44話 ユゼフ、おまえは黙れ①(アスター視点)
事件の翌日。王の間でシーマ、ユゼフ、アスターの三人は話していた。
顎をトントン叩きながら、ユゼフの話に耳を傾けるシーマはいつも通りだ。アスターはイラついていた。
ユゼフは二言目には「話し合い」「誤解だ」と繰り返す。対するシーマは逃げ腰だ。ディアナの妹と不倫したうえ、子供までこさえたので後ろめたいのだろう。話は全然進まなかった。
「ですから、話し合いましょう。すぐに裁判とは性急過ぎる」
「そうは言うが、俺はあの女の顔も見たくないのだ。ヘリオーティスを城内へ入れるとは……やはり、血は争えないな」
ユゼフとシーマは、同じようなやり取りを昨日から何度も繰り返している。
議論の内容は、軍営内で騒ぎを起こしたディアナの処遇についてである。ディアナは今、塔に幽閉されている。
「血筋をおっしゃるならヴィナス様も同じです。ヴィナス様の妊娠があったから、ディアナ様は城を出て行かれたのです。今は混乱されていて、ご自分がなにをおっしゃっているのかもわからない状態です。落ち着けば、きっと元通りに戻るはず……」
「混乱して、か……それでアフロディーテ女王の生まれ変わりだと? 自分こそが正当な王位継承者で、この俺には資格がない。女王になるべきは自分だと?」
「そうです。平常心ではありません。落ち着いて話せば……」
アスターはとうとう痺れを切らした。
──初恋の相手だ? 子供時代から知っていて情がある?……それがどうした?? おまえにはモーヴがいるだろうが!
「もういい! ユゼフ、おまえは黙れ!」
アスターが押し出すと、ユゼフは二キュビット(一メートル)ほど後ろに下がった。こいつ、本当に魔人か?……とアスターは思う。優男属性はいつまでたっても変わらず。それでも、まだ食い下がろうとする。
「彼女を厳罰に処すれば、諸侯たちを下手に刺激してしまうでしょう。内戦時、ローズについた者やクロノス元国王の信奉者が動きます。我々の不利になります」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい……黙れ!」
「けど、アスターさん……」
「いいか? こっちは十二人殺されてるんだ。ファロフだって死んでたかもしれん。封じられた化け物が外へ出たら、もっと被害は拡大しただろう」
「騎士団の被害は副団長のクリムトの判断によるものが大きい。ディアナ様にすべて負わせては……」
「はぁああ? クリムトは普段あのようなことをする男ではない! 勅命と言われ、あの女が命じたからヘリオーティスを中へ入れたのだ」
「クリムトを裁判にかけず、除名だけで済ますのは甘すぎる。もっと厳罰に処すべきだし、アスターさんが勝手に決めて牢から出すのは……」
「ゴチャゴチャうるさい! とにかくこの埋め合わせは全部あの女にさせる! 全部、あの女のせいだ!」
アスターは怒り狂った。こちらは大切な部下たちの命を奪われた。傷つけられたファロフはもう、騎士団にいられないだろう。一番に信頼していたクリムトまで奪われたのだ。怒って当然である。
顎をトントン叩いていたシーマの指が止まる。
「二人とも、もうわかった。クリムトを勝手に牢から出し、自由にしてしまったのは、ユゼフの言うとおりやり過ぎだ。しかし、ユゼフもアスターの心中を察してほしい。信じていた部下に裏切られ、仲間を何人も殺されたんだ。亜人だとリンチされ、皆の前で辱められた人もいる」
「ユゼフ、おまえもファロフのことは知っておろう? 五年前、一緒に魔国で戦った仲間ではないか? 陽気で人懐っこく、いつも人を笑わせている。そんな男だ。あいつが……あんないい奴がな、髪の色が緑だというだけで暴行された。何人もの麻袋に囲まれて、顔の大きさが倍になるぐらい殴られたんだ。許せるか?」
ユゼフがすぐに答えないのは、自分も亜人だからだろう。
亜人に対する差別意識は根深い。亜人の国のアオバズクを除いて、差別が少ないのは魔法使いの国のモズぐらいだ。グリンデルと主国の大陸部は特に差別がひどい。前国王クロノスは、ヘリオーティスの代表を務めるほどだった。
亜人ということがバレればユゼフは、ここにいられなくなる……
「だから、俺が言っているのはその責任の所在だ。アスターさんは感情的にクリムトをかばって、その責をすべてディアナ様に負わせようとしている。魔獣を目覚めさせたのはディアナ様の命令ではなく、クリムトの判断だろう? そして、ファロフをリンチしたのはヘリオーティスだ」
