8話 花畑島②
先ほどの無愛想な子供が教会まで案内してくれることになった。
その名の通り花畑島である。
民家がポツポツある以外、花畑が延々と広がっている。冬にもかかわらず色鮮やかに花開き、可憐な美しさを競い合っていた。
色も形も多様。
大抵は一区画同じ花で埋め尽くされているが、雑多な花が咲き乱れている区画もある。華やかな景色は気持ちを上向きにさせた。
「こんなにも冬の花があるとはな。着いたのは夜だったから、多種多様の花があるのに気付かなかったよ」
「うん。これがおいらの島だ」
サチが感嘆の声を漏らせば、鳥人の少年は得意気に笑った。少し緊張はほぐれてきたか。
「名前は?」
「おいら、リッキー」
「俺はサチ・ジーンニアという。こっちの怖そうなおじさんはアスターさんだ」
自己紹介の後、丸々と太った鵞鳥の子ははにかんだ。失礼だが、肉付きよくとても美味しそうではある。
「リッキー、おかみさんは君のお母さんなの?」
リッキーは首を横に振った。
「母ちゃんと父ちゃんは八年戦争の時、兵士に取られて死んだずら。おいらが産まれてすぐだから、会ったことねぇ」
「……すまない。悪いことを聞いた」
「いいし。気にしてねぇ。それより兄さん……」
リッキーは声を低くした。
「兄さんは亜人だろう?」
これには驚いた。
何と返せばいいか分からず、サチが黙っていると、
「隠してても分かるずら。おいら達鳥人には見えるずら。魔族は闇の力。妖精族は光の力……兄さんは変わってる。闇と光の力、両方持ってるずら」
リッキーは黒目だけのつぶらな目でサチをジッと見つめた。助け船と言えるのかどうか、アスターが口を挟む。
「おいおい、何か面白い話をしてるではないか。子供よ、この私はどのように見える?」
「おじさんはただの人間ずら。何も見えないずらよ。それにおいらの名前はリッキーずら」
「なんだ、つまらぬ」
「おじさんだけだったら、おかみさんはおいらに案内役をさせねぇずら。外から来る人間は鳥人の子供をさらって食らうから」
この話はさすがに笑えない。
アスターは渋面になり、視線をそらした。
確かに動きが人間的でなければ、ほぼ鳥である。さらって食する、または売る輩が出てもなんら不思議はない。
シーマが王になってから少数種族を保護しようという動きが強まり、亜人をむやみに殺傷すれば罪科を科せられるようになったが。長年染み付いた悪癖というのはなかなか正せないものだ。
「島に警邏隊を送らせよう。ここは有名な観光地だし、納税もたくさんしてくれてる。定期的に見回らせるようにしよう」
アスターの言葉にリッキーはキョトンとした。言葉の意味が分からないようだ。
「大丈夫。このおじさん、こう見えてエラい人だから、もう子供がさらわれることのないようにするって」
サチが解説してやると、リッキーは嬉しそうに目を細めた。なかなか愛嬌のある顔だ。通常の鳥より顔の表情筋が発達している。
そこでタイミングよく花のトンネルに着いた。
花のトンネルと言っても外側は青々した葉っぱに覆われている。ドームは途切れなく海まで続いているように見えた。端で折り返し、また始まりの位置から折り返すを繰り返して島の北西を大腸のごとく覆い尽くしている。
「すごいな。島の端まで続いてるんじゃないか?」
「ううん。遺跡と教会はちょっと下がった所にあるから見えないだけ」
トンネルに一歩足を踏み入れれば、「花」の意味が分かる。
一面のクレマチス。
天井も壁も全てクレマチスが所狭しと咲いている。白だけではない。ピンクや水色、紫、赤……多彩だ。トンネル内は甘い花の香りが充満していた。
「このクレマチスは一年中、楽しめるずら。だからトンネルの花が絶えることはないずらよ」
「いや、すごいな。ほんとに島の名の通りだ」
サチはその内の一つ、薄紫のクレマチスに顔を近づけた。香りは思っていたより甘くない。トンネル内に充満する香りとは違っていた。同種であっても、個体によって変わるようだ。
