52─2話 この国の歴史
かつて、アニュラス大陸を支配していたのは鳥人だった。鳥人とは人間と同じくらいの体高を持つ知能の高い鳥だ。主国、鳥の王国の名前の由来はそこから来ている。
大陸の中央にポッカリ空いた海は内海、またはアニュラスの穴と呼ばれ、小さな島々を内包する。
内海を一直線に渡ろうとすれば、船は必ず魔の海域に迷い込み、沈んでしまうと言われていた。
前王立歴三千年頃、鳥人たちの国に外海から来た人間が攻め入った。
ここから未開の地であったアニュラスの歴史は始まる。アニュラスは人間族と亜人によって建国された。
百年にも及ぶ侵略戦争は魔人の参入で、ようやく終結する。
初代エゼキエル王は建国の際、すべての者に平等を与えた。
先の戦争を反省し、種族の違いで争わぬよう、民を一つにまとめようとしたのだ。
神の怒りにより、老いも若きも男も女も命を奪われ、肥沃な大地と豊かな自然を奪われた。
神はただある。神の他に神はなく、唯一至上の存在である──
王は唯一神を柱とする聖典を定め、布教に努めた。こうして、アニュラス教が誕生したのである。
以下の例外を除いては、大陸は一つになった。
もともと、大陸に住んでいた種族、鳥人。
彼らは大地のあらゆる場所に神々が宿ると信じていたため、聖典の神を信じることはなかった。エゼキエル王は鳥人を弾圧もせず、かといって保護もしなかった。彼らは次第に内海の奥地へと追いやられていく。
魔族。亜人種のなかで魔族だけは王や聖典に従わず、大陸北部に魔の国を作った。魔の国は後世まで紛争の種となる。
この時代のアニュラス民は一貫して、水に浮かぶことができなかった。泳ぐことができないのは、追いやられていった鳥人たちの呪いだとも言われている。(彼らは後に旧国民と呼ばれることとなる)
エゼキエル王により、アニュラス王国は長きに渡り平和だった。
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鳥の王国(主国)が建国される前後の話は書かれていなかった。それ以前の書物だと思われる。
アニュラスが分裂し、現在の鳥の王国とそれを囲む六つの国が誕生するのは建国の三千年後、今から約三百年前である。
歴史書の内容と自身との関連性は見当たらなかった。
ユゼフは少々落胆しつつ、安堵もした。知るのが怖い気持ちもある。
退屈な創世記のおかげで眠くなり、枕元に本を置き、静かに目を閉じた。
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三百年前のこと。
アニュラスを支配していた三代目エゼキエル王は民より頭一つ分高く、亜人の血を受け継いでいた。頭にはシャリンバイの草冠を載せ、深青色の長い髪と蒼銀色の瞳を持つ。
美しき王は非常に強い力を持っていて、動物や人間を意のままに操ることができた。
歩くたびに体から光の粒子が零れ落ち、地に生命を与える。それを見て、亜人や人間だけでなく動物までひれ伏した。
同じ時、外海からやって来た人間族は、巨大な戦艦と鋼鉄の武器を用いて、戦いを忘れたアニュラス人を支配した。
亜人の多くは殺され、一部は魔の国へ逃れ、一部は大陸の北西部沿岸にアオバズクという国を作った。また他の一部は内海の小さな島々へ逃れたり、人間族の奴隷として生き残った。
亜人の不思議な力は人間との交配を繰り返したため、失われることになる。
現在、二国を除く大陸部の亜人は外形に少し変異が見られる程度である。三百年経った今、能力を持つ亜人は魔国とアオバズクに限られてしまった。
外海から人間族がやってきてからは、亜人だけでなく人間であっても先住民は旧国民と呼ばれ、差別されてきた。聖典の一部は燃やされ、新国民の宗教であるメシア教への改宗を余儀なくされたのである。
人々は戦争を繰り返し、アニュラスは分裂する。
鳥の王国の建国と同時に、大陸の外縁を六つの国が王国を囲むようにして建てられた。
鳥の王国より北に位置する魔の国から時計回りに、機械人間を操る最新鋭の技術大国グリンデル、新国民の作ったメシア教原理主義を掲げるカワウ王国、王のいない魔法使いたちのモズ共和国と続く。モズの西には夜の王国カワラヒワ、そしてカワラヒワの北に位置するのが妖精族の王国アオバズクである。
鳥の王国創始者である女王、アフロディーテ・ガーデンブルグは三代目エゼキエル王を火刑に処した。
しかし、エゼキエル王はエデンにある不死の水を飲んでいたために死なず、魔の国へ逃れたという。
魔の国へ逃れたエゼキエル王は人の姿を失い、見るもおぞましい魔人の姿になった。このエゼキエル王の呪いにより、十年に一度、時間の壁が出現するようになる。
それから三百年、時間の壁は不規則ながらも、おおよそ十年に一度現れ、一年経つと消えるのを繰り返していた。




