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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(後編)二章 神々の島エデン
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24話 小太郎の人生①

 イアンの意識はいずこへ──


 闇を通り光を通り、小太郎の中へと。イアンの心は小太郎と同化した。

 イアンの中に小太郎の軌跡が、想いが……流れ込んでくる──




 この国が、世界が変わると思っていた。どんな風に変わるかは分からない。ただ漠然と、今よりいい生活が待っているような気がしていた。


 きっかけは笑ってしまうぐらい安易。

 絵双紙の中の牛若丸みたいに格好良く敵をバッタバッタと倒し、不穏な世の中を変えたかったのだ。皆が憧れる豪傑になりたかった、ただそれだけ──



 小太郎のナマの声。切々たる気持ち。

 イアンは小太郎になりきってしまった。不思議なことだ。言語が違うのに何を言っているのか分かる。


 ウシワカマル? エゾウシ? 見たことも聞いたこともないはずの物のイメージがパッと湧いてくる。イアンは小太郎と脳を共用しているのであった。


 追憶の始まりは月明かりに照らされた路地。血まみれの小太郎は必死に敵から逃げている。

 

 戦だ。しかし、逃げているとは言っても、追っ手もいないし人通りも少ない屋敷町。縦横に規則正しく道が走っているのは、チェスの盤を思わせる。美しい街並みだが、どことなく不気味だった。


 加えてこんな状況なのにも関わらず、小太郎は呑気に「しばらく雪が降っていたけど、開戦日に晴れて良かった」などと天気のことを考えたりしている。血まみれで逃げている敗残兵にしては妙だ。


 その後、故郷の広々とした田園風景を思い出したり、何でこんな所まで来てしまったのだろうという悔恨やら、自嘲やら、小太郎は繰り返していた。


 血糊のベッタリ付いた刀を握り締め、刺された脇腹は死ぬほど痛い。こんな怪我では逃げても助からないだろう。誰かにとどめを刺してもらったほうがいいかもしれない。


 それなのに小太郎は逃げ回っているのであった。許可無しの戦線離脱、規律違反は切腹だと分かっているのに。



 ──切腹? ああ、あれか……ハラキリか



 イアンはサチが以前、切腹の真似事をしたことを思い出した。どうせ死ぬなら、もっと楽な方法がいいだろうに。あれは相当痛そうだった。


 小太郎の意識と同化していても、イアンにはよく分からない風習だった。これを理解するには精神世界のもっと奥まで行く必要がある。


 そんな余裕は勿論ないので、イアンは小太郎の思念に流された。



 ──何人切ったろうな……数え切れねぇや。もう、おらは人には戻れねぇ。死んだ所で堕ちるのは間違いなく地獄じゃ



 暗い路地の迷路から急に場面は変わる。目の前がカッと赤く変わった。



 ──血??



 怒涛のように押し寄せてくるのは、殺戮の歴史である。小太郎はイアンの想像を上回るほどの人数を殺していた。敵だけではない。裏切り者……かつての味方も。少人数を大勢で闇討ち、処刑……



 ──こいつ、相当のクズじゃないか



 逃げながら呑気に天気のことを考えていたのは、これだ。余りに戦い慣れしていて、恐怖心が抜け落ちていたのだ。


 ならば、負け戦とはいえ、逃げているのはなぜだろう?


 イアンは小太郎の心の更に奥へと入っていった。

 


 ──オラはイジメられっ子じゃった



 捨て子の小太郎は神社(テンプル)の神官に育てられた。詳細は分からないが、どうやらサーシャが自害する前に充分な金子を渡して、頼み込んだと思われる。


 捨て子の上に身長が高過ぎる。これがイジメの原因だった。

 ここの異界人達は総じて小柄だ。顔立ちもエデン人のよう。ゆえにイアンと同じ体躯の小太郎は異形扱い。


 仲間に入れない。無視される。からかわれたり、ど突かれる。いじめる側の人間だったイアンからすると、耐えられぬレベルの屈辱である。もし、ここに肉体があったなら、イアンは歯噛みして地団駄踏んだことだろう。いや、暴れ狂ったかもしれない。


 身内が受けた屈辱を我がことのように思う。だから、イアンのそばにいる家来は弱かろうが、家柄が悪かろうが、貧乏だろうが、決していじめられなかった。カオルも、ウィレムも、アダムも、ユゼフも。


 家来ですらそうなのに、自分の血を引いた実の息子がそんな目に遭っていたとは。


 しかも、いじめられる要素が全てイアンに起因している。


 高身長、色白、捨て子……

 


 ──いいんだ、小太郎。おまえはこんな猿みたいな連中より優れている。何だって俺の血を引いているのだからな。背も高いし、王家の血筋だし、俺に似て美男子だし……引け目を感じることなどないんだぞ?



