24話 小太郎の人生①
イアンの意識はいずこへ──
闇を通り光を通り、小太郎の中へと。イアンの心は小太郎と同化した。
イアンの中に小太郎の軌跡が、想いが……流れ込んでくる──
この国が、世界が変わると思っていた。どんな風に変わるかは分からない。ただ漠然と、今よりいい生活が待っているような気がしていた。
きっかけは笑ってしまうぐらい安易。
絵双紙の中の牛若丸みたいに格好良く敵をバッタバッタと倒し、不穏な世の中を変えたかったのだ。皆が憧れる豪傑になりたかった、ただそれだけ──
小太郎のナマの声。切々たる気持ち。
イアンは小太郎になりきってしまった。不思議なことだ。言語が違うのに何を言っているのか分かる。
ウシワカマル? エゾウシ? 見たことも聞いたこともないはずの物のイメージがパッと湧いてくる。イアンは小太郎と脳を共用しているのであった。
追憶の始まりは月明かりに照らされた路地。血まみれの小太郎は必死に敵から逃げている。
戦だ。しかし、逃げているとは言っても、追っ手もいないし人通りも少ない屋敷町。縦横に規則正しく道が走っているのは、チェスの盤を思わせる。美しい街並みだが、どことなく不気味だった。
加えてこんな状況なのにも関わらず、小太郎は呑気に「しばらく雪が降っていたけど、開戦日に晴れて良かった」などと天気のことを考えたりしている。血まみれで逃げている敗残兵にしては妙だ。
その後、故郷の広々とした田園風景を思い出したり、何でこんな所まで来てしまったのだろうという悔恨やら、自嘲やら、小太郎は繰り返していた。
血糊のベッタリ付いた刀を握り締め、刺された脇腹は死ぬほど痛い。こんな怪我では逃げても助からないだろう。誰かにとどめを刺してもらったほうがいいかもしれない。
それなのに小太郎は逃げ回っているのであった。許可無しの戦線離脱、規律違反は切腹だと分かっているのに。
──切腹? ああ、あれか……ハラキリか
イアンはサチが以前、切腹の真似事をしたことを思い出した。どうせ死ぬなら、もっと楽な方法がいいだろうに。あれは相当痛そうだった。
小太郎の意識と同化していても、イアンにはよく分からない風習だった。これを理解するには精神世界のもっと奥まで行く必要がある。
そんな余裕は勿論ないので、イアンは小太郎の思念に流された。
──何人切ったろうな……数え切れねぇや。もう、おらは人には戻れねぇ。死んだ所で堕ちるのは間違いなく地獄じゃ
暗い路地の迷路から急に場面は変わる。目の前がカッと赤く変わった。
──血??
怒涛のように押し寄せてくるのは、殺戮の歴史である。小太郎はイアンの想像を上回るほどの人数を殺していた。敵だけではない。裏切り者……かつての味方も。少人数を大勢で闇討ち、処刑……
──こいつ、相当のクズじゃないか
逃げながら呑気に天気のことを考えていたのは、これだ。余りに戦い慣れしていて、恐怖心が抜け落ちていたのだ。
ならば、負け戦とはいえ、逃げているのはなぜだろう?
イアンは小太郎の心の更に奥へと入っていった。
──オラはイジメられっ子じゃった
捨て子の小太郎は神社の神官に育てられた。詳細は分からないが、どうやらサーシャが自害する前に充分な金子を渡して、頼み込んだと思われる。
捨て子の上に身長が高過ぎる。これがイジメの原因だった。
ここの異界人達は総じて小柄だ。顔立ちもエデン人のよう。ゆえにイアンと同じ体躯の小太郎は異形扱い。
仲間に入れない。無視される。からかわれたり、ど突かれる。いじめる側の人間だったイアンからすると、耐えられぬレベルの屈辱である。もし、ここに肉体があったなら、イアンは歯噛みして地団駄踏んだことだろう。いや、暴れ狂ったかもしれない。
身内が受けた屈辱を我がことのように思う。だから、イアンのそばにいる家来は弱かろうが、家柄が悪かろうが、貧乏だろうが、決していじめられなかった。カオルも、ウィレムも、アダムも、ユゼフも。
家来ですらそうなのに、自分の血を引いた実の息子がそんな目に遭っていたとは。
しかも、いじめられる要素が全てイアンに起因している。
高身長、色白、捨て子……
──いいんだ、小太郎。おまえはこんな猿みたいな連中より優れている。何だって俺の血を引いているのだからな。背も高いし、王家の血筋だし、俺に似て美男子だし……引け目を感じることなどないんだぞ?
