42話 アスターが帰ってきた(アスター視点)
(アスター)
旧ローズ領、国境付近。アスターは魔物討伐に出向いていた。
最近、討伐が日常化してきた。頻繁に国境を越え、魔物が入ってくる。良くない前触れなのかもしれなかった。
幸運にも、今日はワーム数匹とたいしたことなく、午餐前に引き揚げることができて、ホッとしていたところだった。しかし、虫食い穴を出て、自邸へ帰ろうとしていた矢先、ジャメルから文が届いた。
文に書かれてあったのは──
副団長のクリムトが勝手にヘリオーティスを城内へ入れた。しかも、ヘリオーティスの長の名はエッカルト・ベルヴァーレ。彼らは亜人を見分ける魔法薬をかけて回り、亜人だとバレたファロフがリンチされた。そして、あとから来たサチとグラニエが、魔獣のいる地下に閉じこめられたと。
アスターは馬を一目散に駆けさせた。馬が血反吐を吐いて死ぬのではないかと思われるほど、走らせたのである。
エッカルトといえば五年前、夜の国でアスターたちを襲ったヘリオーティスだ。その時、アスターはエッカルトの右目を奪っている。あの柄の悪い金髪坊主が次に現れるのは、仕返しをするときだとアスターにはわかっていた。
あいにく、エッカルトらヘリオーティスはアスターの帰城にいち早く感づき、姿を消していた。食堂にたどり着いたアスターは、まずボロボロにされたファロフを医務所へ運ばせた。
副団長のクリムトがひょっこり現れたのは、ファロフを運ばせてからだ。アスターは顔を合わすなり、殴り飛ばした。
「貴っ様ぁああ! よくも勝手なことを!! もし、サチ・ジーンニアが死んでいたら、私は貴様を殺す! 殺す! 絶対に、だ!」
「ア、アスター様、話を聞いてください。なぜ、亜人どもの肩を持つのですか!?」
「亜人がどうした? 私は使える奴が好きなんだよ! 亜人だろうがなんだろうが関係ない!! 使えぬ、もしくは邪魔する奴は排除する! 徹底的にだ!」
「しかし、これは勅命で……」
「はあああ!? シーマがこの私に無断で、んなことを許可するはずがなかろう! おまえら、さっさとクリムトを捕らえろ! 乱心だ! 反逆罪だ!」
「ですが、アスター様っ!!」
どちらが乱心かわからないほど、アスターは激昂していた。興奮し過ぎて、国王まで呼び捨てにしてしまった。
「ジャメル! 早く地下室へ案内しろ!」
「アスター様っ、アスター様っ! 聞いてください! お願いです……」
懇願するクリムトを無視してアスターは走り出した。
誰よりも可愛がっていた部下だ。それなのに……裏切られた気持ちが強い。むろん、気づいてはいた。ジャメルら元盗賊連中やサチのことを、クリムトが良く思っていないことは。
──あのな、強さや技量、はたまた忠義なんてモノじゃないんだよ。私が求めてるのは度胸だ。いざっていう時にどれだけ命を張れるか。こいつらは命を張れる奴らなんだ。魔国での戦でそれは立証済みだ。だから、引き立ててやってる。それで、サチは……
サチには死なれたら困る。この壮大、かつ最高におもしろい椅子取りゲームの大切な駒だ。
──くそぅ……あいつに死なれたら、グリンデルの攻略ができぬではないか! ニーケ王子というカードがあちらにある今、死なれたら困る! 絶対に! 絶対に生きててくれ!
