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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)三章 策略
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44話 決着(サチ視点)

 リンドバーグを調略したサチとイアンの反乱軍は、沿岸からシーラズ城の背後を攻めた。

 不意を突かれたシーラズは抗戦ままならず、あえなく包囲される。

 威嚇攻撃を何度かした後、サチはイアンに待つよう進言した。血を流さずに開城させたいと思ったのだ。


 シーラズ城を包囲してから一週間後、サチは軍使としてシーマの元へ向かった。




──────────────

 サチはまっすぐに彼を見る。


「今日は説得に来た」

「降伏はしない」

 

 シーマはくたびれた様子で、広間のソファーにもたれ掛かり、虚ろな目を向けた。優雅さはなく、追い詰められているのは明白である。


「まあ、そう言うな? 命だけは助けてやる。イアンは時間の壁に投げ込めとか言ってるけど、壁が消えるまでは国外に追放しないよう頼んでやるよ。その間、牢で生活することになるかもしれんが……」


 シーマは声を出さずに、力の抜けた笑い方をした。情けないさまに哀れみの情が湧いてくる。

 サチの知っているシーマはいつもたくさんの取り巻きに囲まれ、男にも女にもチヤホヤされていた。今まで王族以外に(ひざまず)くことは、なかったであろうし、暗く寒い牢の生活なんて想像もつかないだろう。


「父親の領地も爵位も何もかも取り上げられるが、君は有能だから何十年かしたら恩赦が受けられるかもしれない。国外追放になっても、王子誕生や王族の結婚だとか、祝事の際に戻ってきている例もある」


 サチは慰めた。シーマはそれには答えず、遠くを見るような目をする。


「アダムを殺した」

「……なんだって!?」


「時に流されぬよう重しを付けて、時間の壁を通らせた。別の時間に移動することなく、国外へ出ることができたが、その代わり体内へ時間の粒子が流れ込み、アダムは老人になったはず。魔女の話では、無理に時間の壁を渡った者は一年と持たないという」


「……なんで、そんなことを?」

「表向きは学匠シーバート宛に、内実はユゼフに向けてメッセージを送った」

 

 サチは黙った。弟のアダムを意図的に殺したとなれば、イアンはシーマを許さないだろう。


「いずれにせよ、この革命のため、多くの命を犠牲にした。もう後戻りはできない。それはおまえも同じだ、ジニア」

 

 サチは腕に刻まれた傷痕を服の上から触った。不本意ながらも約束通り、サチはイアンに臣従の誓いを立てていた……。




「俺には生まれつき不思議な能力がある」

 

 シーマはもったいぶった口調で切り出した。


「人の体に触ると、その人物がどういう人間か、霊気……とでも言うのかな……曖昧だがイメージを見れる。また、全部ではないが、過去の記憶の断片なども探れる。波長が合えば、暗示にかけて操ることも可能だ」

 

 この話には、サチは心当たりがあった。

 だいぶ以前、手か肩を触れられて妙な気分になったことがある。痛みはないのだが、内臓を素手で掻き回されているかのような気持ち悪さがあった。意識がぼんやりしてきたので、慌ててシーマの手を振り払ったのだ。

 それ以来、シーマには触れられないよう注意している。呪術の一種か何かだと思っていたが……


「ユゼフとはこれまでにないくらい、波長がぴったり合った。彼を見つけた時、本当に嬉しかったんだ。俺が言わなくても、言わんとすることを察することができるし、俺の代わりに行動してくれる」


「勘違いじゃないのか? 君とユゼフはまったく似ていないし」

 

 なぜ今、話にユゼフが出てくるのか……サチの心に漠然とした不安が頭をもたげる。


「彼は影だ。俺の分身で、俺のできないことを代わりにやってくれる」

「とうとう頭がおかしくなったか……?」


 サチはやれやれと肩をすくめた。しかし、シーマはこれまでになく真剣な顔をしている。


「あと少しだけ待ってほしい」

「イアンの性格を知っているだろ? もう我慢の限界だ」

 

 サチは言ってから気づいた。


 ──まさか……


 シーマは笑顔の仮面を脱いでいる。だが、あきらめてはいない。何かを信じて待っているのだ。

 嫌な予感がする。


 ──俺は誤ったかもしれない。イアンの言うとおり、すぐに城へ攻め入れば良かったのかも……

 

 シーマの顔に笑みが戻った。


「能力のことは誰にも知られたくない。なんで、おまえに話したかわかるか?」


 サチは答えず、ソファーにもたれ掛かるシーマを見下ろした。シーマの顔からスッと笑みが消える。


「この決着の先にはおまえか俺か、どちらかが必ず死んでいるからさ」

ここまでお読み下さりありがとうございました。お気に召されましたら、ブクマ、評価してくださると幸いです。


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