26話 レーベ
腹を決め、ユゼフは低い声で切り出した。
「話がある」
レーベは身構えた。あからさまに身を固くし、歩を緩める。ユゼフは気にせず、続けた。
「今、主国で起こっている出来事については、シーバート様から聞いているな?」
レーベはおかっぱ頭を縦に振った。
わかっているなら、話は早い。
「最初にこれだけは言っておく。謀反人のイアン・ローズは俺の従兄弟だが、俺は謀反にはいっさい関わっていない。胸を張って言える。この件に関して、俺は何もやましいことはないし潔白だ」
レーベの小さい口が動く。
口を挟まれるまえに、ユゼフは遮った。
「だが、俺が心から仕え、忠義を尽くすのはクロノス国王ではない」
左前腕にある傷を服の上から触る。
ここから先の言葉は一つの賭けだった。レーベにごまかしは効かないだろうし、真実を話すしかない。
「俺が忠誠を誓っているのは、シーマ・シャルドンだ」
レーベは眉間に皺を寄せて、意味がわからないといったふうに、頭を降った。
「……シーマ・シャルドン……誰なんです、その人は?……ヴィナス王女が保護されている城の人ですか? ぼくは貴族でないから、よくわからない」
「シャルドン家は王族と血縁のある名家で、シーマは正嫡子だ」
「……どうして、その人に忠誠を?」
「会ってみれば、わかる。誰よりも王に相応しい人だ」
レーベは腕を組んで考え込んだ。
「……で、あんたはそのシーマという人のために、何をしようとしてるわけ?」
「ディアナ様をお守りして、国へ送り届ける。それだけだ」
「もしかして、イアン・ローズが負けたら、その人が王になるんですか?」
「そうだ」
やっと、腑に落ちたみたいだ。レーベの眉間の皺が取れた。
「……なるほど。だいたい、わかりました」
「シーバート様のことは残念だったが、主国へ戻るつもりであれば俺に協力してほしい」
「ふーん、そういうこと……」
レーベは意地悪な笑みを顔に浮かべた。いつもの調子が戻ってきたようだ。
「でも、そのシーマとかいう人は、謀反が起こることを知っていたんじゃないですか? 時間の壁が出現することも。その人がイアン・ローズを扇動した可能性は?」
「……それは、わからない」
鴉の群れが鳴きながら、頭上を通り過ぎていった。東の空は赤く染まり始めている。
「協力すれば、相応の見返りはもらえるんですか?」
「もちろん」
レーベはユゼフの言葉に偽りがないか確かめるように、鋭い視線を向けてくる。無言で睨み合う形になった。
「いいでしょう。協力します」
意外にすんなり承諾した。緊張の解けたユゼフは息を吐き、微笑んだ。
「勘違いしないでくださいね? ぼくは真実が知りたくて、とりあえず協力するだけですから。なんでシーバート様が死ななければならなかったのか、原因を突き止めたいんですよ」
「何にせよ、協力は感謝する」
ユゼフはレーベを促して歩き始めた。向かっているのは、グリンデル王国につながる「虫食い穴」だ。
「まず、ディアナ様を助けるためには準備が必要だ。あの邪悪な者たちは魔の国から来たと思われる。魔の国へ入り込むには、人手が必要だ」
「待って! ぼくは魔の国には行きませんよ? そこまでは危険を犯したくありません」
「わかってる。おまえには別のことをやってもらおうと思っている」
ユゼフは懐からディアナの文を取り出した。
「この文をグリンデルの女王に届けてほしい」
「内容は?」
「内容までは……ディアナ様が書いたものだから、教えることはできない。渡せばどういうことか、わかるだろう」
「……まあ、いいや。あんたはその間、何をするんですか?」
「盗賊たちと交渉するつもりだ」
「あいつらと?」
レーベは笑った。
「一人得体の知れないのがいるけど、あとは大馬鹿者の集まりですよ?」
「人手と金が必要だ」
「手札は持っているんですか?」
「これから、それを準備するつもりだ。盗賊に関しては俺一人で何とかする。たまたま、頭領の兄と思われる人物を知っているんでね。交渉に役立つかもしれない」
「ふーん、あの人の、ね」
レーベは意味ありげに含み笑いした。知っていることがあるのなら、教えてほしい。
「捕まった時、しゃべったのか? どんな男だった?」
「盗賊っぽくはなかったですね。戦闘力はあるかもしれないけど、頭は悪いです。判断力もいまいち。元貴族とかいう変なおじさんの言いなりになってました」
「元貴族?」
「アスターとか言ったかな? アレは曲者です」
アスターという名前にユゼフは聞き覚えがあった。こめかみを押して記憶を手繰るも、すぐには出てこない。アナンの横にいた貴族風の長髭のことだろう。
「それと、頭領はいつもバルバソフという熊みたいな大男を連れてます」
「そいつは見たことがある」
話の途中、盗賊たちから逃げてきたラバが一頭、岩道をうろついているのが見えた。新しい門出にはもってこいの好運だ。
ユゼフはラバの言葉で話しかけ、呼び寄せた。
「……驚いた。あんた、動物みたいな声が出せるんだ」
レーベは目をしきりに瞬かせ、ラバを見ている。
「近場はほうきより、ラバのほうがいいだろう」
ユゼフは居心地が悪くなり、ラバの背を撫でてごまかした。レーベには、動物と話しているところを見せたくなかった。
「まさか、二人でこれには乗らないですよね?」
「今、虫食い穴までの地図を書くから……待て」
虫食い穴までの道程が記されたメモは、ミリヤに渡してしまっている。ユゼフは内容を暗記していた。
ここから先は岩ばかりであまり道もないが、何もないところに木が生えていたり、形の変わった大きな岩があったりと多少の目印はある。
──不安だが、任せたほうがいい
ユゼフは簡単な地図を書いたメモと、シーバートの持ち物をレーベに渡した。貴重な水、食料だ。もっと大事な印章とヴィナス王女の文は、自分の懐に入れた。
「魔法使いの道の近くにチャルークという小さな村がある。そこで落ち合おう」
「………まあ、いいでしょう。あなたの計画がうまく行かなければ、会えないでしょうけど……」
レーベは少しだけ言葉遣いを改めた。
ラバの上に少年を押し上げ、別れを告げる。
「精霊の祝福を。幸運を祈る」
見送ったあと、気抜けしたユゼフはしばらくぼんやり佇んでいた。身体から、心が抜け出たような感じだ。たまにこういうことはある。
それも数秒──
ユゼフは五首城の方へ戻り始めた。




