56話 相撲!その一
(サチ)
小太郎の自己紹介に皆仰天した。
イアンに付き添っていたサチ以外、この事実を知らない。
小太郎はイアンの息子──
「エンゾ様から何らかの縁があるとは聞いていたが……して、どのようなからくりだ?」
親子でありながら、見た目の年齢差はほとんどない。忠兵衛の問いかけに小太郎は笑顔で答えた。
「虫食い穴です」
「虫食い穴だと?」
アスターが素っ頓狂な声を出し、皆が聞き入る。時間の壁ときて今度は虫食い穴だ。
時を遡り、育てられたカオルも複雑な気持ちだろう。
「異界に通ずる虫食い穴を通りますた。異界でわしは育てられ、何かあった時にと渡されていた呪符を使い、またこの世界に戻って来たっす」
この告白はイアンを不機嫌にさせた。
例によって口の端を歪めている。尖った八重歯は機嫌の良い時も、悪い時も見せる。すぐ顔に出るから分かりやすい。考えもなしに暴露されたくないのだろう。
小太郎はまだ自分とシーマの関係を知らない。現王の直系ということは。
アスターは案の定ほくそ笑んでいる。サチに耳打ちしてきた。
『ご立派に跡取りまで用意してるとはな。死んだ時の代わりが二人もいれば心強いものよ』
『やめろよ。あの二人を政治利用するのは』
『仕方ないだろう? そういう星の下に生まれたのだから。あいつらも利用されるだけが嫌なら、逆に利用すればいいのだ。自分の立場をな』
アスターのこういう感覚。サチにはどうにも理解出来なかった。血筋やら環境で本人の意志とは関係なく、生き方が決められてしまう。仕方のないことだとしても、不平等だ理不尽だと憤りたくもなるのだ。
──今までイアンは充分苦しんできた。恐らくは小太郎も。しがらみから逃れ、自由に生きていってほしいものだ
ゴチャゴチャ話している間に相撲の準備が整った。
河童達は手際良く整地し、俵を使い陣地を設定した。直径十キュビット(五メートル)ほどの円形である。二本線が引いてある中央で対峙するらしい。
小太郎が裸になっているのは驚いた。腰に「廻し」と呼ばれる下着のようなものを着けているだけだ。
ルールは簡単。基本、掌だけで戦う。
足を引っ掛ける、払うは○
拳、蹴るは×
相手を転倒させる、土俵と呼ばれる陣地から出す、または土俵外に接触させれば勝ち。
「さあ、始めるぞよ!」
皆、土俵を囲んで闘技者を見守った。
河童の中から選ばれた勇士と小太郎が土俵端にて向き合う。まず腰を落とし、膝を開いて爪先立ちした。珍妙な姿勢に言いようのない緊張感が走る。
長老が説明してくれた。
「蹲踞という姿勢じゃ。あのように拍手して掌を見せる。塵手水と言って、素手であることを証明する儀式じゃ」
なるほど、なるほど。エデンの文化は奥深い。あれは観客へのアピールだけでなく、神への畏敬も込められているように思える。サチは感心しながら見入った。
エデン語は大体分かるが、儀礼的な言葉まで解するのは難しい。
いよいよ試合開始だ。
両者、土俵中央に引いた線の前に拳を付き、腰を落とした。
「見合って、見合って、見合ってぇぇぇ……」
行司と呼ばれる審判が甲高い声を上げた。手にはえんじ色の団扇を握りしめている。
「はっきよーーーーい、のこった!!」
掛け声を合図に始まった。
ぶつかる肉と肉。汗が弾け飛ぶ。
顔を、身体を、掌でバチン、バチンと。
先に廻しを掴んだのは小太郎だった。
土俵端まで追いやられているのは河童の方だ。が、負けじと小太郎の腕の下から廻しを掴む。
「あっ!!!」
いつも勝負は一瞬で決まる。
廻しを下手で取った河童がグルリ向きを変える。瞬きしてたら、見そびれてしまっただろう。
小太郎は軽々持ち上げられ土俵の外へ──
落胆の声は河童達の歓声にかき消された。
勢い余って尻餅を付いた小太郎は砂だらけだ。悔しさに唇を噛みしめている。
「くっそーーー……小太のやつ」
イアンが隣でギリギリ歯噛みしている。それより、サチは服を脱ぎ始めたアスターに度肝を抜かれていた。
「次はこの私が相手だ! 今のでルールは大体分かったからな。覚悟するがいい!」
咆哮しながら、剣をサチに押し付ける。
「まじか……」
廻しを付けるのは抵抗があるらしく、上半身だけ裸で臨むことを許してもらった。
河童達はアスターの隆々とした上腕と傷だらけの分厚い胸筋に感動した。
「さすがはアスター殿じゃ。見るからに逞しい。じゃが、我らも軽そうに見えて剛力じゃぞ?」
長老エカシが言えば、アスターはふふんと言い返す。
「おう、私は重そうに見えてお前らより素早いぞ?」
「ならば見せていただこう」
最初の儀礼的な作法は省略し、両者見合った。
ところが、試合直前の緊張感が迫ろうという時──空が暗くなった。
訪れるのは邪悪な気配。
バサバサッと羽音が聞こえた時には強く煽られる。鳥だ。それも巨大な。
強烈な突風が来た。
砂を巻き上げ小枝を散らす。
目も口も開けてはいられない。
──なんだ、なんだ? 新手か?