陰気な小太郎は強くなりたいと思った。そして、イアンと同じく剣の道へ邁進していく。
デカいのにぬぼぅとして鈍重無口。惨めないじめっ子は黙々と竹刀を降り続けた。
竹刀を持てば、別人になる。
水を得た魚のごとく、素早く動く。避ける。打つ。突く。技などという高度な代物ではない。獣の本能だけが小太郎を動かし、戦わせた。
結果、村で小太郎に勝てる者は誰一人として居なくなった。
十五の時、そんな小太郎に転機が訪れる。
何でも有名な道場?から偉い人が来て、小太郎は引き抜かれたのだ。
この道場という概念がイアンの住んでいたローズにはない。格闘技の練習場なんかに指導者がついたような感じだろうか。
──沖田先生……あの沖田総司が来たんだ。あんな田舎のみすぼらしい寺の道場に
小太郎が憧れる男はエデン人にしては高身長だが、イアンから見ると子供であった。小太郎と年齢もそんなに変わらなそうな……
テンネンリシンリュウ──この流派という概念もアニュラスには存在しない。剣技はその家ごとに磨くものであるから、個人で貴族以外の者達がそういった派閥を作ったりはしないのだ。
初対面の時、破顔してみせた沖田は全然強そうではなかった。経歴は没落した武士(貴族の中でも武芸に特化した種族)の血統。幼い頃から剣技に秀で、道場内でも特別な位置にいる人らしかった。
練習稽古の場面にて最初の印象は一変する。
涼しい顔で上から下から縦横無尽に打つ、突く。ヒラリヒラリ軽く攻撃を受けかわし、重い一撃で相手を圧倒する。強いだけではない。戦いを心から楽しんでいるのだ。イアンの目から見ても、彼は特別なのだと分かった。
その上、稽古の時は滅茶苦茶厳しい。
怒鳴られ、打たれ、それでも立ち上がる小太郎の姿にイアンの心は泣いた。
小太郎がいじめられていた訳ではない。沖田は年長者に対しても同じ様にした。妥協を許さない性格なのだ、戦いにおいては。
小太郎の手にできた豆は何度も破ける。身体は打撲だらけだ。でも、まだ立ち上がって戦おうとする。沖田の指導は厳し過ぎると敬遠される中、小太郎は自ら向かっていった。
年齢、経歴や身分、全ての煩わしい事がここでは関係ない。あるのは強さだけだ。
純粋な強さ……それだけを一途に求めた。
厳しければ、厳しいほどいい。
身体が傷だらけになろうが、夜痛みで寝れなかろうが構わない。ただ、ただ、強くなりたかったのだ。
痛ましい小太郎に、イアンは自然と自分を重ねていた。
冷たい義理の家族。どれだけ渇望しても愛されなかった。義母の心にあるのは義務だけ。娼婦の母親に愛される弟が死ぬほど妬ましかった。
イアンが愛の代わりに与えられたのは厳しい躾だ。だから反抗した。意思表示すれば、分かってもらえると思ったのである。しかし、次に待っていたのは“無視”だった。
“無視”──イアンがこの世で最も憎むもの。
息が詰まるような日常から逃げ出したかった。自分が自分らしくいられる、自由でいられる場所をずっと探し求めて。
──どうして? どうして?
どうして戦う? 理由は分かっている。それしか、存在理由がないからだ。
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