしたが殺された。シーバートは王女護衛隊のなかで唯一、ユゼフを気にかけてくれる人物だった。最後に残した言葉と、義母(はは)から預かったという古い歴史書は謎を残したままだ……

 

 アダムの遺体はカワウの王城を出る際、馬車に積まれていた。宿営地が襲われてからは放置されている。金目の物以外は盗賊たちの眼中になかったので、遺体は無事であろう。

 ダニエルの首はコルモランに渡ったものの、胴体はアダムの遺体と同じく宿営地跡にある。

 そして、シーバートの遺体は魔甲虫に侵されたために燃やしてしまった。骨は五首城に置いてある。


 ユゼフは葬儀を行いたい旨を食事中に話した。

 レーベはユゼフと同じ気持ちだったようだ。魔甲虫の実験のあとなので良い反応は得られなかったが、葬儀には賛成してもらえた。


「あなたに協力するつもりはさらさらないけど、シーバート様の葬儀はしてほしいです。だから遺骨はぼくが取りに行く」


 問題はアダムとダニエルの遺体だった。

 遺体がある土漠はカワウ国とモズ国との境界にあり、今はカワウ兵が厳戒態勢で配備されている。フェルナンド王子の暗殺を受け、不審者の出国を防ぐためだ。

 犯人であるユゼフがその場所に飄然(ひょうぜん)と現れるとは相手側も思わないだろうが、勇気はいる。

 ラセルタの一件で険悪になっているアスターからの援助は期待できないし、アキラとバルバソフが手伝ってくれる義理もない。

 

 危険を冒してまで遺体を回収すべきかさんざん迷い、結局ユゼフは行くことにした。

 一連の行いに対して、ケジメをつけたいというのが最大の理由だ。

 今までやって来たことが正しかったか、間違っていたかはわからない。しかし、死人が出ているのは事実だし、これから増える可能性だってある。

 自らの行いで誰かを死へ向かわせたとして、それが不可抗力でも総括は必要だ。何もせずに前へは進めない。犠牲に慣れたら自分を見失ってしまう。




 早朝、寝ているエリザを起こさないよう、ユゼフはササッと着替えた。

 麻のベストをチュニックの上から羽織り、ターバンを被る。モズの行商人の装いをした。

 エリザは衣擦れの音に反応し、寝返って口を動かした。長い睫毛が下まぶたにピッタリ張り付いていて、起きる気配はない。

 ぷっくりした半開きの唇から白い歯がのぞいていた。寝顔はさらに幼い。

 チリチリと胸が痛むのはなぜか、ユゼフは考えたくなかった。


 ──年齢を聞いていなかった。ディアナ様と同じくらいだろうか……いや、家出してから一年くらいと言っていたから、少し年上だろう

 

 エリザは素直で優しい子だ。家出などせず、親の言う通りに結婚していれば、内海の領主夫人になっていただろう。

 ここにこうしていることが、この子にとっての幸せかどうかはわからない。後悔をしてほしくないと、ユゼフは思った。

 

 そぉっとドアを閉め、厩舎(きゅうしゃ)へと向かう。

 日の昇るまえの青い空気が清々しかった。昼間の騒々しさが懐かしくなる。ひとけのない食堂兼集会所を横目に、先日ひと騒動起こした広場を突っ切った。

 厩舎があるのはアジトの入り口付近だ。人間が住む掘っ立て小屋より、手入れが行き届いているのは好感が持てる。

 馬たちはユゼフを確認すると、鼻息荒く足踏みした。気勢を上げ始める呼吸が、やかましい。

 ついに(いなな)こうとしたので、ユゼフは人差し指を唇に当てた。

 すると、ピタリと止まった馬たちの他に気配を感じた。


「誰だ?」

 

 トカゲの尻尾が揺れた。目を引くのは尖った耳と小さな二つの角だ。厩舎の入口から姿を現したのは、ラセルタだった。

     

「お供をさせてください」   

「……ここで待っていたのか?」


 ラセルタは首肯した。


「足手まといだ」

「足を引っ張るようでしたら、見捨てていただいて構いません」


 ラセルタは強い意志を持って茶色い瞳を向けてくる。ユゼフは視線を馬に戻した。


「どうして俺に関わろうとする? 俺について来ても、何もいいことはないぞ?」

「オレは巨木を囲う草※になりたいのです」

「……は?」

「あの、聖典に書かれている……」


 いまいちピンとこなかった。聖典にはこう書かれていたはずだ。

 巨木の近くに捨てられた種が芽を出し、生い茂るようになった。その結果、有害な草や虫を追い払い、巨木を守ることになった……と。


「オレの両親は普通の人間でしたが、亜人の血が混じっていたせいで、オレだけ体に変化が起こりました。他の兄弟はなんともないのに……十歳くらいの時です。両親は魔獣が住み着くこの森にオレを捨てました」

 

 ユゼフはラセルタの顔を見られないでいた。亜人の子供が捨てられるのは、めずらしいことではない。彼よりもっと過酷な人生を送っている者だって大勢いる。皆、見て見ぬふりをして生きているのだ。


