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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)三章 闇の集団ヘリオーティス
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41話 ファットビースト②(サチ視点)

 ドサリ……上階の客席から人が落ちた。


「え……!?」

 

 ファットビーストの穴(口)の位置が変わる。前から後ろへ……いや、どちらが前で後ろなのかはよくわからない。

 

 脂肪体は斬りつけるグラニエを無視して、落ちた者の方へ突進した。大きな暗い闇がたちまち彼(騎士かヘリオーティスかはわからなかった)を呑み込んでしまう。

 食べる時は無音……あっという間だ。戦慄する余裕すら与えない。


 ドサリ……ドサリ……ドサッ……


 次から次に人が落ちてくる。上階はパニックだ。叫び声と怒号が飛び交う。


「退け! 退けぇえええ!! 早く! 早くっ!!」

「立てぬ者は置いていけっ!!」

「息を止めろっ!! 毒だっ!!」

「吸うなっ! 吸ってはいけない!!」


 ──毒?

 

 ファットビーストが飛ばす粘液は、触れた対象物を融解し蒸発する。その際に立ち上る煙が有毒なのだろうか。

 ピンクの膜に守られた状態では、外の空気がどうなっているのかわからない。サチは息を止め、膜から顔だけ出してみた。


 ──ああ、そうか


 膜を取り払った視界はややくすんで見えた。薄暗いのもあるが、一面にぼんやり煙霧が立ちこめている。外で戦っているグラニエは確実に吸っているだろう。動作が少しずつ鈍くなっているのは、そのせいだ。


 剣を構え、グラニエはファットビーストの様子をジッと見守っていた。肩で息をし、両足が微かに震えている。

 ファットビーストは落ちた者たちを片っ端から喰らっていった。

 音もなくただ呑み込んでいく。その姿は底無しに貪欲で醜かった。意志や感情はなく、欲望だけが化け物を動かしている。


 自らに火の粉が降りかかると知った観客は去っていった。

 ヘリオーティスだろうが、騎士だろうが、この化け物の前ではただのエサである。猛獣の檻に残されたのは、サチとグラニエだけになった。


 重い扉が派手な音を立てて閉まる。残響が収まるまでしばし。静寂が訪れるまで、待たされなかった。

 ファットビーストの意識がグラニエへ向いた。もう食べられる物は全部食べてしまったらしい。


「グラニエさんっ!!」


 振り向いた刹那、グラニエの頬がフワッと(ゆる)んだかに見えた。


 ──ダメだ、ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ


 グラニエが弱っているのは気配だけでもわかる。

 大量の毒を吸い込み、立っているのがやっとだろう。くわえて、奴の体内へ入り、危険な粘液に直接接触している。グラニエのダブレットにはところどころ、穴が開いていた。剥き出しの皮膚が赤くジュクジュクしている。

 サチは抜剣した。たとえ無駄だとしても、なにもせず見捨てるよりマシだ。


「ダメだっ! 来るなっ!」


 グラニエの怒鳴り声が静寂を切り裂いた。

 サチはグラニエの背中に強く訴えた。この状況で冷静でいられるわけがない。自分になにかできるとは思えない。でも、恩人が死んでいくのを震えて見ていられるほど、臆病者じゃない。


「今から私はこの化け物を倒す!」


 有無を言わせぬ調子でグラニエは言い切った。芯の通った背中から、機微を読み取るのは難しい。


 ──倒すって……どうやって?


「サチ、君は生きるんだ。君を、あなたを守ること……それが私の使命……」


 最後のほうはよく聞き取れなかった。ファットビーストの雄叫びが大切な言葉を掻き消したからだ。

 

 風──

 

 強風をまとった化け物が猛進してくる。

 グラニエは愛剣アガポを落とした。空虚な音は地面に吸い込まれ、たちまち無音となった。両手を広げ、無防備に立つ。まるで、化け物を受け入れようとしているかに見える。


 ──まさか?


 全身から吹き出る汗が危険を教えてくれた。呼吸を忘れる。意識を置いてけぼりに、感情だけがサチを動かしていた。


 ──触れた対象物を爆破させる魔法を自らにかけるつもりだ。メニンクスを使えたのだから、できる可能性は高い


 走る。走れ。走れ……


「イクリク……」


 グラニエが呪文を叫ぼうとした時、サチは彼を突き飛ばした。


 視界がグニャリと歪む。それがサチの記憶に残っている最後だった……

次の更新は月曜日です。

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