49話 決闘のあと
(イアン)
イアンは狂騒の渦にいた。
皆、何やら叫んでいる。
一寸前まで音も色もない世界にいたから、新たな刺激を消化できない。
イアンはただ、ただ、ぼうっと立ち尽くすしかなかった。
「勝ったのか……」
確かめるように呟く。
何を持って勝利というのか誰かに判定してもらわねば。夢中で動いていたから自分を俯瞰することなどできない。
突如、終わりを告げた戦いの後、イアンが呆然とするのは常であった。
誰か、肩に手を置く者がいる。
振り向けば忠兵衛がにこにこしていた。
「勝ちです。イアン様の勝ちです」
「イアン、怪我は?」
カオルもいた。
怪我……そんなのしたっけか、イアンはそう思いながら頬や首を触るが、つるっとしている。
カオルの訝しげな視線が痛い。
多分、気づかぬ内に何かやらかしてるかもしれない。
「イアン様ーー!!」
微妙な空気は駆け寄ってきた小太郎によってかき消された。頬を紅潮させた小太郎は何やら早口で話し始めた。
どうやら今の戦いのことを話しているらしいが、イアンにはいまいちピンとこなかった。
自分がどう動いたかいちいち覚えてないし、覚えていても何で絶賛されるのか分からない。その時はひたすら敵を追っているだけなのだから。相手が大きな敵の時は特にだ。
普段、無口で口下手な小太郎が興奮し、まくし立てるのは不思議である。
当のイアンは勝った実感が全く湧かないのに。
──ああ、こんなこと前にもあったな
十年くらい前だろうか。
イアンがまだ、十五、六の時。
ユゼフの兄ダニエル・ヴァルタンと対峙した※
ダニエルは世間的に英雄とされ、持て囃されていたが、イアンにとっては嫌な奴だった。
イアンのことを馬鹿だ生意気だ、ジンジャーめと公衆の面前で罵るし、何かと目の敵にされていたように思う。
転ばせようと足を引っ掛けたり、唾の吐いた食事を渡してきたり、露骨な意地悪もされた。
イアンは何度かユゼフに悪口を言ったこともある。しかし、弟のユゼフには嫌なことをしなかったのだろう。ユゼフは白けた顔をするだけだった。
だから、ダニエルと闘うことになったのは必然だったと言っても過言ではない。
因みにこの決闘の後、当時剣術指南をしていたエンゾにイアンはしこたま怒られた。戯れで剣を振るうなと。
きっかけはよく覚えていない。
イアンの性格から何かされて逆上するのは目に見えているし、煽られそのまま相手の術中にかかったのかもしれない。
ダニエルは大嫌いな従兄弟を痛めつけて憂さ晴らししたかったのだろう。
イアンにはアルコを持たせ、自分は刃引きした剣で。ハンデを付けても余裕勝ちする自信があったのだ。
イアンの方は天狗との戦いと同じく必死である。筋肉量、リーチ差もある、圧倒的技量差のある相手と手合わせするのだから。
今となってはどうやって戦ったのかも覚えていない。まぐれで勝てたのか、実力なのかも。
それでも勝ってしまったのだ。
終わった後、ダニエルは適当にごまかしギャラリーを連れてどこかへ行ってしまった。そして何故かユゼフだけが残った。
その時、今と同じく放心状態のイアンをユゼフが褒め称えたのである。これでもかってぐらい賛辞を並べ感情的に。
普段、ブスッとして何を考えてるか分からない奴が突然そんな状態になったから、イアンは呆気に取られてしまった。小太郎より意外性がある。
──そういやあいつ、あの時は全く吃らなかったな
「イアン、肩……」
カオルに呼びかけられ、イアンは我に返った。
「えっ、あっ……肩?」
──そういや、肩を刺されてたんだった。全く忘れていた。
血はまだダラダラ流れている。
「よろしければ、手当てしましょうか?」
人間の顔をした天狗が一人近寄って来た。その後ろにはさっき首をはねたはずの太郎が──
「は!? 繋がってる??」
「ああ、太郎様ですね。首はくっつけたのであちらはもう大丈夫です」
──大丈夫って……死なないのか
イアンがボサッとしてる間に手当てしていたようだ。天狗は首を斬られたくらいで死なないらしい。首領を討ち取ったのであれば、一波乱起きそうだったが。
「天狗の里に伝わる霊薬を使えば、治りも早いでしょう。お手当いたしますよ」
「分かった。頼む」
後ろで忠兵衛がヤキモキしているのを感じつつも、受け入れることにした。
何となく……何となくだが、こいつらは大丈夫だとイアンは思った。
「すっごいわね! ほんの数分で。どうやってくっ付くのかしら。よく見せて……ふむふむ。切り口はかなり綺麗だったからそれも関係あるでしょう。首は遠くまで飛んでたけど、泥とか砂とか付かなくて良かったわね」
