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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編) 二章 闇の気配
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26話 レーベ

 腹を決め、ユゼフは低い声で切り出した。


「話がある」

 

 レーベは身構えた。あからさまに身を固くし、歩を緩める。ユゼフは気にせず、続けた。


「今、主国で起こっている出来事については、シーバート様から聞いているな?」

 

 レーベはおかっぱ頭を縦に振った。

 わかっているなら、話は早い。


「最初にこれだけは言っておく。謀反人のイアン・ローズは俺の従兄弟だが、俺は謀反にはいっさい関わっていない。胸を張って言える。この件に関して、俺は何もやましいことはないし潔白だ」

 

 レーベの小さい口が動く。

 口を挟まれるまえに、ユゼフは遮った。


「だが、俺が心から仕え、忠義を尽くすのはクロノス国王ではない」

 

 左前腕にある傷を服の上から触る。

 ここから先の言葉は一つの賭けだった。レーベにごまかしは効かないだろうし、真実を話すしかない。


「俺が忠誠を誓っているのは、シーマ・シャルドンだ」

 

 レーベは眉間に皺を寄せて、意味がわからないといったふうに、頭を降った。


「……シーマ・シャルドン……誰なんです、その人は?……ヴィナス王女が保護されている城の人ですか? ぼくは貴族でないから、よくわからない」

「シャルドン家は王族と血縁のある名家で、シーマは正嫡子だ」

「……どうして、その人に忠誠を?」

「会ってみれば、わかる。誰よりも王に相応しい人だ」

 

 レーベは腕を組んで考え込んだ。


「……で、あんたはそのシーマという人のために、何をしようとしてるわけ?」

「ディアナ様をお守りして、国へ送り届ける。それだけだ」

「もしかして、イアン・ローズが負けたら、その人が王になるんですか?」

「そうだ」

 

 やっと、腑に落ちたみたいだ。レーベの眉間の皺が取れた。


「……なるほど。だいたい、わかりました」

「シーバート様のことは残念だったが、主国へ戻るつもりであれば俺に協力してほしい」

「ふーん、そういうこと……」

 

 レーベは意地悪な笑みを顔に浮かべた。いつもの調子が戻ってきたようだ。


「でも、そのシーマとかいう人は、謀反が起こることを知っていたんじゃないですか? 時間の壁が出現することも。その人がイアン・ローズを扇動した可能性は?」

「……それは、わからない」

 

 鴉の群れが鳴きながら、頭上を通り過ぎていった。東の空は赤く染まり始めている。


「協力すれば、相応の見返りはもらえるんですか?」

「もちろん」


 レーベはユゼフの言葉に偽りがないか確かめるように、鋭い視線を向けてくる。無言で睨み合う形になった。


「いいでしょう。協力します」

 

 意外にすんなり承諾した。緊張の解けたユゼフは息を吐き、微笑んだ。


「勘違いしないでくださいね? ぼくは真実が知りたくて、とりあえず協力するだけですから。なんでシーバート様が死ななければならなかったのか、原因を突き止めたいんですよ」

「何にせよ、協力は感謝する」

 

 ユゼフはレーベを促して歩き始めた。向かっているのは、グリンデル王国につながる「虫食い穴」だ。


「まず、ディアナ様を助けるためには準備が必要だ。あの邪悪な者たちは魔の国から来たと思われる。魔の国へ入り込むには、人手が必要だ」

「待って! ぼくは魔の国には行きませんよ? そこまでは危険を犯したくありません」

「わかってる。おまえには別のことをやってもらおうと思っている」

 

 ユゼフは懐からディアナの文を取り出した。


「この文をグリンデルの女王に届けてほしい」

「内容は?」

「内容までは……ディアナ様が書いたものだから、教えることはできない。渡せばどういうことか、わかるだろう」

「……まあ、いいや。あんたはその間、何をするんですか?」

「盗賊たちと交渉するつもりだ」

「あいつらと?」

 

 レーベは笑った。


「一人得体の知れないのがいるけど、あとは大馬鹿者の集まりですよ?」

「人手と金が必要だ」

「手札は持っているんですか?」

「これから、それを準備するつもりだ。盗賊に関しては俺一人で何とかする。たまたま、頭領の兄と思われる人物を知っているんでね。交渉に役立つかもしれない」

「ふーん、あの人の、ね」 

 

 レーベは意味ありげに含み笑いした。知っていることがあるのなら、教えてほしい。


「捕まった時、しゃべったのか? どんな男だった?」

「盗賊っぽくはなかったですね。戦闘力はあるかもしれないけど、頭は悪いです。判断力もいまいち。元貴族とかいう変なおじさんの言いなりになってました」

「元貴族?」

「アスターとか言ったかな? アレは曲者です」

 

 アスターという名前にユゼフは聞き覚えがあった。こめかみを押して記憶を手繰るも、すぐには出てこない。アナンの横にいた貴族風の長髭のことだろう。


「それと、頭領はいつもバルバソフという熊みたいな大男を連れてます」

「そいつは見たことがある」

 

 話の途中、盗賊たちから逃げてきたラバが一頭、岩道をうろついているのが見えた。新しい門出にはもってこいの好運だ。

 ユゼフはラバの言葉で話しかけ、呼び寄せた。


「……驚いた。あんた、動物みたいな声が出せるんだ」

 

 レーベは目をしきりに瞬かせ、ラバを見ている。


「近場はほうきより、ラバのほうがいいだろう」


 ユゼフは居心地が悪くなり、ラバの背を撫でてごまかした。レーベには、動物と話しているところを見せたくなかった。


「まさか、二人でこれには乗らないですよね?」

「今、虫食い穴までの地図を書くから……待て」

 

 虫食い穴までの道程が記されたメモは、ミリヤに渡してしまっている。ユゼフは内容を暗記していた。

 ここから先は岩ばかりであまり道もないが、何もないところに木が生えていたり、形の変わった大きな岩があったりと多少の目印はある。


 ──不安だが、任せたほうがいい


 ユゼフは簡単な地図を書いたメモと、シーバートの持ち物をレーベに渡した。貴重な水、食料だ。もっと大事な印章とヴィナス王女の文は、自分の懐に入れた。


「魔法使いの道の近くにチャルークという小さな村がある。そこで落ち合おう」

「………まあ、いいでしょう。あなたの計画がうまく行かなければ、会えないでしょうけど……」


 レーベは少しだけ言葉遣いを改めた。

 ラバの上に少年を押し上げ、別れを告げる。


「精霊の祝福を。幸運を祈る」


 見送ったあと、気抜けしたユゼフはしばらくぼんやり佇んでいた。身体から、心が抜け出たような感じだ。たまにこういうことはある。


 それも数秒──

 ユゼフは五首城の方へ戻り始めた。

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