44話 決着(サチ視点)
リンドバーグを調略したサチとイアンの反乱軍は、沿岸からシーラズ城の背後を攻めた。
不意を突かれたシーラズは抗戦ままならず、あえなく包囲される。
威嚇攻撃を何度かした後、サチはイアンに待つよう進言した。血を流さずに開城させたいと思ったのだ。
シーラズ城を包囲してから一週間後、サチは軍使としてシーマの元へ向かった。
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サチはまっすぐに彼を見る。
「今日は説得に来た」
「降伏はしない」
シーマはくたびれた様子で、広間のソファーにもたれ掛かり、虚ろな目を向けた。優雅さはなく、追い詰められているのは明白である。
「まあ、そう言うな? 命だけは助けてやる。イアンは時間の壁に投げ込めとか言ってるけど、壁が消えるまでは国外に追放しないよう頼んでやるよ。その間、牢で生活することになるかもしれんが……」
シーマは声を出さずに、力の抜けた笑い方をした。情けないさまに哀れみの情が湧いてくる。
サチの知っているシーマはいつもたくさんの取り巻きに囲まれ、男にも女にもチヤホヤされていた。今まで王族以外に跪くことは、なかったであろうし、暗く寒い牢の生活なんて想像もつかないだろう。
「父親の領地も爵位も何もかも取り上げられるが、君は有能だから何十年かしたら恩赦が受けられるかもしれない。国外追放になっても、王子誕生や王族の結婚だとか、祝事の際に戻ってきている例もある」
サチは慰めた。シーマはそれには答えず、遠くを見るような目をする。
「アダムを殺した」
「……なんだって!?」
「時に流されぬよう重しを付けて、時間の壁を通らせた。別の時間に移動することなく、国外へ出ることができたが、その代わり体内へ時間の粒子が流れ込み、アダムは老人になったはず。魔女の話では、無理に時間の壁を渡った者は一年と持たないという」
「……なんで、そんなことを?」
「表向きは学匠シーバート宛に、内実はユゼフに向けてメッセージを送った」
サチは黙った。弟のアダムを意図的に殺したとなれば、イアンはシーマを許さないだろう。
「いずれにせよ、この革命のため、多くの命を犠牲にした。もう後戻りはできない。それはおまえも同じだ、ジニア」
サチは腕に刻まれた傷痕を服の上から触った。不本意ながらも約束通り、サチはイアンに臣従の誓いを立てていた……。
「俺には生まれつき不思議な能力がある」
シーマはもったいぶった口調で切り出した。
「人の体に触ると、その人物がどういう人間か、霊気……とでも言うのかな……曖昧だがイメージを見れる。また、全部ではないが、過去の記憶の断片なども探れる。波長が合えば、暗示にかけて操ることも可能だ」
この話には、サチは心当たりがあった。
だいぶ以前、手か肩を触れられて妙な気分になったことがある。痛みはないのだが、内臓を素手で掻き回されているかのような気持ち悪さがあった。意識がぼんやりしてきたので、慌ててシーマの手を振り払ったのだ。
それ以来、シーマには触れられないよう注意している。呪術の一種か何かだと思っていたが……
「ユゼフとはこれまでにないくらい、波長がぴったり合った。彼を見つけた時、本当に嬉しかったんだ。俺が言わなくても、言わんとすることを察することができるし、俺の代わりに行動してくれる」
「勘違いじゃないのか? 君とユゼフはまったく似ていないし」
なぜ今、話にユゼフが出てくるのか……サチの心に漠然とした不安が頭をもたげる。
「彼は影だ。俺の分身で、俺のできないことを代わりにやってくれる」
「とうとう頭がおかしくなったか……?」
サチはやれやれと肩をすくめた。しかし、シーマはこれまでになく真剣な顔をしている。
「あと少しだけ待ってほしい」
「イアンの性格を知っているだろ? もう我慢の限界だ」
サチは言ってから気づいた。
──まさか……
シーマは笑顔の仮面を脱いでいる。だが、あきらめてはいない。何かを信じて待っているのだ。
嫌な予感がする。
──俺は誤ったかもしれない。イアンの言うとおり、すぐに城へ攻め入れば良かったのかも……
シーマの顔に笑みが戻った。
「能力のことは誰にも知られたくない。なんで、おまえに話したかわかるか?」
サチは答えず、ソファーにもたれ掛かるシーマを見下ろした。シーマの顔からスッと笑みが消える。
「この決着の先にはおまえか俺か、どちらかが必ず死んでいるからさ」
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