「巨木は王のことでしょう? オレは王を守る草になりたいんです」


 ああ、そういうことかとユゼフは納得した。

 ニ十頭の馬を操るという大道芸を見せてからというもの、エゼキエル王の生まれ変わりではないかと噂されるようになった。


「解釈が間違ってる。それに言っておくが、俺は昔話に出てくる王様の生まれ変わりじゃないからな?」

 

 否定したあと、気性が荒く足の早い栗毛を馬房から出し、人参と水を与えた。

 少年はその間、じっと見守っていた。

 ひたむきな瞳は汚い物も見てきたのだろうが、心が汚されるまでには至っていない。保護心が自然と湧いてくる。

 ユゼフが馬に鞍を着けて、厩舎を出ようとすると、


「オレの馬は木につないであります」

 

 そう言って、ラセルタは先に出て行ってしまった。

 ユゼフが考えているのは、どうやって撒こうかということだった。哀れな少年は大きな勘違いをして、自分を慕っている。罪悪感を打ち消すには彼を突き放すしかない。

 盗賊のアジトをあとにして、森をしばらく進んだ。ラセルタは少しだけ間を空け、ユゼフの後ろからついて来る。


「シューシューシューシューシュー……」


 爬虫類の吐息が微かに聞こえる。蛇系の魔獣が近くにいるのかもしれない。

 ここ数週間、ユゼフは何度も森の魔獣と戦った。魔瓶三十本に大型ミルワームやグリフォンを封じ込めるためである。大型ミルワーム……通称ワームは一番扱い易く、ある特性を持っていたので選んだ。

 戦い慣れてるが、今は一刻も早く土漠へ向かいたかった。それなのに……

 人的な高音が聞こえてユゼフは振り返った。

 ラセルタが指笛を吹いている。


「何をしてる? 魔獣が来てしまう」

 

 ラセルタは口から指を外した。


「そうです。呼んでるんです」

 少年はなんてことはないといったふうに答えた。


「魔獣は俺が倒します。それを見て、役に立つか立たないか判断してください」


 ユゼフは言葉を失った。尖った上唇から、勇ましい言葉が出てくるとは思わなかったのだ。


「シューシューシューシュー……」

 

 音は容赦なく近づいてくる。

 ……と、目の前の藪がガサガサッと動いた。顔を出したのは、ニュルッとした長い生き物だ。

 大蛇の胴体はユゼフの腰回りと同じくらいの太さだった。頭部の大きさも人間と変わらない。違うのは人間五人分くらいの体長だ。

 顔を出すなり、凄まじい勢いでこちらへ向かって来た。長い体をブルンブルン波打たせている。

 とっさにユゼフは馬から降り、体を低くした。大蛇の胴体はあっという間に通り過ぎ、ラセルタへ突進した。


「よけろ!」

 

 ユゼフは叫んだが、馬に乗ったままラセルタは動こうとしない。


 ──何をしてるんだ!?


 助けに行っても、もう間に合わない。

 蛇の顔が目前に迫った状態になってから、ラセルタは素早く抜刀した。

 かなりギリギリだった。

 大蛇がラセルタの上半身に食らいついた直後、その後頭部からサーベルは突き出た。

 見事、蛇の脳天を口内から貫いたのである。大蛇の頭蓋がパックリ割れ、そこから幼い顔が出てきた。


「ユゼフ様、ご判断を!」

 

 くずおれる大蛇を前に馬がいなないても、ラセルタは落ち着いている。

 わざと大蛇を寸前まで接近させ、効率よく倒した。十五歳とは思えぬ判断力だ。魔甲虫を呑み込んだ時と同じく、勇気がある。

 それとも、恐怖という感情が欠落しているのか……


「怖くないのか?」

「全然」

 

 ラセルタは笑顔で答える。足手まといどころか、充分助けになるだろうが……

 ユゼフは葛藤した。


「慕ってくれるのは嬉しいが、俺は君のように勇気があるわけではないし、臆病者だ。そばにいれば、必ず落胆することになるだろう」


 それを聞くと、ラセルタは満面の笑顔になった。


「つまり、ついて行ってもいいということですね?」

「だから、俺は君の思ってるような……」

「変えるつもりなんでしょ?」

「え?」

「この世界を」


 ラセルタは無邪気な目をユゼフに向ける。ユゼフは答えず、馬に乗った。




※巨木を囲う草※


 エゼキエル王が作った聖典の中に出てくる寓話。巨木の近くに捨てられた種が芽を出し、生い茂るようになった。結果、有害な草や虫を追い払い、巨木を守ることになった──という話。

 この捨てられた種というのは薬草の類ではないかと言われている。なぜなら薬草は防虫や雑草の生育を抑制する効果があるからだ。

 いらないと思われた物(人)でも巨木(王)の役に立つという例え。または、邪魔な物(人)が知らないうちに巨木(王)の助けになる。悪を行おうとしても、結果良い人間の糧となるという教訓。諸説ある。

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