口を開いたかと思えば、また堂々巡りだ。
ユゼフはクリムトに命をくだしたディアナをかばう。アスターは全面的にクリムトを擁護する。さっきからこれの繰り返し。
──部下をかばって何が悪い? ディアナが現れなければ、クリムトはあんなことをしなかった。規律違反による過失致死、数が十二人ともなれば死刑は免れないはず。私は逃がしたことを後悔していない。
「あの時、地下でなにがあったのか、もう一度詳しく教えてくれないか?」
シーマの問いにアスターは大きく深呼吸する。気持ちを落ち着けてから話し始めた。
不自然なことにグラニエには外傷がなかったのである。保護されたあと、半日意識がなく、一日経ってようやく目覚めた。アスターが意識の戻ったグラニエから聞いた話だと……
地下に残されたグラニエとサチは毒霧のなか、重量級の魔獣と対峙することとなった。グラニエはメニンクスの膜でサチを守りつつ、一人魔獣に立ち向かったという。
幼いころから体内に取り込んでいたので、毒に耐性があった。そのため、他の者より進行が遅かったと。グラニエ家のルーツはグリンデルにあり、主家を守るため代々訓練を強いられたとのこと。
そうは言っても……Sランク魔獣の毒は特別だった。さすがのグラニエも酩酊状態になる。足はふらつき、視点さえ定まらぬ状態だった。戦闘に不向きなサチを戦わせるわけにはいかないし、命と引き換えに魔獣を倒そうとグラニエは思った。
そこで……
イクリクシーという燃焼系の魔術がある。触れた対象物を瞬時に燃焼させ、その風圧で周囲を吹き飛ばす魔術である。かなり高位の魔術師でないと、発動は難しいのだが……グラニエはその魔術を自らにかけようとした。
「……で、そのあとのことは覚えてないと言うのです。毒が全身に回って、気絶したと。グラニエいわく、三百年も封じられていたファットビーストに限界がきていたのだと」
「それだと、無傷だったことの説明がつかぬではないか?」
「ええ。服が破けているのに傷がないのはおかしいと、問いただしましたよ。そしたら、意識を失うまえに回復系魔法を唱えたかもしれないと。あとは覚えてないの一点張りです」
「なにか、隠してるな?」
「おっしゃるとおりです。極めつけは、“偵察部は素性を隠してる者が多いですから。私に限った話ではありません。どうか、この話は内密に”……ですとさ」
「ふむ。気になるな」
グラニエは使える男だが、厄介者でもある。アスターとシーマの認識は共通しているだろう。
アスターは髭をひとなでして、話を続けた。
「ですが、サチから情報を得られました。気絶するまでの話はほぼ一致します。サチの話では、グラニエがイクリクシーを唱える直前、サチがグラニエを突き飛ばしたそうです」
「それで、魔術は発動しなかったのだな。で、サチはなにをしたのだ?」
「なにもしていません。サチも気を失いました」
「ハッ……? それではなにがあったのか、わからぬではないか」
「サチが気づいた時、ただの肉塊と化したファットビーストが前にあったそうです。そして、瀕死のグラニエが倒れていました。サチは無我夢中で手首を切り、グラニエに自らの血を飲ませました」
「なぜ、血を飲ませたのだ?」
「治癒能力ですよ。それで、グラニエは回復したのです。魔獣の血は人間の体温で蒸発するので、二次的な火傷はしませんでした。サチには、魔人となったザカリヤの血が流れていますよね? 血に回復能力を持つのは魔人のなかでも特別だと、子飼いの魔術士が言っておりました。サチはかなり強い力を持つ魔人かと思われます」
「ほう……では、ファットビーストもサチが倒したと?」
「そういうことになりますね」
アスターの話を聞いても、シーマは驚かなかった。英雄ザカリヤというカリスマがサチの異常性に説得力を持たせている。
シーマの人差し指はしきりに顎を叩いていた。
「うんうん……そうか、わかった。まあ、サチのことは置いといて、閉じ込められたのがあの二人でなかったら、もっと甚大な被害をこうむっただろう。ディアナとヘリオーティスは、なんとかせねばならない」
「陛下、そのディアナのことですが……」
言いかけて、アスターはチラリとユゼフを見た。このことはまだ二人とも知らぬだろう。とうとうわかったのだ。黒幕が。
「カオル・ヴァレリアンはディアナの息子です」
逃れようのない事実をアスターは伝えた。




