23話 親子対決
虫食い穴を通って異界で育てられた小太郎。彼はガーデンブルグ王家の隠密であったサーシャとイアンの息子。
その息子が今、イアンに戦いを挑む!
穏やかな陽光に反して波は猛々しい。崖肌にぶつかり、パァンと砕け散る。
「イアン様! わしと勝負してくだせぇ。あんたが強ければ認める。でもそうでなきゃ……」
刀を抜いた小太郎に、イアンが唖然としていたのはほんの数秒である。
「分かった。受けてたとう」
イアンはすんなり了承した。
こういう時はグダグダ考えず、戦うに限る。
「ちょっと、待ったあああ!」
思いがけぬ展開に物申したのはサチだった。
例によって頬を紅潮させ、口をパクパクさせている。眠そうな顔はどこへやら……何か言いたくて仕様がないらしい。
「ちょっと待て。どうしてそうなる? おかしいだろう? イアンとシーマに関しての苦情なら俺が受け付ける。危険なことはやめるんだ」
「おい、おまえ、いつから俺の苦情係になった?」
イアンは苦笑した。
戦いで物事のケジメをつける。決着をつけて終わらせるという考え方がサチには理解できないのだ。
騎士、武士というのは言わば戦いの歴史によって作られた階級である。決闘裁判、喧嘩両成敗。軍勢を率いた戦の真っ最中であっても、優者が一騎打ちを申し込まれれば受けねばならぬし、周りの者らもそれを大人しく見守る。例えそれが主将だとしても。
「怯懦」「逃げ」は彼らが嫌悪するものである。彼らの中では「裏切り」より罪が重い。
戦いを生業とする彼らにとって最も大切とされる価値観である。
数々の武勇伝を聞いて育ち、エンゾから剣の指導を受けたイアンには自然と騎士道が根付いていた。死んだとされる父親を神格化する。愛のない家庭で生き抜く術も、騎士道への憧れに拍車をかけたのだろう。本人も知らぬ内、戦いの美学に染められていた。
──サチは平民育ちだから分からないのだな
「サチ、おまえは大人しく下がってろ! 怪我をしたくないのなら! これは男同士の戦いだ。介入するのは野暮だぞ? 邪魔するんなら、いくらおまえでも叩っ斬るからな」
「そういう訳にはいかない。アスターさんから君のことを任されて同行したんだ。危険なことはさせない」
「アスターだって、決闘の邪魔をするような真似はしないさ」
イアンがアルコを抜いた。
ギラリ……太陽の下でも妖しい輝きは健在だ。少々日が陰ってきた。
蛇のごとくねっとりと、アルコは見る者の視線を絡め取る。小太郎も例に漏れず。アルコの刀身に吸い付けられた。
「美すぃ刀すな。銘はなんと?」
「天国月読光」
エデン語は分からない。
これはエンゾに教えてもらったのだ。
天国という名匠が造った刀で「月読」というのは月の神様とのことだと。
「刀にぴったりの名前すな……では行きますぞ」
小太郎の構えが変わった。
直立にした剣を右へ寄せる。
この場合、仕掛けるのは袈裟斬りか胴である。戦う前からわざわざ狙う場所に制限をかけたのだ。
イレギュラーな構えで初っ端から仕掛けてこられるのはいい。
──ふん。面白いじゃないか
イアンは唇を歪めて八重歯を見せた。
と、同時に地面を蹴る。
後ろで抜刀するサチの気配を感じたが、気にはしない。小太郎の間合いへ一気に飛び込んだ。
気持ち良い剣撃の音が鳴り響く。
一刀一刀に力を込めて打ち込む。
火花が目に入りそうなぐらい近く、激しく──受ける刃の全てが重く本気だった。
これは血の味を知っている剣だ。
剣術試合では平気な立ち回りが命取りになる。殺すつもりで行かねばやられる世界だ。
真剣でやり取りしたことのある者ならば、相手が人殺しかどうかは分かる。
小太郎の背後には幾つもの怨念が見えた。
イアンは叩きつけ受け止める。それを繰り返しながら自然と高ぶっていく。笑みをこぼすのは邪悪だからじゃない。
純粋に楽しいのだ。
この命のやり取りが。
悲しい運命に繋がれていたとしても。
飛び散る汗が潮の飛沫かと勘違いするほど、夢中になっていた。
目では追わない。体が勝手に感じて動く。小太郎のパターンはもう記憶した。
軌道が分かれば、もうこっちのもの。
あとは楽しむだけだ。
刀が舞う音なのか、荒々しい息吹なのか、空気を震わす戦いの音は時に大音量、時にピタッと止まる。何も聞こえなくなる。集中力が最大限に上がった時──
音の無くなった世界で感じるのは拍動、空気の動き、それと気脈※……
──見える! 見えるぞ! 以前は見えなかった動きが見える!
アスターと戦ってる時はそこまで本気じゃなかったから気付かなかった。
曖昧模糊としていた以前とは違い、今はクリアーに人の動きが分かるのだ……分かる、と言うより感じる。
五年間、全く剣を握ってなかったが、そこそこ戦えたのはこれがあったからだった。
──すごい……これが魔人の力なのか
以前は剣を重ねれば、疲労が確実に蓄積していた。今は腕に伝わる振動が大きければ大きいほど高揚していく。
イアンはワクワクしていた。
抑えていたものがもう溢れ出ようとしている。はちきれんばかり、一杯になった気持ちが。
剣を握って戦うのはやめようと思っていた。それなのに……
相手はそこそこ強い。
しかも本気で、死ぬ気で向かってきている。そこがいいのだ。
イアンは笑みを浮かべていた。
笑いながら刃を打ちつけ、相手の必死さを楽しんでいた。我を忘れるほどに。
アルコはしなり変幻自在に顔を変える。
火花を咲かせ激しい音楽を奏でる。
チラチラ瞬きながら踊るアルコは美しい。
異界の刀匠がアニュラスの王のため作った美しき刀。王を守る剣は今、イアンの手の内にあった。エゼキエルが何をこの刀に託そうとしたのかは分からない。
だが、これだけは言える。
アルコは邪悪だ。
ぶつかり合えば合うほど鍛えられる。
アルコもその運命を喜んでいるかのように生き生きと輝きを増していく。
イアンは気付いてなかった。
舌が張り付くほど乾いてしまった八重歯に……
機嫌が悪い時もそうだが、楽しい時も右の口角をやや上げて重なった犬歯を見せる癖がある。
急に罪悪感を感じた。背徳行為を楽しんでいた自分に対してだ。
気付いた時はいつだって後の祭り。
二人は今、どこで戦っていたか。
上から照らすのはやや弱めの陽光。
下から吹き付ける潮の香り。
消えていた音がまた再開する。
波が岩肌を荒々しく削る音──
そう、崖の上。
海面下には峻厳な岩が牙を向いてることだろう。波は渦巻き、獲物を海へと引きずり込む。落ちれば、普通の人間は間違いなく死ぬ。
いつの間にか、イアンは小太郎をギリギリの所まで追い詰めていた。
あと一歩で落ちる、という所まで。
「危ないっ!!」
叫んだのはサチだった。
と、小太郎の足元が崩れ落ちた。
ガラガラガラッ……
落下する岩が体を宙に浮かせる。
風が止まる。ヴェールでもかけたみたいに視界が狭くなる。
動きまでゆ、っ、く、り、に……
──あ、あ、あ、間に合わ、な、い
イアンは慌てて手を伸ばすも──
小太郎の腕を掴んだ瞬間、意識が飛んだ。
※気脈……血液の流れる道筋




