34─1話 シーマ追い詰められる①(シーマ視点)
数日後、シーラズ城にて。
静かな夜だった。
輝く満月は白い城壁を浮かび上がらせ、中庭に咲き乱れるスミレを優しく照らしている。
シーマは素肌にローブだけ羽織り、寝室の窓を開けて月を眺めていた。
「寒いわ。閉めて」
ベッドで寝ていたヴィナスが起き上がった。裸の彼女は少し震えている。
シーマは聞こえない振りをした。月を眺めるのが好きだ。自分の本当の髪色と同じ月光は、力を与えてくれるような気がする。
シーマはいつだって場の中心にいて、礼賛され、王のように皆を従えることができた。
持って生まれた不思議な能力が自らの演出に大きく貢献したのは確かだが、それだけではない。
これまでの道のりは平坦ではなく、犠牲もあった。それでも心の奥底から湧き上がる情熱は、恐れや不安を呑み込んで膨らんでいったのだ。
ローズ軍が王城を占拠してから、一ヶ月が経とうとしていた。
クロノス国王は遺書を書かせた数日後に死んだ。王の座は空いているというのに──
「ねぇ、閉めてったら!」
ヴィナスの投げた枕が窓際のソファーに当たり、床へ落ちた。
冷え冷えとした部屋もシーマは気にならない。もとより、寒さには強い体質らしい。
「シーマ、暖炉に火をつけて。寒いわ」
ヴィナスは震えている。
シーマはすぐに答えなかった。優しい振りをするのには、うんざりだ。彼女の指図を受けたくなかった。
「火をつけたら、願いを聞いてくれる?」
微笑んで彼女のほうへ向き直った。
何度もしているあの話をしようと思ったのだ。グリンデルから援軍は来ないし、シーバートの犬も戻ってこない。
「また、その話なの? いいえ。姉に文は出さないわ。姉を使ってグリンデルに援軍を要請するなんて、とんでもない。大反対よ。これは国内の問題でしょう? 私がなんでもあなたの言いなりになると思ったら、大間違いですからね?」
最初、ヴィナスはおとなしくシーマの言うとおりに従っていた。
彼女をもっと意のままに操ろうと、深い関係になったのが間違いだったのだ。ヴィナスは次第に主張し始め、意見するようになった。
「いや、その話ではない。鬱陶しいから出て行ってほしいんだ」
シーマは深く溜め息を吐いてから言った。
シーマにとって、ヴィナスはもう何の価値も持たなかった。
彼女が怒りで美しい顔を歪めても、笑みで応えるだけ。窓を閉め、優雅に歩きベッドへ戻る。
その時だった。
ドォーンと大きな物が落下する音と、兵士のどよめきが聞こえた。それからすぐに階段をバタバタと走る音が聞こえ、部屋の前で止まった。
「シーマ様、お目覚めになってください! 城が!……城が襲撃を受けております!」
シーマは服も着替えず、ドアの外へ出て行った。
「兵の人数は?」
「まだ、わかりませんが、五千以上はいるかと」
「すぐに確認しろ……いや、自分で見る」
自ら確認したほうが早い。最も信用できるのは、我が目で得た情報だ。シーマは一番高い塔へと向かった。冷たい外気が、まとわりつく鬱屈を追い払ってくれる。
海側の塔からは、かなり遠くまで見渡せる。よく晴れた昼間なら、ここから一番近いアラーク島が──
アーチ型の窓から吹き込む潮風がローブをはためかせる。塔の最上階に立ったシーマは言葉を失った。
夜なのにアラーク島が見えている。
月明かりだけじゃない。城下から海の向こうにまで広がるいくつもの松明によって、ぼんやりと浮かび上がっているのだ。
城はすでに取り囲まれていた。
満月の下、海上で揺らめく松明が荘厳な夜景を作り出している。夜なのに明るい。話に聞いた夜の国は、きっとこんな感じなのだろう。きれいだった。
敵は海側からやって来たに違いなかった。内海の警備を任せていたのは誰だったか……
「リンドバーグ……」
シーマは声に出してつぶやいた。
北の大地に領地を持つ成金貴族──リンドバーグは確かローズと仲が悪かったはず……。
傍らにいた家臣が、もの問いたげにシーマの顔を見る。
「リンドバーグ、と言ったのだ。リンドバーグが裏切った」
シーマは無感情にその名を繰り返した。
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「ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる~設定集」
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