顔を覆う腕をサチが下げた時、ぞろぞろとエデン風装束をまとった鳥人達が着地していた。
試合どころではない。
「アスターさん!」
土俵上のアスターにサチは助けを求めた。だが……
「太郎じゃないか。観に来たのか?」
「ああ、なんか面白いことをやってるって聞いたもんだからな」
「血の気が多いなぁ。おまえらは」
「言えた義理か」
イアンと鳥人が親しげに言葉を交わし始めた。唖然とするサチを見て小太郎が笑う。小太郎は軽くマントを羽織り、裸のままである。
「こやつらは天狗じゃ。ここに来るまで色々と世話になった」
「て、天狗?」
敵じゃないのか……
イアンと楽しげに話しているが。
「今朝方は負けたが、イアン・ローズよ、今度は相撲で勝負してみぬか?」
「そうだなぁ。面白そうだが……考えてみる」
イアンは太郎という天狗に八重歯を見せた。
天狗達は思い思いの場所に陣取り、座ったり腕組みして観戦する気まんまんである。
──襲ってはこないようだし、まあいっか……
色々と疑問は残るものの、サチはゴチャゴチャ考えるのを止めた。
それともう一つ、気になることがあった。イアンと小太郎の向こうにいるイザベラだ。ここへ来た当初から気になっていたが、見知らぬ少年を連れている。感じる魔力は微量とはいえ、少年には大きな目が一つしかない。明らかに異形である。
その少年とイザベラはずっと楽しそうにエデン語で話していた。相撲の取り組みの予想をあーだ、こーだと。流暢にエデン語を操っているのも驚くし、異形の少年と分け隔てなく話せる所もすごい。
──そういえばあいつ、魔国にいた時から亜人に対して全く差別とかしなかったな
通常、名家のお嬢様であれば亜人を見たことすらないだろう。大陸在住なら特に。
不思議なことにイザベラは異人種に対して嫌悪したり怯えることが全くなかった。本人は全く気付いてないが、これは彼女の最大の長所であった。
「岳、それは違うわ。人間の筋肉は見た目は凄くても魔人のそれとは質が違うのよ。その分、身体も重くなるし……この場合、体格差は問題ないと思うわ」
「でも、あの人は英雄だべ。皆、強ええって言ってっし」
「馬鹿ねぇ。あんなの見かけ倒しよ。剣の腕前が凄いだけで相撲は素人なんだから。まあ、見てなさい。私は河童の方を応援するわ」
「そうがなあ。あんなガタイのええ人、オラ初めて見だ」
「エデン人は小柄だものねぇ。けど、馬鹿力だけでは勝てないはずよ……」
そこでイザベラはサチの視線に気付いた。途端に顔を赤らめ、下を向いてしまう。
──なんでそこで恥ずかしがるんだろう……謎だ
突然現れた観客にアスターは首を傾げながらも、問題ないことが分かると対戦者と向き合った。
仕切り線に拳を付けば緊張感が走る。
まもなく始まる。
「見合って、見合ってぇぇぇ……」