 陰気な小太郎は強くなりたいと思った。そして、イアンと同じく剣の道へ邁進していく。


 デカいのにぬぼぅとして鈍重無口。惨めないじめっ子は黙々と竹刀を降り続けた。


 竹刀を持てば、別人になる。


 水を得た魚のごとく、素早く動く。避ける。打つ。突く。技などという高度な代物ではない。獣の本能だけが小太郎を動かし、戦わせた。


 結果、村で小太郎に勝てる者は誰一人として居なくなった。



 十五の時、そんな小太郎に転機が訪れる。


 何でも有名な道場?から偉い人が来て、小太郎は引き抜かれたのだ。

 この道場という概念がイアンの住んでいたローズにはない。格闘技の練習場なんかに指導者がついたような感じだろうか。



 ──沖田先生……あの沖田総司が来たんだ。あんな田舎のみすぼらしい寺の道場に



 小太郎が憧れる男はエデン人にしては高身長だが、イアンから見ると子供であった。小太郎と年齢もそんなに変わらなそうな……


 テンネンリシンリュウ──この流派という概念もアニュラスには存在しない。剣技はその家ごとに磨くものであるから、個人で貴族以外の者達がそういった派閥を作ったりはしないのだ。


 初対面の時、破顔してみせた沖田は全然強そうではなかった。経歴は没落した武士(貴族の中でも武芸に特化した種族)の血統。幼い頃から剣技に秀で、道場内でも特別な位置にいる人らしかった。


 練習稽古の場面にて最初の印象は一変する。


 涼しい顔で上から下から縦横無尽に打つ、突く。ヒラリヒラリ軽く攻撃を受けかわし、重い一撃で相手を圧倒する。強いだけではない。戦いを心から楽しんでいるのだ。イアンの目から見ても、彼は特別なのだと分かった。


 その上、稽古の時は滅茶苦茶厳しい。

 怒鳴られ、打たれ、それでも立ち上がる小太郎の姿にイアンの心は泣いた。


 小太郎がいじめられていた訳ではない。沖田は年長者に対しても同じ様にした。妥協を許さない性格なのだ、戦いにおいては。


 小太郎の手にできた豆は何度も破ける。身体は打撲だらけだ。でも、まだ立ち上がって戦おうとする。沖田の指導は厳し過ぎると敬遠される中、小太郎は自ら向かっていった。


 年齢、経歴や身分、全ての煩わしい事がここでは関係ない。あるのは強さだけだ。


 純粋な強さ……それだけを一途に求めた。


 厳しければ、厳しいほどいい。

 身体が傷だらけになろうが、夜痛みで寝れなかろうが構わない。ただ、ただ、強くなりたかったのだ。


 痛ましい小太郎に、イアンは自然と自分を重ねていた。


 冷たい義理の家族。どれだけ渇望しても愛されなかった。義母の心にあるのは義務だけ。娼婦の母親に愛される(アダム)が死ぬほど妬ましかった。


 イアンが愛の代わりに与えられたのは厳しい躾だ。だから反抗した。意思表示すれば、分かってもらえると思ったのである。しかし、次に待っていたのは“無視”だった。


 “無視”──イアンがこの世で最も憎むもの。


 息が詰まるような日常から逃げ出したかった。自分が自分らしくいられる、自由でいられる場所をずっと探し求めて。



 ──どうして? どうして?


 

 どうして戦う? 理由は分かっている。それしか、存在理由がないからだ。

小太郎視点はこちら↓↓


https://book1.adouzi.eu.org/n8133hr/41/


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[良い点] 小太郎は転生者だったのか(`・ω・´)
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