ジャメルたち元盗賊のグループ、従者のダーラを従え、アスターは湿った階段を下りた。他の騎士たちもついてくる。
「アスター様、中は毒で満たされていて危険です!」
背後から、ジャメルの声が追いかける。しゃべり方も身のこなしも貴族らしく変わった。見た目もいい。黒く艶のある巻き毛と整えられた顎髭は良家の子息と言っても、疑われないだろう。元盗賊だろうが、亜人だろうが関係ない。
「構わぬ! ダーラ、メニンクスだ!」
──ダーラに魔術を仕込んでおいてよかった。亜人というのは魔力がもともと強いから、こういう時に使えるのだ
メニンクスは魔属性の攻撃を防御する魔術である。かなりの熟練者でないと習得は難しい。が、生まれつき魔力が強かったり、才能のある者は別だ。ダーラは五年で習得した。このダーラだって、元は浮浪児だったのだ。今や、半分狐だったころの名残は髪と目の色だけだ。
「膜の中に入れるのはせいぜい五、六人だ。Sランクの化け物が容赦なく襲いかかってくる。死にたくなければ、ついてくるな!」
アスターが脅すと、騎士たちはサアッと退いていった。
ラヴァーを抜いて扉の前に立つ。振り返ると、従者のダーラ、元盗賊のジャメルの他に意外な顔が二つ見えた。
──カオル・ヴァレリアン、ティモール・ムストロ……貴様ら、どういう料簡だ? まあいい。いずれ敵になるおまえらのことだ。毒に冒されようが、化け物に食われようが知ったこっちゃない
ティモールは剣術大会の一件で逮捕されたものの、証拠不十分で釈放されている。騎士団本部内を飄々と歩いているのを見て、アスターは忌々しく思っていた。
どうなろうが関係ない。とはいっても、命懸けで見物しようとする動機は気になった。
心配そうな顔のカオルの動機はなんとなくわかる……サチと親しくしていたからだ。
──まあ、こんなのと仲良くするサチもどうかしてるが。ティモールは……わからん。髪型がおかしいし、ただのアホであろう
ゴチャゴチャ考えている暇はない。アスターは重い扉に体当たりした。
ズズ……ズズズズ……ズズズズ……
少しずつ開く。入った瞬間、感じるのは息苦しさだ。妙な熱気と……それからムンムンする。メニンクスで守られているため、毒霧は入ってこないが、重い空気というのはわかるものだ。
何人か置き去りにされ、うずくまっていた。たぶん、もう死んでいる。階下へ視線を移すと、そこには大きな塊と人影が見えた。
松明の灯りが揺らめく。
「……!?」
アスターはメニンクスの膜から飛び出した。目に刺激が走る。猛烈な血肉臭が鼻腔を圧迫し、息を止める。
「アスター様!! 膜の外は危険ですっ!」
ダーラの声を無視してアスターは階段を駆け下りた。紫がかった煙霧のせいで視界がはっきりしなくとも、近くまで来れば見えてくる。
「サチ! サチ!! 無事か!?」
そこにあったのは巨大な肉塊だった。筋肉、脂肪、臓器、血管のような物がグチャグチャに絡まりあって一つの塊になっている。元がどんな形をしていたか、見当もつかないぐらい混ざり合っていた。まったく生気を感じられない。
その前にぼんやりへたり込んでいるのはサチ・ジーンニアだ。全身が赤くヌルヌルしているのは、血と粘液か。
サチの腕の中には青ざめたグラニエがいた。
「しっかりしろ! けがは? けがはないのか?」
アスターはサチの肩を掴んで乱暴に揺さぶった。返り血かどうかは見分けられる。わずかな不安をぬぐい去るために問うたのだ。
サチの体に触れるなり、刺激を感じ、アスターは飛び退いた。見ると、両掌が火傷したように赤く爛れている。
──いったい、なんなのだ?……血!?
「触れるなっ!」
追いついたダーラを制止する。アスターの剣幕に押されようが、敵の気配を窺い、ダーラは辺りを見回した。カオルはなにか言いたげにオロオロしている。
「アスター様、ダメですよ! 数秒でも膜の外へ出ては。これは神経系の毒です。後遺症が残るかもしれません」
ダーラが言った時だった。目の焦点が定まらない状態から、サチがフッと戻ってきた。
「グラニエさんが、グラニエさんが、グラニエさんが……」
譫言のように何度もつぶやく。グラニエの着衣は所々破れていて、白い肌が剥き出しになっていた。服が破れる際、皮膚もダメージを負うはずなのに、つるりとした肌には違和感がある。
アスターはグラニエの口に耳を寄せた。
……呼吸はある。
「グラニエが重傷かもしれん。魔物の血液は強酸だ。触れれば火傷する。気をつけて運び出そう」
アスターはグラニエを自分のマントでくるんだ。サチのほうはジャメルに任せる。ダーラにはメニンクスの範囲を広げてもらった。
「ほら、ボヤッとしてないで運ぶのを手伝え! そこのデクども」
立ち尽くすティモールとカオルに、アスターは声をかけた。
デク二人は動こうとしない。あんぐりと口を開け、マヌケ面を晒している。
「こら! おま……」
「アスター様、魔獣はどこでしょう?」
ティモールの問いに、アスターは言葉を詰まらせた。
──は? そういや魔獣……え? 魔獣?
「魔獣の気配はありません」
ダーラが即座に答えた。一同の視線はサチの背後の肉塊へと注がれる。グチャグチャの肉の塊へ……様々な組織が絡まりあったソレは前衛芸術のようでもあり、ただのゴミのようでもあった。
次に視線が移動したのは、サチの傍らに落ちている折れ曲がったバスタードソードである。そのあと、また視線は背後の肉塊へと移る。
「え? え? ええ? まさか……」
ティモールがつぶやく。アホ面はさきほどと変わらず。同じ顔のカオルも呆然と肉塊を見つめている。
ジャメルがマントにくるまったサチを立たせた。こういう時、元盗賊のほうが冷静だ。
「なにをしている? さっさと出るぞ! ここにあるのは死骸と死にそうな人間二人だけだ」
動揺を隠すつもりで出た言葉だったが、事実を再認識するには有効だった。
死にそうな人間はグラニエ一人だけだ。サチは魔物の血(強酸)を大量に浴びていながらも無事である。
つまり……封じられていた魔獣は、サチ・ジーンニアが倒した、と。




