79話 仮装パーティー①(サチ視点)
(サチ)
ランの仮装は完璧だった。
背中には蝶の羽根。ピンクに水色の差し色が際立つ。同じ配色のドレスは爽やかだ。短めのスカートの裾はギザギザになっていて、壺形の花弁の形になっている。花の妖精だ。
見るからに良い香りがしそうなランと腕を組むと、本当に花の香りがした。
対するサチは竜族の王の仮装である。ヒレ耳を付け、ウロコをイメージした胴鎧。腰から魚の尾鰭……といった仮装。いまいちパッとしない。
だが、この素晴らしい婚約者と歩けば、本当の王になった気持ちで堂々と歩めるのだ。
そんななか、大きな問題が一つ。可愛らしい未来の花嫁にかける適切な誉め言葉が見つからない。
素直に「かわいいよ」とか「似合ってるよ」と声をかければいいのに、それができないでいる。ただ、ただ、顔を赤らめるばかり。
ジャメルの家は王都の外れにあった。ジャメルの妻マルタが経営する仕立屋の二階である。
外階段はジャメルの幼い娘たちが飾りつけたのだろう。可愛らしいリボンや花が出迎えてくれた。
楽しそうな笑い声や歌声、楽器を演奏する音などが部屋から漏れている。しかし、声のトーンがパーティーにしては静かだった。
──みんな、あの話で持ちきりなんだろうな
そんなことを思いながら、サチは柔らかい明かりの中へ入った。
「あっ、サチ! サチが来たよー!」
大声で知らせるのはジャメルの娘たちだ。小さな魔女と海賊の仮装が可愛らしい。ジャメルも同じく海賊、奥さんのマルタは魔女の仮装だから、娘たちも二人に合わせたのだろう。
──元盗賊が海賊の仮装か……
海賊の帽子はうしろと両側を巻いてあるので、上から見ると三角形に見える。ゆえに三角帽子と呼ばれるのは周知のとおり。その三角帽子に眼帯、頬に刀傷……といったベタな仮装である。
ついつい、サチは皮肉を言いたくなってしまう。
「おいおい、笑うなよ。マルタ(奥さん)が海賊がいいって言うから、仕方なく……だからな!」
ジャメルはなにか言われるまえに言い訳した。
他に大厨房で働き始めたファロフや、仕立屋の取引先や近所の人たち、王城の兵営からも来ていて、だいぶ賑やかだ。知ってる顔も何人か……
話題はやはり、あの話だった。
「しかし、毒を盛られたというのは本当なのか?」
「実の妹を……ひどい話だ」
「産まれたばかりのシオン様の姿も消えてしまったそうだが……」
「二日も経っているのに、国王から発表がないのはなぜだろう??」
皆が話しているのは毒殺されたヴィナス王女の話である。
一昨日、ヴィナス王女は亡くなった。サチも知ったばかりの情報だ。どこから広まったのか、噂は王城から城下にまで広がり始めていた。
噂ではローズ城のディアナ女王が毒を盛ったと。それに、まだ赤ん坊のシオン王子も行方不明だという。
──シオン王子は殺されてるかもしれないな
皆が思っていることだ。痛ましい話だから、口に出すのは憚られた。
「王から正式発表がないのは今日の祭りのせいだと思う。王女の死で祭りが中止となれば、莫大な経済的損失を出す。だから、祭りが終わるまで発表を控えているんだ」
サチの言葉に周りはウンウンとうなずく。
宰相のユゼフが舵取りしてるから、そこら辺は抜かりない。発表は明日……その時に王子の行方も明らかにされるだろう。
ヴィナス王女は王女と言っても、ほとんど王妃のようなものだ。シーマとの間に王子まで産まれているのは公然の事実だし。ちなみに結婚式は来月の予定だった。
姉のディアナ女王と正反対で評判の良い姫様だ。罠にはめられ毒殺されたとあれば、女王の評判はますます悪くなるだろう……
腕を引っ張られて、サチは我に返った。
責めるような琥珀色の瞳……花の妖精がサチの横で頬を膨らませていた。
「また、難しいこと、考えてらしたんでしょ?」
「ごめん、ごめん。そうだ、料理を取ってあげる。ランは何が食べたい?」
「えっとね、香草のプディングとクコの実ご飯を取って。あと色付き発泡ワインも」
「わかった。ワインは飲み過ぎちゃダメだぞ?」
腕を絡ませ、甘えてくる姿は可愛らしい。政治の話は自分に関係ない余所事だ。世界一可愛い婚約者が目の前にいるのだから、小難しいことなどどうでもいい。思い直し、サチはランの腰に手を回した。
サチのするがままにランは身を寄せてくる。膨らんだ頬が柔らかいのは、触れるまえからわかっている。突っつけばそれは笑顔に変わる。
さあ、料理を取りに行こう。甘えん坊さんに食べさせてあげなければ。彼女が愛らしい舌で口の端を舐める姿を見たい。喉を蠕動させて、ワインを飲む姿も。キスはまだしてないけれど、見る権利ぐらいはある。だって、恋人なのだから──
恋人とイチャつく。この最高の瞬間、サチはゾゾゾッと寒気を感じた。背後から凄まじい殺気を感じたのである。
振り向くと、背後には蛇女が……いや、イザベラが立っていた。なんとも言えぬ迫力に息が止まりそうになる。
「イザベラ!……驚いた。本当の蛇女かと思った」
いくつか束にした髪を捻って、先に蛇の顔を付けている。濃紺のドレスは所々破れていて野性的だ。どこからどう見ても、悪役にしか見えない。そして、よく似合っている。
「蛇女? 違うわよ。竜族のお姫様よ」
「そっか……君のこと、すっかり忘れてた。衣装、すげぇ良く似合ってる」
ランに言えなかった言葉がすんなり出てきた。それほどイザベラの仮装はしっくりくる。自分も竜族の仮装だったことに気付き、サチは苦笑いした。
「そうだ、イザベラ。こちらは婚約者のラン。ラン、イザベラだ」
軽く紹介した。イザベラは目を見開いてこちらを凝視してくる。
「こ、婚約者……」
「リンドバーグ様の娘さんで、以前からちょっと面識ある。式の日取りはまだ決まってないけど……」
イザベラがあんまり驚いた顔をするので、サチは居心地悪くなった。
──なんなんだよ……? 俺が結婚するのがそんなに珍しいのか
「ねぇねぇ……あとでお祭りの大道芸や人形劇を見に行きたいわ。それと芝居小屋も」
気まずい空気を破り、ランが腕を引っ張った。こういうところはまだ子供っぽいな……と、サチは微笑む。
「いいよ。あとで抜けて見に行こう。でも、全部は見れるかな……あ、イザベラ、話はあとで……」
イザベラが去ろうとしたので、その背中に声をかけた。




