68話 帰城したカオル(ディアナ視点)
ディアナがローズ城に戻って、数刻も経たぬうち、カオルたちは帰城した。
まさか、何一つ成し遂げられず、帰ってくるとは──過去から戻ったカオルの報告を聞いて、ディアナは大激怒した。
ニーケの暗殺指令を書いた文も奪えず、アスターもサチ・ジーンニアも始末できず。さらにはダーマーとウィレムが死亡。
ウィレムはシーマの放った間者だった。カオルを殺そうとし、失敗したウィレムをジェフリーが刺し殺したとのこと。
女王の間に集まった暗殺隊に対し、ディアナはありったけの罵声を浴びせた。彼らの代表として矢面に立たされたカオルが、懸命に言い訳する。
「一人も殺せないとはどういうことだ!! 傭兵は何人雇ったのだ??」
「指示のとおりに手配しました。それでも……」
「文すら奪えなかったというのか!?」
「ティモールが奪った直後に、ラセルタというユゼフの従者にスられてしまったのです」
「無能な奴らめ! おまえらが騎士団から追いやられたのも、わかるわ!」
「で、でも、エリザが……」
「エリザがどうしたのだ?」
報告を聞くにあたって、留守番のエリザにも来てもらっていた。エリザはうつむき、ディアナを見ようともしない。固く握った拳を振るわせている。内に強い感情を秘めているようだ。
「エリザから聞いたのは、彼らの移動経路だけです。なにが起こるか、事前に教えてくれれば……」
「アタシのせいにするのか!?」
エリザが顔を上げて、カオルをキッとにらんだ。エリザが憤怒していたのはディアナではなく、カオルに対してだった。
「いや、そういうわけでは……でも、本当は知っていたんだろう? どうして……」
「情報を過去へ持って行って、未来を変えてしまうと報いを受ける。リゲルが言っていた。ウィレムがその言葉のとおり、死んだんだろう? アタシも全部を話してたら、そうなってた。それとも、アタシの命なんかどうでもいいってか??」
「そんなこと言ってない」
「カオル、アンタは結局アタシのことを利用してただけ。ユゼフと一緒。しかも、失敗したのまでアタシのせいにして、罪悪感を紛らわそうとしてるのさ。卑怯者だよ、アンタは」
カオルはそれ以上、反論できないようだった。女兵士キャンフィとエリザは、カオルへ軽蔑の目を向ける。
ディアナはだいたい察した。息子はエリザを都合良く扱って、恋心を踏みにじったのだろう。エリザの気持ちもわかるし、そのことでカオルを責めたくもないので、ディアナは少し冷静になった。
気持ちが落ち着いたことで、見えてくることもある。暗殺を命じた五人(最初は七人)の表情からそれぞれの性格がうかがえた。
エリザとキャンフィは、リーダーのカオルに不満を持っている様子。まじめ黒髪ストレート、ジェフリーはふてくされた顔をし、トサカ頭ティモールは反抗的な目つきだ。表向きは忠誠を誓っても、彼らはディアナの真の味方ではない。
ディアナは彼らに期待したことを悔いた。
彼らの手柄といえば、ユゼフを殺せなかったことと、イザベラを連れ帰ったことぐらいか。
イザベラは我関せずといった顔で玉座の横に立っている。彼女は過去の人間なのにもかかわらず、一緒についてきたのである。ディアナにとっては十七年ぶりの再会、イザベラからしたら、ほんのひと月ぶりの感覚だ。いやに、サッパリしていた。
「あら? ディアナ様、もしかして、太られました?」
会うなりフフンと笑い、こんな憎まれ口を叩いてくる。真っ黒なうねり髪をだらしなく下ろし、クルクル指で回す。相も変わらず、エラそうだった。ディアナの前で高慢に振る舞えるのはこの娘だけだ。どこからどう見ても、ヴィラン。悪役魔女である。ちなみに本物の魔女のリゲルはカオルたちを送り届けたあと、姿を消している。
とりあえず、無能な暗殺者たちに怒りをぶつけたので、さっさと下がらせようとディアナは思った。詳しい話をイザベラから聞きたい。
「もういい、下がれ! 役立たずどもめ!」
彼らはゾロゾロと出て行った。あとに残ったのはミリヤとイザベラ、一緒に報告を聞いていた騎士団元副団長のクリムト。
それと、カオルがまだボサッと突っ立っている。クリムトが声をかけた。
「もし? カオル・ヴァレリアン? 陛下が下がれとおっしゃってるのだぞ?」
それでも、カオルは動こうとしなかった。なにか言いたそうな顔でディアナを見ている。
──もう……クリムトの前なんだから、やめてよ。私は女王として、おまえと接さないといけない。まだ、おまえたちの存在を公にはできないんだから。おまえにだけ優しくしたら、不審がられるでしょうが
ディアナの思惑を察することなく、カオルはすがりつくような視線を送ってくる。ディアナは自分の子供たちを、決して怒鳴ったりはしなかった。さっきの荒々しい態度は、気弱な子にはダメージが大きかったのかもしれない。しかし、ここで母親の顔は見せられない。ディアナは怒号をあげた。
「下がれ、と言ったのだ! このでくの坊が!」
「アキラが死にました」
「……は?」
「おれをかばって、ウィレムに刺されて……」
「なにを言ってる? アキラが?」
「そうです。アキラはユゼフたちの仲間だったのです」
ディアナは最初、カオルがなにを言っているかわからなかった。
行方不明だった利かん坊が死んだ? あの、アキラが?? ユゼフたちの仲間?? すぐに解せなくても、“死”の言葉はディアナをブスブス突いた。目の奥が熱くなる。ディアナはなにも見えなくなった。
「ユゼフたちの仲間だったのか。おまえ以上に愚かな奴。死んで当然よ」
残酷な言葉を吐くことで、ディアナはなんとか耐えた。悪辣な態度を取っていれば、泣き崩れずにいられる。カオルの顔は見られなかった。
──今はダメ。今の私は女王なのだから
時は止まり、心は闇に覆われる。外界からの刺激に鈍くなる。闇の底で、ディアナは何度も同じ言葉を繰り返した。そうして、心を引き裂く言葉が湧き上がってこないようにした。ミリヤが気を利かせ、クリムトを広間から追い出したのにも気づかなかった。
ほんの数秒だったのかもしれない。濡れた頬をミリヤが拭ってくれた時にはもう、カオルはいなくなっていた。