くっ付いた首にイザベラは興味津々だ。
傷口の状態やら、神経がどうなっているか、斬られた前後の症状など、太郎本人や周りの天狗に質問しまくっている。周りが若干引き気味なのはお構いなしだ。
「霊薬もちょっと分けてくださらない? 調合方法はさすがに詳しく教えてくれないわよね?」
あまりにも図々しいので、忠兵衛に止めさせようとしたところ、太郎自らこちらへ歩み寄ってきた。
「イアン・ローズ。良き戦いであった。この太郎が倒されるなど三百年ぶりだ。エゼキエル王を思い出したぞ。どうも我とその天国とは相性が悪いらしい」
「もう、喋って大丈夫なのか?」
「ああ、痛みは感じるがな。そうそう、こっちの刀はお返ししよう」
カオルの蒼馬は手袋を付けた天狗が太郎の背から外した。手袋にはみっちり呪文が書かれている。
「我らが触れると大火傷をするんでな。勝手に奪って申し訳なかった」
バサッ、バサバサバサッ……
「イアンサマー!」
どこからともなくダモンが飛んできて、怪我をしてない方の肩に止まった。決闘後の興奮状態からようやく冷めつつある。
力を見せれば受け入れられる。
人間も魔人もそれは同じだ。
戦いの後、妙に和気藹々とした空気へ変わっていた。
「行くのだろう? 泉の洞窟へ」
イアンが頷くと、太郎は子分の天狗に耳打ちした。
子分の天狗は群れの中へ入っていく。連れてきたのは、一つ目小僧、岳だった。
「あっ! 岳! あんた、よくも騙してくれたわね。あんたの婆さん、すっごく怖かったんだからっ!!」
いち早く反応したのはイザベラだ。岳は萎縮し、連れて来た天狗の後ろに隠れた。
「隠れたって無駄よ! もう、ただじゃ置かないんだから」
イザベラの剣幕に岳は完全に怯えている。可哀想だ。
「魔女殿、ちょっとよろしいか?」
仲裁に入ったのは太郎だった。
「はん? 私は魔女じゃないわよ。主国の名家の令嬢なんだから」
「……じゃ、じゃあ……姫様」
その呼び方にはかなり違和感があったが、イザベラは満足したようだった。話を聞く姿勢に変わったので太郎は続けた。
「岳は洞窟へ行く近道を知っている。案内させるがいいだろう」
「案内って、とんでもないババアの所へ連れて行かれたんだけど。信用できるの!?」
「それは保証する。岳の婆さんは山姥であろう? 我の管轄内の妖魔であるから勝手なことはしないはず。戦いに負けた我が勝ったイアンを陥れるような卑劣な真似はせぬ」
「ふぅん……」
イザベラは腕組みし、しばらく考えた。
──そもそもお前がどうするか決めることじゃないだろうに
イアンは思ったが、黙っていた。
人間顔の天狗が肩の傷に包帯を巻いてくれている。話している間に霊薬を塗り込み、止血してくれた。
天狗の霊薬はしみる。
イアンはしかめっ面で傍観していた。
イザベラは物凄い形相で岳を睨んでいる。
怖い。
全然、可愛くない。
近くに女顔のカオルがいるから余計にだ。黙っていれば、カオルの方が姫様らしい。
唐突に──
張り詰めていた糸がプツと切れる。
イザベラは貴族の令嬢らしく優しい笑みを浮かべた。
「いいわ。案内は任せる。ただし……」
そこでまたさっきの恐ろしい顔に戻った。
「今度、騙したらどうなるか? 分かるわね?」
岳は縮みあがった。
イアンは思う。
全く何が姫様だ。
蓋を開けてみれば、人間も魔人も変わらない。不気味に伸びる木々の陰影や瘴気に覆われた黒い空も、楽しい冒険の一部だ。
誰が黒を死と結びつけたのだろう。どうしてみんな、闇に恐怖するのだろう。
少年時代に迷い込んだ貧民窟で、老婆が言っていたことをイアンは思い出した。
本来のあなたではない──と、そう言われたのだ。占い師の老婆は、イアンの全てが偽りだから占うことができないと。
今から思えば、当たっている。
イアン・ローズという名前もローズ家の嫡男という血統も全て偽りだったのだから。
──だから、周りが決めた道じゃなくて、俺は自分が正しいと思う道を進みたいんだ。この存在自体が全て偽りだったとしても。ローズでもない、王子でもない。俺は偽王の落とし種だ。それでも、ありのままの自分を偽りたくはない
何もない所からのスタート。イアンはまだ幼かった。持たざる者が必死に築き上げてきた物を奪われた時、どうなるのか。イアンは知りもしないのだった。
※一部前編「58話 イアンとダニエル」より。
次話から舞台は王都へ。




