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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)四章 盗賊達
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61話 強盗と怯懦

視点ユゼフに戻ります。

 (ユゼフ)


 その日の夜、ユゼフたちはアキラの屋敷の大広間に集まっていた。


「ニ十だ」

「……じゃ、ニ十五は?」

「ユゼフ、アンタは馬を二十頭までしか動かせなかったんだ。それもぎりぎりの状態で……夜まで気絶していたんだからな?」

 

 ユゼフとアキラは用意する魔瓶の数で言い争っていた。

 馬を二十頭操るのは大変だった。

 途中、馬の意識がユゼフの中に流れ込み、体を乗っ取られもした。走らせて止まらせるまでなんとか操ったが、その後、ユゼフは完全に意識を失ってしまったのである。今も体が重いし、立っているのもつらい。

 努力は報われず、アキラは数をケチった。何かあった時、ユゼフに気絶されたら困るという、みみっちい理由だ。


 ──知能の低いワームであれば、三十は問題ない数なのに……

 

 アキラは絶対に引き下がろうとしなかった。どうせ、ユゼフは居候の厄介者なのだろう。報酬も口約束、敵だったことも加味すると、無理な話だったのかもしれない。ユゼフは引き下がるしかなかった。


「わかった。じゃあ、二十で」

「だが、どのみち金がない」

 

 お手上げだとアキラは両掌を見せた。


「ユゼフを働かせたらどうだ?」

 

 アスターが口を挟む。待ってましたと言わんばかりにアキラの目がキラリと光り、ユゼフは不安になった。


「……働くって?……盗賊の仕事を手伝うってことか?」

「働かざる者食うべからず、と言ってな……」

「アンタがそれを言うな!」


 アスターの言葉に、すかさずバルバソフ(熊男)が反応する。アスターは気にせず続けた。


「剣の腕試しに、ちょうどいいではないか。カワウのクソ貴族の馬車を襲わせよう」

「ちょっと待った! 俺に強盗をしろと?」

「金が要るんだろ? 大義のために必要なことなら致し方あるまい。どうせ相手はカワウの貴族だし」

「俺は盗賊じゃない。貴族の馬車は襲わない!」

 

 ユゼフはイアンと昔やった遊びを思い出し、頭を振った。


「じゃあ、どうやって金を用立てるというのだ? 他力本願では困るぞ?」

「無理だ。できない」


 ユゼフはアスターにあらかた従っていたが、これだけは譲れなかった。

 アスターは大きな溜め息を吐くと、髭を触りながら少しの間思案し、


「こういうのはどうだろう?」

 

 一呼吸置いてから話し始めた。嫌な予感しかしないと、ユゼフは身構える。

 

「襲うのではなく、決闘を申し込むのだ」

「決闘?」

「断れば、相手は臆病者のレッテルを貼られるので、九割方受けて立つだろう。それで勝ったら身ぐるみ剥がすか、捕らえて身代金を請求する」

「正面から戦うのか……」


 向かい合って戦った経験は、ほとんどない。決闘なんか、もってのほかだ。


「これなら強盗にはならない。おまえは今まで正々堂々と戦わないで、卑怯者の戦い方をしてきたから不安だろうが。いい練習になるのではないか?」

「練習でも勝った試しがない」

「だから、これは必要なことだ。このままで、イアン・ローズに勝てると思うのか? おまえの兄を一回倒しているのだぞ?」

「イアンとは戦わない。話し合って説得する」

「では説得できる確率は何割だ? 説得できなかった場合はやり合うことになる。その時に本番を知らぬまま戦えるのか?」


 ユゼフは黙った。アスターはすかさず追い討ちをかける。


「王位継承者がいなくなったせいで、カワウの国内は混乱に陥っている。貴族たちは我こそはと、王位を狙っているのだ。やがて内戦が起こるだろう。我々が何かしようとも些末な事件として片付けられる」 

「そういう問題じゃない……」


 アスターはユゼフを無視して具体的な話に入った。

 

「カワウの伯爵にアフラムというのがいる。戦時中、ソラン山脈の戦いで主国軍が追い詰められた時、カワウの後方部隊で指揮をとっていた。地位は高くとも、非常に評判の悪い人物だ。グリンデルからの援軍が虫食い穴を通ってやって来て、主国軍は盛り返したわけだが、アフラムは援軍のことを知ると真っ先に部隊を後退させたという……」


「まさか、その人を襲うとか、言わないよね?」

「そう、大当たり!」

 

