6話 またサチは巻き込まれる
(サチ)
騎士団寮サチの部屋にて。
一日の勤務を終えたサチは疲れていた。早朝演習から始まって国境付近の警邏、武器の点検整備など。今日は割と忙しかったのである。仮眠をとってから、食堂へ行こうと瞼を閉じた矢先──
アスターが部屋にズカズカ侵入してきた時は嫌な予感どころか、恐怖を感じた。
また何かやらかしたに違いない。
濡れ衣を着せられたか、それとも邪魔になったからとうとう消しにきたか。
思い当たるのは昨日、厨房での一件。
国王の食事に毒が入っており、料理人は全員取り押さえられた。その時、毒の入った瓶を持っていた見習いのミュゼが自死したのである。自ら毒をあおって。
たまたま居合わせたサチはまたも、でしゃばってユゼフに物申してしまった。
そもそも料理人でもないのにあの場に居合わせたのだから疑われて当然だろう。更には先日ローズ城へ行ったから、それを誰かに見られていたら……と思うとゾッとする。
身体を強ばらせるサチに対し、アスターは剣をベッドへ無造作に投げた。
「は??」
緩やかな弧を描く刀身はテカリのある黒い鞘に収められている。鞘に描かれるは梅の紋様。鮫皮の上から黒い柄糸を巻いただけの柄と花をかたどった鍔。どれもデザインはシンプルで洗練されている。
そこには見覚えのあるエデンの剣「アルコ」があった。
「すぐに旅支度をしろ。これをイアンへ返しに行く」
「へ? 旅? イアン?」
「時間がないのだ。説明は支度をしながらする」
「ちょっと待てよ。突然来るなり勝手なこと言うな。意味も分からず、従えるかっての」
「おい、お前まだ一応騎士団に所属してるよな? 私は団長だぞ? しかも国王に次ぐ最高指揮権を持つ防衛大臣でもある。逆らえば命令違反で逮捕する」
「ふっ、ふざけるなっ!」
口答えも織り込み済みか。
アスターは髭面を近づけ低い声で言った。
「シーマが死にかけているのだ」
「えっ?」
昨日のユゼフの話では国王は大事ないとのことだったが。アスターの暑苦しい顔を凝視すれば、至極真面目にウンウンと頷いている。
「本当かよ……」
「助ける方法は一つ。不老不死の泉の水を飲ませる」
「不老不死だと?」
「そう。これからイアンを拾ったらエデンへ向かうぞ! 猶予はひと月半だ」
サチは絶句した。
この場合、強引なアスターに従うしか選択肢はない。混乱したまま旅支度を始めた。
「お前は郷里へ帰ったことにする。上司のグラニエには私の部下から伝えておくから。これは極秘任務だからな」
荷物をまとめる横でことの経緯をアスターは話した。
シーマの今の状況。助けるためにはエデンへ泉の水を取りに行かねばならない。イアンは生きていて花畑島の教会で働いているから、旅に同行させると……
瞬時に死ぬような毒で何故シーマは生きているのか、何故、不老不死の泉なのか、イアンとの関連性は?? ざっくばらんな説明を受けても疑問は次から次へと浮かび上がってくる。
何より一番の疑問は旅の同行者としてサチを選んだことである。
「俺は騎士としての能力は低いし、同行した所で大して役に立てないと思うのだが……」
「騎士としてのお前には全く期待してない」
「じゃ、なんで?」
「精神性だよ。お前には揺るぎない強さがある。何者にも負けない強さが。演習場の地下に封じられたファットビーストを倒した時も、五年前、魔甲虫に寄生されて死にかけた時も……お前はいざっていう時に力を発揮するのだ」
「……しかし」
納得できぬままサチは旅支度を終えた。
いつもそうだが、アスターは強引過ぎる。
自らを信じる気持ちが強いから、毎回有無を言わせぬ猛攻だ。
だが、最後にイアンとシーマの話を聞き、サチは少しだけ腑に落ちた。
イアンを説得出来るのはサチしかいないということなのだろう。
そのイアンを連れて行く理由の一つとしてエデンのエンゾ・テイラーがいる。元はローズ家の剣術指南役。イアンの師匠である。
今はディアナ女王派についているが、元々はシーマを支持していた人物。エデンへ入島するにあたって、懇意であったイアンを交渉に使うつもりなのだ。
「あとな、これも話しとかないと……」
カオルがエンゾとディアナの息子という話は以前聞いている。ローズ側へ放った間者からの情報だと、カオルは今行方不明だという。
「ひょっとしたらエデンにいるかもしれぬが……まあ、いても邪魔はさせぬ」
一刻も猶予は与えられなかった。
支度が終わるとサチはすぐさま騎士団寮を後にせねばならなかった。
アスターが部屋に来た時は日が落ちたばかりだったのに、あっという間に時間移動だ。今は綿みたいにぼやけた月が高く昇っている。今夜の月明かりは頼りない。
アスターは夜目も利くのだろうか。
夜道、平然と馬を走らせた。
サチは混乱していた。
もう、何がなんだか……
馬を降りた次は船だ。
しょっぱい潮風が口に入れば、少しだけ気分は上を向く。
眠そうな人夫にチップをやり、アスターはボートを出させた。これから島から島へ虫食い穴を経由して花畑島へ行く。着くのは真夜中だろう。
「全く頭の中が整理できないんだが……まとめていいか?」
海の上であれば、人の耳は気にしなくてよい。とんでもなくスキャンダラスな話を二人は思う存分話した。薄ぼんやりと海面に浮かぶ月を眺めながら。
「まず、シオン王子を二十五年前のローズ家で養育させた。それがイアン。シーマとヴィナス王女の息子」
さすがにこの話は声のトーンを落とす。
アスターが頷くのを確認してから続ける。
「で、ディアナ女王がエデンのエンゾ・テイラーとの間に産んだのがカオル。ディアナは二十五年前へ行き、カオルを出産する。カワラヒワの暁城でディアナはアナンとの間にアキラをもうける」
「そうだ」
「ミリヤに毒を盛られシーマは死にそうになっている。事情に精通している魔女リゲルの話だと、蓬莱の泉の水を飲ませれば助かると……」
「うむ」
「ぐちゃぐちゃじゃないか」
「そうだ。面白いだろ?」
「どこがだ! 全然面白くない」
イアンの気持ちを考えると気が滅入る。
幼い頃に父を失ったと思っていたイアンは父という存在に強い憧れを持っていた。
義父のハイリゲ・ローズのような小物ではなく、アスターのような英雄を思い描いていたのだ。
その父親が、実はシーマなどと……
王に成り上がるため、自分をはめて殺そうとした男だ。最も憎んでいる相手が父とは……
壁を越えたカオルが五年前、サチを殺そうとしてきた理由も今では理解している。ディアナとのつながりを考えれば当然なのかもしれない。いまいちすっきりはしないが。
「あと、もう一つ確認しておきたいことがある」
「なんだ?」
この問いは少々勇気がいる。
サチ自身とも全く無関係ではないからだ。
「シーマは人間ではないのだな?」
アスターは間を置いてから答えた。
「ああ」