美しさというのは人の心まで瑞々しくさせる。
爽やかな香りを胸一杯に吸い込み、サチは覚悟を決めた。イアンに会うことの重々しさより、再会できる喜びが勝ってくる。
もう二度と会えるか分からなかったのだ。
イアンとサチとの関係は友達? 主君と僕?……何にせよ、共に薄暗い魔国で生活した仲だ。家族のように身を寄せ合い……不便だったが、決して不幸せではなかった。再会したらまず無事を喜び合おう、それが自然な形だとサチは思った。
取り巻く環境は二人とも複雑で、運命に振り回される人生ではあるけれど……サチは何となく自分にも何かあると感づいていた。考えないようにしていたが。ただ、漠然と──
「着いたずら! 遺跡に!」
トンネルの折り返し地点。カーブの所で絡まり合うクレマチスの壁に穴が空いていた。人一人やっと通れるくらいの穴である。これが正式な通り道なのかはおいといて、冒険心を誘うのは間違いない。
カサカサ心地良い葉擦れの音を立て、外へ出た。
そこには絶景が広がっていた。
きらめく海を背景に壮大なる文明の跡が。
だだっ広い青空の下に。
トンネルを出てすぐは切り立った崖になっており、遺跡は足下に見えた。
塔など高い建物はことごとく破壊し尽くされている。残っているのは郭を区切る石壁だけ。つまり、城の骨組みだけ残っている状態である。それが外壁の中、複雑に張り巡らされ、抽象的文様を象っている。
この遺跡より更に千年古いとされるモズの遺跡※の方がまだ原形をとどめていた。サチがこのエゼキエル王時代の王城跡地を見たのはだいぶ前だが、記憶は鮮明に残っている。個人的興味から訪れていたのだ。
あの遺跡という名の複雑怪奇な迷路も無論素晴らしい。だが、対するこちらにはまた別の美しさがあった。
石を表面だけ削って滑らかにする。形までは整えず積んでいくので不揃いのままだ。それなのに、複雑なパズルのごとくピッタリと壁の形にはめ込まれている。
──見事なものだ
この建築法の名前までは知らない。
これを見たのは唯一五年前、カワラヒワ。暁城の城壁がこのような造りだったとサチは記憶している。アニュラス以外の外海から来た技術なのかもしれない。
崖下の遺跡へ続くのは緩やかな階段だ。崖をえぐって設えた簡易な階段を一歩一歩踏みしめながら今度は、
──城が低い位置にあるとはどういうことだ?
当然なる疑問に行き着いた。
低い位置にあっては防衛拠点としての役割が果たせないではないか。
理由は思いのほか簡単であった。ブツクサ思いながら崖肌の断層を見ると大幅に歪んでいた。特に砂の層は激しくうねっているため、沈下したのである。
跡地の奥に見える可愛らしい三角屋根が教会だと思われた。大陸でよく見られる猛々しい建築ではない。サチはホッと胸をなで下ろした。
五年前、暴漢に襲われ教会へ逃げ込んだ時のトラウマはまだサチを蝕んでいた。
教会の屋根に据えられたメシアの剣を見ると、途端に気持ちが悪くなり、嘔吐、めまいに襲われる。酷い時には失神してしまうほどだ。教会の屋根恐怖症のせいで、久しく教会へは行ってなかった。
この教会は遺跡に半ば溶け込む形で建てられていた。城壁とは違い、均等に四角い石レンガを積んだ典型的なアニュラス風建築である。
どこからか子供の騒ぐ声が聞こえる。
風に流されてきた楽しそうな笑い声はどうやら、古びた教会が発信源のようだった。
城壁が途中、崩れて無くなった所に教会はある。庭と遺跡の一部が繋がったその場所で、たくさんの子供達が遊んでいた。中には亜人や鳥人の子供もいる。
「教会では身よりのない子供らの世話をしてるずら」
子供に紛れて一人、背の高い男が立っていた。とても背の高い、黒髪の……
黒い祭服に身を包み、慈愛に満ちた眼差しで子供達を見守っていた。
※第一部前編三十四話にて。ユゼフがカワウの王子を暗殺した遺跡。