 ユゼフは心底嫌だったので、首を横に振り続けた。アスターは愉快そうに笑い、話をやめようとしない。


「まだ続きがある。ちゃんと最後まで聞け。アフラムは奴隷の売買で多くの富を得ているのだ。魔の国へガスマスクを付けた軍隊を送り込み、妖精族の村から大量の亜人を捕まえてきては売り捌いている。しかも、主国の国境を侵して虫食い穴を通ってな……」

 

 楽しそうなアスターに半ば怒りを感じ、ユゼフは話を中断させた。


「アスターさん、無理だよ。俺はまともに正面から戦ったことなんかないし、金のために無関係な人を襲うのは嫌だ」

「アフラムの腕はそこそこだと聞いている」

「だから……」

「アフラムは相当嫌な奴だぞ? 悪い奴で、金を持っていて練習相手にちょうどいい。それにガスマスクが手に入るかもしれない」

 

 ユゼフは(さじ)を投げて、他の顔を見回した。

 エリザは憐れみの視線を送っているし、その隣にいるレーベはおもしろがって笑いを堪えている。そして、バルバソフは早く終わってほしいのか、退屈そうに頭をポリポリ掻いている。

 アキラは「やれ」と目で伝えてきた。

 突然、アスターが顔を近づけ、小声で囁いた。


「おまえは上達している。私が勝ち目のない相手を選出すると思うか?」

 

 ユゼフは驚いてアスターの顔を見た。

 さっきまでとは打って変わって、怖いぐらい真面目な顔をしている。ふざけているようには見えなかった。アスターに褒められるのは初めてだ。

 決まりが悪くなってユゼフは目を逸らし、


「わかった……」


 と、首を縦に振った。

 パッとアキラの顔から笑みがこぼれる。光でも発してるのか、まばゆい。美々しい。アスターは嬉しそうにユゼフの肩を叩いた。

 最初から二人で示し合わせていたかのように、自然な流れだった。

 しかし、それも束の間……


「……でも、無理そうだったら逃げるから」


 ユゼフの言葉に一同、目を丸くした。和やかな空気が一変する。「やってしまった」と思っても、後の祭りだ。


「おまえ、それでも騎士か!?」

「騎士ではない」

 

 軽蔑を含むアスターの問いに、ユゼフは悪びれずに答えた。


「ヴァルタン家の唯一の生き残りだというのに、とんでもないことを言う奴だ。恥ずかしくないのか? おまえの兄にそれを聞かれたら、刺し殺されるぞ?」

 

 アスターは憤りを抑えきれないようだ。


「逃げるとか言うな! みっともない」

 

 アキラも声を荒げる。バルバソフは、見たことのない虫でも見る目つきだ。


 ──やっぱり、そうだ……


 貴族の社会に片足を突っ込んでから、場の空気を凍り付かせることは、たびたびあった。

 要は価値観の違いだ。

 物事の優劣が一般的な庶民と決定的に違うところがあった。彼らは盗賊だが、戦闘民である点は貴族と変わらない。

 彼らが最も嫌うのは「怯懦(きょうだ)」である。

 

 ユゼフにしてみれば、決闘を申し込んでから逃げるより、強盗するほうが恥ずかしい行為なのだが……

 彼らにとっては「逃げる」ほうが恥ずべきことで、それを堂々と言ったため、軽蔑されたのである。

 レーベが堪えきれずに笑いだした。


「アスターさん、この人こういう人なんですよ。猫っかぶりで臆病な卑怯者。精神性にはまったく期待しないほうがいいです」

 

 アスターはユゼフに釘を刺した。


「逃げるのは絶対に許さない!これが自分の息子だったら、ぶん殴っているところだ!」

 

 アキラたちからも冷ややかな視線を向けられ、ユゼフは居心地悪くなって下を向いた。引き受けてしまったからには後に引けない。

 

 ──そうだ、こういう世界なのだ……


 ふと、親友のことを思い出す。

 サチ・ジーンニアなら金のために誰かを襲う行為を軽蔑するだろう。彼は絶対に、自分の誇りを傷付けるような行いをしない。

 ユゼフはサチの澄んだ瞳を思い出して、後ろめたくなった。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[良い点] ユゼフって、つくづく周りに流されやすいタイプですね。 本人は、自然と語り合えるような純朴なイメージですが、シーマとの臣従の誓いといい、盗賊団から決闘しろと言って従うところあたり、損な役回り…
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