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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)二章 剣術大会
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31話 ドリカム(ユゼフ視点)

 言葉が跳ねる。踊る。魂の鼓動だ。死んでいった者たちへ送る鎮魂歌。愛。絆。慈しみ。悲しみ。怒り。

 ついさっきまで血を欲していた観客は涙し、詩に聞き入っている。鼻を啜る音の他に雑音はない。

 ユゼフの心は別のところにあった。


 ラセルタはサチをうまいこと逃がしただろうか? アスターの席は試合場(フィールド)を挟んで向かいにある。さきほどまで、アスターの従者のダーラは外していた。ダーラと接触できたなら、監禁されているサチを見つけているはずだ。亜人であるダーラには地磁感応がある。地下の空洞や隠し通路を見つけ出すことができるのだ。


 ──あとはもう、運に任せるしか


 サチに暴れてもらう。しがらみに囚われているユゼフと違い、サチは自由だ。それにユゼフより賢い。


 ユゼフはふざけた茶番劇をさっさと終わらせたかった。こんなことで、黒幕が出てくるとは思えない。お祭り騒ぎに乗じた質の悪いジョーク。憂さ晴らしも兼ねている。敵の正体がわからない不安感からくる心労を解消したいだけだ。


 ──卑怯だろうか? 自分の手をくださずに、誰かがそうしてくれるよう仕向ける。親友まで利用して


 ユゼフは心のなかで自嘲した。隣に座るシーマはいつも通り仮面の薄笑いだ。詩人の朗詠を聞いて、なにを思っているのやら……。

 闘技場の中心で詩を聞くティムはご機嫌だ。手拍子に合わせて、指を動かしている。


 ──哀れな狂戦士よ。戦いは終わりだ


 アマルの歌声が鼓膜をノックする。鼓動にリズムが共鳴する。エンディングには、おあつらえむきだ。アマルは観客の心に問いかける。


「朝、起きて気づいた。いつもと同じ。生きていく価値とは?」




 神は罠を仕掛けき

 物を崇むなと縛りつつ

 われらに兵を与へたり

 かたみに殺し合ふを見たり


 君と我とは同じなり

 天魔にぐしゆかせはせず


 今こそ立ち上がらめ

 はらからよ、思へり

 されど、いまだ足らぬなり

 なほ歩み寄れ


 うつろひにける世に流されて

 いや、変はるぞ

 それこそ、むべなり──



 ドッと湧いた歓声が終末の高揚感を膨らませる。詩の朗詠が終わった。ユゼフは焦り始める。


 ──ラセルタ、まだか


 ティムに対峙するアスターは、ギラギラした殺気を立ち上らせた。長い髭に結んだ青リボンが揺れる。分厚い胸板、巨岩のごとき肉体をアスターは燃えたぎらせていた。野獣の目はティムを完全にロックオンする。

 ティムは……不敵に笑っている。アホだ。


「こら! アホのティモールよ。なぜ、兜をかぶらぬのだ?」


 アスターが突っ込まなくていいことに触れてしまった。詩の余韻に浸る場内では、声がよく響く。


「アスター様、光栄です! こんなふうに対戦させていただけるなんて! ずっと憧れてたんすよ? ここに立っているだけで、もう胸がいっぱいで……」

「は!?」

「千の軍勢をたった数人で蹴散らし、カワウの王子の首を討ち取った……その時、俺はまだ少年でしたが、おとぎ話のような英雄の出現に涙しました。あなたのようになりたくて騎士団に入ったのです。ずっと、ずっと目標でした。アスター様……」


 言うなり、ティムはひざまずいた。アスターは困惑している。観客席から嘲笑が聞こえてきて、ユゼフは顔を覆いたくなった。


「アスター様、我が君の御前で憧れのあなたと剣を交えるのが夢でした。今、感極まっております!」

「……トサカ頭よ、私は今、言葉を失っている」

「光栄でございます」

「ちがう! ちがうのだ! 人の話を聞け! 阿呆めが!」

「……なんでしょう?」

「兜だ! なにゆえ、貴様は兜を被ろうとしないのだ?」


 アスターはズカズカと歩み寄り、手に抱えた兜を指した。

 

「ああ、これっすか? 頭のここに輪廻って彫ってありますでしょう?」


 ティムは顔を上げると、右側の頭部に彫られた古代語を指した。


「これは俺の存在理由なんです。死んでもまた蘇り……」

「んなこたぁ、どうでもいい!!」


 アスターは怒鳴った。ティムは黙っても萎縮はしない。この、人を食ったような態度がアスターからすると、いっそうムカつくのだろう。


「あのな、その変な髪型と刺青がよほど大切なのかもしれんが、試合にはルールというものがある。刃引きしてあるとはいえ、剣を交えるのだ。誤れば死ぬ場合だってある」


「はぁ」


「おまえが兜をかぶらなければ、私もかぶらない。おまえにだけリスクを負わせるわけには、いかないからだ。フェアでない戦いは騎士の名を汚す。貴様は格上の私になにも言わず、自分の流儀に合わせろと言うのか?」


「……申しわけございません。そこまで気が回りませんでした」


 今まで、兜のことをティムに指摘したのは審判だけだった。それで決勝まで来てしまったのだから、驚きを通り越して呆れかえる。


「さすがアスター様!! まさに騎士の(かがみ)!! ほんと、カッケェ!!」

 

 ティムは反省もせず、アスターをべた褒めした。これは火に油を注いだ。

 アスターはティムの腕をむんずとつかみ、立ち上がらせた。恫喝するかと思いきや……ユゼフの視力はどんな細かいことも見逃さなかった。

 

 ──あれ? 今?


 一瞬、アスターがティムの耳に口を寄せて、なにか囁いたように見えた。ティムはアスターの髭面を凝視している。


「あっ、あの、アスター様?」


 アスターは微かにうなずいた。


 ──ティムめ、なにか言われたのだな? ダメだ。受けてはならない


 不穏な空気をユゼフは肌で感じた。嵐のまえの静けさだ。観客は人気者のアスターと熱烈な支持者との交流を温かく見守っている。彼は健闘するだろうが、アスターには到底及ばないだろうと。誰もがアスターの圧倒的勝利を期待していた。目前には、筋書き通りの安心できる結末が横たわっている。

 ところが、ティムは大きく息を吸い込んで宣言した。

 

「我が名はティモール・ムストロ!! 我が君の御前にて、この世で一番尊敬するアスター様に真剣勝負を申し込む!!」


 ユゼフの悲痛な願いはあえなく散った。



 詩、現代語訳↓


 神は罠を仕掛けた

 「偶像を崇めるな」と言いながら

 武器を与え

 人が人を殺し合うのを見ていた


 君も 私も 同じ人間

 悪魔に魂を渡してはならない


 今こそ立ち上がろう

 兄弟たちよ 思い出してほしい

 それでもまだ足りない

 もっと近づこう


 移ろいゆく世に流されながら

 いや、変わっていくのだ

 それが きっと正しい──

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは(๑˃̵ᴗ˂̵) 今日はこちらまで拝読しました〜! ジャメルの戦いに何故かチャチャを入れる髭のオジサマ。 その後に続く、髭のオジサマの計略に∑(゜Д゜)となってしまいました。 意…
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