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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(後編)二章 神々の島エデン
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47話 天狗

 瘴気が太陽を隠してしまった。

 空は明るいので真っ暗闇ではない。薄闇程度には暗い。


 背筋がゾクゾクするぐらい強い邪気を感じているのに、気配が強まれば強まるほどそれに比例してイアンの気持ちは高揚していった。


 

 ──何だろう、この気持ちは? 俺、ワクワクしてる??



 自分でも異常だと思う。

 魔の気配が三十頭以上ある。

 対して人間は五人。その内、二人は戦闘力にはならない。忠兵衛や小太郎も魔物と戦うのは初めてだろう。相手は猛獣の群れだ。一人、一頭倒せるか否か。


 だが、イアンはこの状況を楽しんでいた。

 瘴気は今のイアンには心地良い。

 皮膚をピリピリさせる戦闘前の緊張感も大好きだ。イアンの脳内は快楽物質を蓄え、今か今かとその時を待ち構えている。パンパンに膨らませた風船が弾けるのは、戦いが終わった直後。自分か相手が死んだ時だ。


 これから来る刺激に備え、イアンは全身を尖らせる。

 そこで、目の端にヘドロのような鬱屈をまとったカオルが映った。怯えてガタガタ震えてないだけマシだが、これから戦う人間の態度ではない。大方、イザベラに責められたのを恨んでるのだろう。



「何をボサッとしてる? 集中しろ」



 イアンは唸り声に近いほどの低い声と眼力でカオルを威圧した。楽しい戦いを邪魔されたくないのだ。足手まといは困る。

 


「来るぞ……」



 イアンが言うや否や、強い風が吹き付けた。

 折れた枯れ枝が数本、ピシッピシッと頬をかすっていく。他の数本は避けてフワッと散った。イアンは薄皮を切られるくらい、気にも止めない。


 バサッ、バサッ、バサッ、バサッ……


 轟音に近いほどの羽音が連続して起こる。ダモンのとは比べ物にならないぐらいの。


 空から巨大な鳥が舞い降りてきた。



 ──鳥!?……いや、鳥人?



 エデン人が普段着ている着物とは少し違う装束だ。寝る前に貸してもらった袖無しの羽織りに似ている。丸い綿毛みたいなボンボンのついた棒状の布を肩からかけ、輪っかが幾つもついた杖を持つ。頭にはちょこんと箱の帽子を載せていた。


 足元はいやに高い下駄、あるいは鳥の足の剥き出し。一応五本指……とは言っても、足の皮膚は細かい鱗で覆われ、鋭い鉤爪を持っている。顔つきは鷹とか鷲の類だ。中には人間の顔をした者もいる。  

 そして、皆一様に真っ黒な翼を持っていた。



「天狗だ……」


 忠兵衛が呟いた。

 


「てんぐ?」


「山の守り神でス。わしも見んのは初めてスが。山伏の装束をまとっているでせう?……えと、山伏というのはエデンの山々を巡る修行僧のことでス。手に持ってんのは錫杖(しゃくじょう)※といって、武器や楽器として使うもんスね。獣を追い払ったり、汚い心を浄化するような効果もあるみたいでス」



 小太郎が教えてくれた。

 聞き慣れない言葉が多く、イアンには少々難しかった。

 要は悪さをする魔物というより、ケルビム※や精霊に近い存在と思われる。



 ──へぇ……神と言う割に邪悪だが。見た目は鳥人だから、鳥人が魔人化した姿なのかもしれないな



 そんなことを呑気に考えている場合ではなかった。


 一人、二人、三人……


 次々と天狗達は降りてくる。彼らの羽ばたきで木々が倒され、丁度よく場所ができていた。凄い人数だ。しかも、どの天狗もアスターぐらいの体躯──剣闘士なみの隆々とした筋肉をまとっている。体から吹き出すオーラはメラメラと熱く、好戦的だ。



