28話 飲み会②
――企んでやがる
使用人と食卓を囲む無邪気さから転じ、アスターは悪役顔になっている。
胸騒ぎがする。イアンは気を落ち着かせるために八重歯をなめた。前歯から三番目の犬歯は少し飛び出していて、舌で触ってしまう癖がついている。
サチは基本的にお人好しだ。アスターはサチをいいように利用するつもりなのかもしれない。
──俺のせいで人生の大切な時間を浪費させてしまった。これからは自分のために生きていってほしい。アスターがサチの自由を奪う気なら、断固戦わねば
そう思って顔を上げたところ、サチと目が合った。だいたい配り終わったのか。イアンの飯台までたどり着いていた。
「これ、作ってみたんだ」
差し出されたのは、飯を丸く固めた食べ物である。飯の上にはそれぞれ色の違うソースがかかっている。
「これは……」
「んまい!!」
料理の名前を聞こうとしているのに、またアスターに遮られた。
アスターといったら、一口で丸呑みである。二つ目を口に入れ、間断なく三つ目に手を伸ばしたところ、サチに叩かれた。
「たくさん作ったとはいえ、限度がある! 一人でガツガツ食うな!」
「なんだ、ケチくさいこと言うな? 無くなったらまた作ればいいではないか?」
ブツクサ言いながら、アスターは三つ目の飯の塊を半分に割った。どうやら一口で食べるのはやめたらしい。その割った半分を口に入れ、もう半分を……
「イアン、食べていいぞ」
渡してきた……
綺麗だった丸がグチャッとつぶれ、なんとも悲しい状態になっている。
イアンは無言でそれを見つめた。
「アスターさん、食べかけをイアンにあげるのやめろ。これは俺が調理した物だから、食べても大丈夫だ」
キレるまえに、サチが綺麗な円盤型のそれを小皿に載せてくれた。飯の上に明るいオレンジ色のソースが塗られ、ほんのり焦げ目がついている。
「これは手で食べるのか?」
「そうだ。焼むすびという。飯を握り固めたものにタレをつけ、あぶってある」
イアンはこわごわ口に入れてみた。
まず、濃厚な潮の香りがした。次にツンと独特な香辛料の香り。まろやかな塩味……香ばしい。甘く柔らかい飯にソースがたまらなく合う!
「うまい!」
「これはウニ味噌に山椒を合わせてみたものだ。他にも色々ある。こっちは梅と鰹節に紫蘇を合わせたもの。で、こっちは味噌とゴマにレッドペッパーを合わせたもの。オーソドックスなのは醤油に卵黄だけのやつ。これが一番うまい! あとな、塩と胡椒だけのもイケるぞ? それとな、生姜と……」
解説中にアスターが盆ごと奪い取った。
「説明などいらぬ。全部よこせ!」
「オイ……」
サチは半ば呆れ顔で笑った。脱力した笑顔だ。
イアンは肩の力が抜けていくのを感じた。
──そうだ。この感じ。サチといると、無理して自分を飾る必要がないんだ。何も気負わず、素のままでいられる
「……すごいな。自分で考えた料理なのか?」
「いや……これはもともとある料理だ。シェフに教えてもらった簡単なエデン料理にすぎない。多少、手を加えてみたが……」
話している途中、忠兵衛が感嘆の声を上げた。
目を見開き、初めて砂糖菓子を食べた未界人のような顔をしている。だが、やや大袈裟とも取れる反応が納得できるほどの味だ。
「いやはや、いつも食べる焼むすびとは一味違う。塩と胡椒だけのは初めて食べた。それとウニと山椒もこんなに合うのだな!」
「ええ。胡椒だけのは考案したというほどでもないでしょう。誰でも思いつきます。ウニ味噌はそれだけで物凄く美味しかったので、遊び心で山椒を加えてみただけです。あとは、味噌に柚子を混ぜてみたり、梅干しに蜂蜜を加えてまろやかにしたり、ささやかな工夫を足してみたぐらいで……」
「いやぁ、料理のことはよくわからんが、素晴らしい! 暁城の料理番の甚左衛門が、君を気に入っていたのを思い出すなぁ」
「懐かしいですね」
「今度、文でも書けばいい」
サチと忠兵衛が和やかに会話している間も、焼むすびはなくなり続けた。
「アスターさん、食べ過ぎ。イアンの分がなくなるだろうが。これはイアンのために作ったんだぞ?」
「むむ……うまくて止まらぬのだ。足らなければ、もっと作れ」
「サチ、作りに行かなくていい。もう充分だ」
「アスター様、わがまま過ぎです」
「ぬっ……忠兵衛」
忠兵衛がアスターの前にあった盆をイアンの前へ移動し、ようやくあきらめたようだ。代わりに出された干し芋をかじり始めた。
食べるのが止まらないのもわかる。どれも最高に美味しかった。
柑橘の香りがするものも、ピリリと辛いのも、大豆のソースや胡椒だけのも……
しかし、固めた飯にソースを塗って、ただ焼いただけの代物である。庶民的というか素朴過ぎる。なぜ、こんなにも心奪われるのか……
「おむすびと言うのは山の神様の名前から取ったらしい。と、同時に「結ぶ」という意味もある」
サチがイアンの杯に酒を注ぎながら話し始めた。
「縁だ」
「えん?」
「そ、縁。サーシャのこともそうだし、小太郎も、カオルとの出会いもそうだ。ユゼフとも。シーマとも……」
「その名は聞きたくない……」
「だが、繋がっているだろう。人と人は繋がる。縁で結ばれているんだ」
サチが何を言おうとしているか、見当もつかない。イアンは黙って眉根を寄せた。
「小太郎のこと、受け止めるのはつらかったと思う。でも、これも縁だ。結ばれる縁にはきっと意味がある……ところで、食べたおむすびの中でどれが一番おいしかった??」
「俺は醤油のやつが……」
「イアンらしいな」
「どれもとても、おいしかった。甲乙などつけられない」
「そう。どれも同じ顔などなく、ましてや甲乙などつけられやしない。人も同じだと思わないか?」
「わからない……」
「俺は人との結びつきを大切にしたい。余計なお節介かもしれないけど、どんな出会いも悲観すべきではないと思うんだ。たとえ、悲しい別れを伴うものであっても……出会えたことを素晴らしいと思ってほしい。だから……」
サチの黒い瞳は澄んでいた。純粋な黒というのは清らかで、どんな異物もはねのける。欺瞞も、猜疑も、虚栄も、我欲も……
──そう、まっさらなのだ
イアンはサチが差し出した杯を飲み干した。




