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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)三章 闇の集団ヘリオーティス
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48話 謹慎中(サチ視点)

(あらすじ)


 痴漢したジェームズを咎めたカオルは決闘することになった。サチが割って入り、なんとか事なきを得たものの、サチとカオルは謹慎処分を言い渡される。

 謹慎中、騎士団寮にはいられないと言われ、サチはアスターの屋敷へ護送された。書斎にて、改めて面談となる。


 サチは無罪を主張した。争いを焚き付けてなどいないし、反対に止めようとしていた。謹慎処分は横暴だ。冷静に淡々と、サチはすべてを話した。その甲斐あってか、カオルと一緒にジェームスを襲ったという嫌疑はなんとか晴れた。しかしながら、だいぶクールダウンしたとはいえ、アスターの頑とした態度は変わらなかった。


 一番の原因はカオルを助けたことだ。

 カオルはディアナ元王妃の息子である。彼らはシーマを玉座から引きずり下ろし、その配下にあるアスターたちも抹殺するつもりなのだ……という話になった。


「たしかにこの先、自分を殺そうとする連中を遠ざけたいのはわかる。でもな、今この時点では殺意を持ってないんだ。未来だって変わるかもしれないだろ? だから冷や飯を食わすのは良くない」


「サチよ、そのヌルさが命取りになるのだ。奴らの黒幕がわからなかったため、シーマは泳がせとけと言っていたが、もう黒幕はわかった」


「それがディアナ王妃というわけか……」


「ディアナ()王妃だ。あの女は今や王妃でもなんでもない。ただの反逆者だからな? 本当はもっと早く、カオルたちを始末したかった。そろそろ時間の壁が現れるだろうし、黒幕をあぶり出す目的もあって剣術大会を開催したのだ」


「話し合いで、なんとかならないのか……」

「はあぁぁぁあああああ!!?? なに寝言言ってる? 自分を殺そうとした奴らだぞ?」

「それはわかってる……でも……他の連中はともかく、カオルがそんなに悪い奴とは思えないんだよ」


 学生時代、サチがカオルと話した記憶はほとんどない。カオルはおとなしかった。

 その後、ローズ家に仕えてからは嫉妬だろうか、なにかと目の敵にされた。

 仲良くなったのは騎士団に入ってからだ。情報を得るために近寄ったという側面も否めないのだが、付き合っていくうちに、ひたむきで誠実な努力家なのだとわかった。

 二人とも外れ者だったこともあるだろう。それでも、悪い奴ではないとサチは感じたのだ。


 アスターはサチの言葉に激怒し、罵倒し始めた。サチも負けじと言い返すから、余計に収拾がつかなくなる。

 騎士や家族の前では、サチはアスターに敬語を使っていた。だが、二人の時は以前と同じように話す。アスターもそれを咎めなかった。


「わかった。おまえがこれ以上、私の邪魔をするなら、ユマとの婚約も解消させるっ!」


 これはかなりの痛手だった。愕然とするサチを見て、アスターはフフンと笑う。サチがユマに恋心を抱いていると知っていて、わざとだ。


「まあ、おまえが頭を下げてこれまでのことを詫び、ちゃんと我々に協力するってんなら許してやらんこともない」


 サチは(うつむ)いて、唇を噛んだ。そもそも、ユマとの婚約自体、夢のような話だった。どういう風の吹き回しで、アスターが娘を差し出そうと思ったのか。

 アスターはニヤニヤして、顔をのぞき込んでくる。討論の相手より、精神的優位に立てることが嬉しくてたまらないのだ。


 ──ほんっと、性格悪ぃジジィだよ……


 ユマの愛を得るため、サチは彼女の好きな花を探していた。好きな花をプレゼントすれば、結婚を承諾すると……そう言ってくれたからだ。悲しいことに、売り言葉に買い言葉で……


「わかった。婚約は解消してくれて構わない。俺は自分の考えを曲げる気も、あんたに隷属する気もないからな!」


 それで決裂した。騎士団も除名されるかもしれない。

 胸が張り裂けそうになるので、サチはユマのことを考えないようにした。貴族の結婚は、当人同士の気持ちでどうにかなる問題ではない。きっぱりあきらめるしかなかった。最初から有り得ない話だったと思えば、多少気が楽になる。


 ──まあいいさ。どうせ騎士団はやめるのだし、この五年間、不本意ながら、シーマのために間者の真似事をしてきたんだ。来年までには、知恵の島への入島を許可してもらいたいものだ


 知恵の島には学匠を排出する学術士学校がある。サチは学匠になる夢を追い続けていた。


 大げんかによりアスター邸を追い出されたサチは、謹慎明けまでジャメルの家で過ごすことになった。

 元盗賊のジャメルの家は王都スイマーにある。下町までいかなくとも外れのほう。繁華街の喧騒から少し離れた所だ。ジャメルはそこで妻と幼い娘二人と暮らしていた。

 王城へは歩きで二時間程度。馬を使えばその半分。騎士団への通勤に不便はない。


 ジャメル家の一階ではジャメルの妻が仕立て屋を営んでいた。婦人のドレスから紳士の衣服まで幅広く扱い、かなり繁盛している。

 メインストリートにある貴族御用達の仕立て屋とは天と地ほどの差があっても、富裕な商家との取引が多い人気店だった。

 働いているのは十人ほど。皆、忙しく走り回っている。人手が足りないため、サチも駆り出されていた。


 サチが任されたのは、生地のカッティングだ。採寸済みのメモを渡されるので、それを目安に生地を()つ。

 切った生地はメモと一緒に裁断係へ渡す。手が空くと、裁断係か型紙係を手伝いに行った。あちらは型紙通りに裁断するから、少々手間がかかる。

 なかなかの単純作業だが、こういうのは嫌いではない。物思いにも(ふけ)れるし。


「サチ、一本頼む。手が空いたら、型紙係も手伝ってくれ」


 次から次へと依頼がくる。仕事の覚えが早いサチは、重宝されていた。他の職人からも誉められる。

 

「おまえ手慣れてるな?」

「まあね。子供のころ、お婆様に教えてもらってたから」

「お婆様???」

「あ……それより型紙係だな? 了解だ」


 つい、自分のことを話してしまいそうになり、サチはごまかした。子供のころ、坊ちゃまと呼ばれていた話なんかしたくない。ここにいるサチ・ジーンニアは、庶民から成り上がった騎士団のど底辺なのだから。


 サチは胸に手を当てた。硬い感触には妙な安心感がある。これは、いつも胸元にしまっている小さな薬瓶。体が変異した時に使えと、レーベが調合した薬をアスターから渡されていた。


「誰か、お客様にお茶出して!」

 

 女主人マルタが、採寸を採りながら言っている。サチは給湯室へ行こうと思った。


 カランカラン……


 ちょうどその時、玄関の扉が開いた。


「いらっしゃいませー!」


 一斉に店の者たちが声を上げる。そこにいたのは、よく知っている人だった。

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