 間断なくやってくる空からの来訪者にカオルはガクガク震えだした。

 華奢なカオルと比べたら、強面の大男……翼の生えたアスターみたいなのに囲まれたのだから、まあ仕方ないといえば仕方ない。


 イアンは、こいつ漏らすんじゃなかろうかと少々不安になった。子供の頃、どこかの廃城に忍び入った時、本当に漏らしていたし……



 ──今回はあの時みたいに無理矢理付き合わせたんじゃないからな? なんかよう分からんが、カオルが自分で勝手に付いてきたんだ



「しっかりしろ! 剣を抜け!」



 イアンはアルコを抜き構えた。

 高揚感マックス。

 恐怖は全くなかった。

 イアンに続き、忠兵衛と小太郎も剣を構える。カオルだけが動けないでいた……いや、小刻みには動いている。

 

 真正面に降り立った天狗は一番大柄で強そうな天狗だ。身長はイアンと同じくらい、にも関わらず大きさが違う。つまり、分厚いのだ。広い肩幅に厚い胸筋はイアンの二人分あるだろう。一人だけ錫杖ではなく帯刀し、手には羽でできた大きな団扇を持っていた。


 ふと、イアンはその天狗が背負っている刀に気付いた。

 


 ──安綱……蒼馬!!



 婆さんの屋敷に置き忘れた刀だ。


 昨日、カオルが見せびらかしていたのを見ているから間違いない。

 確か始祖様の刀でウンタラカンタラ……イアンの知能では細かいことを思い出せなかった。だが、これだけは言える。あれが魔除けになっていたのだと。

 

 カオルの顔を見ると案の定、青ざめ唇を噛んでいた。震えは収まっている。物に対する執着心が怯懦を上回ったようだ。


 カオルのこういう所にイアンは親近感を覚える。



 ──俺も人や物に対する執着心が強いからな。分かる。



 だが、カオルは下を向いて一歩下がってしまった。



 ──え??



 イアンとカオルの違いは思考する前に行動するか、どうかだ。イアンにとっては相手が誰だろうが関係ない。自分より強かろうが、身分が高かろうが、感情のままにぶつかっていく。


 カオルの行動は情けないというか、残念だった。


 

 ……と、天狗が(くちばし)を緩めた。



「まさかショウモン様の刀を持ってるとはな。我々もおいそれとは近づけぬわけよ。エデン平家は蓬莱の神々と契約しているはず。この地を決して侵さぬと。用もないのに蓬莱山へ立ち入らぬはずだが……まさかここに平家の者はおらぬよな?」

 


 イアンにはエデンの言葉はよく分からなかった。最後の言葉にカオルがビクッと反応したところを見ると、「ヘイケ」というのはテイラー家のことなのかもしれない。

 

 イアンは足を一歩前に出した。

 例に漏れず、理解より感情が先立っている。勝手に人の物を盗んでおいて、何を偉そうに喋っているのだ、この鳥人間は──

 


「言ってることが分からないが、貴様が持ってる刀は俺の仲間の物だ! 盗っ人が偉そうに話すんじゃない! 現れたのならまず名乗るのが道理だろう。この馬鹿鳥が!」

 


 罵った。

 イアンにとって相手の強さや頭数より、刀を盗られたことの方が重要なのである。


 天狗はしばし唖然としていたが、やがてけたたましく笑い始めた。


 強い邪気が空気をビリビリ震わせる。イアンは心地良い振動に身を任せた。戦う前だ。これぐらいピリピリしていた方が丁度良い。 



「人間風情が……我に名乗れと……はっはははははははは……」


「おかしいか? 俺はまともなことを言ってるだけだがな」


「……人間……ん? お前、なんか違うな」



 天狗が笑うのを止めた。

 猛禽の目が鋭くイアンを捉える。



「魔力を封じ込めているようだが、魔人?……少々光の民の気配も入っているが……なんか不思議な奴……まあいい」


 

 ゴチャゴチャ言っているが、人間じゃないことに気付いたか? まあ、構わない──イアンは微動だにせず、上目で睨み続けた。


 すると、その首領と思われる天狗が声を張り上げた。



「我こそは鞍馬山僧正坊が末裔、蓬莱山太郎である! 聖なる蓬莱山に立ち入るならず者はこの太郎が成敗してくれる!!」



 咆哮に近い(たけ)びは山を揺るがした。

 木々は折れんばかりにしなり、隠れていた鳥達が飛び立っていく。


 イアンの肩にいたダモンもこれでもかってぐらい縮こまっていた。閉じた羽の中に頭を押し込み、いつもの半分くらいの大きさまでに。


 イアンは全く怯まなかった。



「ふん、偉そうにたかが鳥風情が」


「愚弄する気か。八つ裂きにするぞ? だが、その前に名前ぐらいは聞いてやってもいい」


「いいだろう」


 イアンは大きく息を吸い込んだ。



「我が名はイアン・ローズ! 親友と亡き母のため、蓬莱の水を得るために来た。邪魔立てする者はどんな奴だろうが斬る!」



 カァー、カァ、カァ……



 (からす)が一羽、近くの枝から飛び立っていった。まだ残っていたのだ。普通の鳥が……


 天狗どもは呆気にとられている。

 


 ──う……失敗したか……もっと格好いいセリフを考えておけば良かった



 名乗り上げる時点で負けてしまうとは……

 イアンは地団駄踏みたいのをこらえた。ここで負け犬っぽい行動を取っては、本当の負け犬になってしまう。俺は滅茶苦茶強いのだ。こんな鳥肉に負ける気などしない。口でどうこう言っても、結局強さが全てだ。剣を交えて戦えば──



「驚いた。イアン・ローズだと?」



 天狗達の首領と思われる蓬莱山太郎は鋭い猛禽の目をまん丸にしている。他の天狗達もやや間を空けてからざわつき始めた。

 


「我ら天狗は山伏や神社、平家との交流もあり、人間社会にも通じておる。だから、謀反人イアン・ローズのことも知っておるのだ。確か五年前、魔国で死んだと……」



 どうやらイアンは異形達の間でも有名になっていたらしい。自分の預かり知らぬところで、噂されていたとは、何だかむず(がゆ)かった。



「あいにく、死に損なってな」



 イアンは八重歯を見せ自嘲した。

 太郎は驚きを隠せずにいる。



「表向きは現宰相ユゼフ・ヴァルタンが倒したことになっているが、実際は英雄ダリアン・アスターが倒したのだと」


「どちらも間違いだ。言っとくが、アスターのジジイより俺の方が強いからな? ちなみにそのアスターもこの山に来てるはずだが、会ってないか?」


「なんと!」



 天狗どもが(にわ)かに色めき立った。

 ざわつき程度ではない。ワァーワァーと上を下への大騒ぎになった。

 イアンの名前が出た時とは比べ物にならないほどの騒ぎだ。無論、イアンは面白くない。


 英雄が……あの英雄がここに来たのかと。魔の集団を包み込むのは高揚感だ。

 そんな中、一人の天狗が太郎に耳打ちした。太郎の顔がみるみる内に変わっていく。


 それまで好奇心だけ膨らませていたのが、興奮状態へと。凛々しい猛禽の顔には何とも言えぬ笑みが浮かんでいた。



「もしかして(ぬえ)を倒したのはアスターか。こんなことはエゼキエル王以来だ」


「まあ、実際会ってみるとクソジジイだけどな。アスターとやり合いたきゃ、まずこの俺を倒せ!」



 それを聞いた太郎はニヒルな笑みを浮かべた。ゾッとする冷たい笑顔……

 顔が猛禽だからそう見えてしまうのかもしれない。



「いいだろう。勝負してやってもいい。ただし、後ろに控えてる連中は手出しするなよ? 一騎打ちだ」


「当然だ。俺が勝てばその刀は返してもらうからな?」



 イアンの肩からダモンが飛び立つ。放たれる殺気──

 イアンもニヤリ、笑い返した。




※錫杖……杖の頭に大環が付いており、その大環には六つの小環がかけられている。


※ケルビム……智天使。

(イアン)

カオル視点↓

https://book1.adouzi.eu.org/n8133hr/51/


https://book1.adouzi.eu.org/n8133hr/52/



47、48話とカオル視点があります。

元はカオル視点だったのを急遽イアン視点に変えたのです。カオル視点の方がイアンの格好良さが伝わるかもしれません。

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[良い点] イアン対天狗、どんな戦いになるのか楽しみです(*´ω`*)
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