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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)二章 剣術大会
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27話 アスターの策略②(ユゼフ視点)

 ジャメルはわざと負けたに違いなかった。勝つと思っていなかったジェフリーは呆然としているし、ジャメルは試合場を去るまで兜をつけたままだった。顔を見られたくなかったのかと思われる。


 ジェフリーの細剣がジャメルの胸を突いたのだった。試合用の剣で甲冑も着ているから軽傷だ。確実なヒットで試合終了となる。

 良きタイミングで、ユゼフはトカゲの子の気配を感じた。小用だと告げ、席を外すと、観客席裏手の通路にてラセルタが待っていた。試合中にさっきのボヤ騒ぎのことを調べてくれたのだ。ユゼフたちは、ひとけのない所へ移動した。


「ジャメルがわざと負けたよ。アスターさんの指示でね」

「対戦した時に、自ら手をくだすつもりなのでしょう。さっきのボヤ騒ぎですが、やっぱりサッちゃんが絡んでましたよ」

「そうか。開催前から、サチはあちこちで嗅ぎ回っていたらしいからな」


「サッちゃんの上司のグラニエさんがいろいろ調べています。報告は全部嘘かと。サッちゃんはどこかに監禁されちゃいましたね。クリープが連れて行きました」


「武器に仕込まれてあったのを、発動させてしまったのか?」

「そんなところだろうと思います。ジャメルは予備の剣を使ってました」


 だいたい想像したとおり。グラニエが動いているのは厄介だ。


「魔術だろうから、速呪速効無記か」

「ええ、そうでしょう。印をつけずに呪詛をかけると、発動可能時間が限られます。試合直前に仕掛けなくてはいけませんよね。試合用の剣は事故後、グラニエさんの管理下に置かれているので、もうそれはできないかと」


「だから、ジャメルに負けさせて、勝ち進ませた。自分と対戦する時に事故と見せかけて、殺すつもりなのだな」


 観客席のざわめきが大きくなってきた。そろそろ次の試合が始まる。次はたしか──


「ラセルタ、サチの居場所はわからないのか?」

「すみません。だいたいアタリはついてるんですが、細かい位置までは……ダーラに探らせればすぐにわかります」

「わかった。とりあえず、席に戻ろう」


 ユゼフは何食わぬ顔で席に戻った。試合の合間に挟まれる踊り子たちの余興は終わったようだ。進行役のアマルが剣士紹介を始めている。この闘技場の構造もあるのだろうが、本当によく通る声だ。


「αブロック勝者はジェフリー・バンディ! 皆様、お待ちかねのβブロックが開幕します。いよいよアニュラス三大英雄の登場です! アニュラスの三大英雄と言えば……」


 アマルが言葉を切ると、観客のざわめきが大きくなった。雑然として、なにを言っているか、さっぱりわからない。


「そう、今は亡きダニエル=ヴァルタン=イグナティウス—紅蓮剣将閣下! 陛下の隣にいらっしゃる宰相閣下の兄君でございます。そして歌劇の定番のあの方……」


 アマルが口を開けば観客はピタッと静かになり、口を閉じればふたたび騒ぎ始める。まるでアマルに操られているかのようだ。

 歌劇の定番のあの人なら、ユゼフも知っている。子供のころ、義母に情操教育のためと歌劇へ連れて行かれた。きっと、あの男だろう。今度は観客のざわめきが、かろうじて聞き取れた。


「美しき悲劇の英雄ザカリヤ・ヴュイエ!!」


 そう、魔国へ墜ちた不倫男。サチの父親とされる男だ。そのあと、溜めに溜めて、アマルは声を張り上げた。


「そして、我らが英雄! ダリアン=レオニール=アスター=フォン=ティベリア!!!」


 観客席が狂ったような大歓声で揺れる。そのなかをアスターは悠々と横切っていった。誰もがアスターに注目している。観客の多くはアスター目当てなのだろう。毎度のことながら、自分を演出するのがうまい。家族は全員、観に来ていないのだが。

 シーマが茶化してきた。


「アスターはすごい人気だね。あれが義父とは、ぺぺも誇らしいだろう?」

「兄たちのほうが、偉大でしたよ。アスターは演出家ですから。自分をすごく見せるのが得意なんです」

「愛妻の父親をひどい言いようだな? ま、アスターは力任せに戦うのではなく、策士だとは思うがね」

「その愛妻は、父親の晴れ舞台を見にきていません」


 哀れではある。ああ見えて、アスターは家族思いだ。


「くく……言うなよ。追放されてた間、家族には苦労をかけているから、頭が上がらないんじゃないか?……それはそうと、いつの間にか対戦者の紹介が終わっているじゃないか! 全然気づかなかった。なんという、存在感のなさだ」


「ガチガチに緊張してるみたいですね」


 アスターの前に立った対戦者、カオル・ヴァレリアン。そう、あのカオルだ。アキラの兄。

 やや、茶色っぽい黒髪を無造作に束ねている。繊細な顔立ちはアキラに似て美しい。


「なんだ? 女々しい奴め。それでよく予選を通過したな? このアスターの相手なら胸を張れ!」


 アスターの恫喝にカオルは身を縮こまらせた。雷オヤジに対して女みたいな美形だから、余計同情してしまう。シーマは鼻で笑った。


「あのビビりが、よくここまで勝ち残ったな。なにかの間違いではないか? アスターの相手になるのか、あれで?」

「ええ、なにかの間違いでしょうね」


 ユゼフは言ってやった。この大会自体、本気の勝負ではなく、ただの見世物ではないか。アスターの策謀を知っているくせに、よく言うものだと思った。


「ふぅん……カオルはおまえの旧知だっけ? 今でも話したりするのか?」

「友達というほど仲良くもないですし、成人してからは話したりすることもないです」


 アスターと進行役のアマルが、なにやら楽しそうに話していた。アスターはアマルのように、ひと癖もふた癖もある男が好きかもしれない。自分に近しいものを感じるのだろう。会話の内容が聞こえてきた。


「グリンデルとはいつ戦争になってもおかしくない状況ですし、モズは魔法使いの国なので剣士はおりません。そして、アオバズクは亜人の国です。魔国に至っては、国と言っていいものかどうか……。グリンデルを除いて行事に参加できるのは主国、カワラヒワ、カワウの三国しかないのはやむを得ないかと思われます」


「むう。詩人よ。おまえの言うとおりだな」

「……ここで重要なのは、主国の剣士が他二国より格上ということを見せつけることだと思うのです」

「おお、その通りだ!」


 そこでアスターはカオルに向き直った。カオルは一歩下がる。顔を向けるだけで、強い圧を与えていることにアスター自身は気づいていない。


「カオルよ! ここは一つ、真剣で勝負してみないか?」


 どうして、そうなる??──ユゼフは顎が外れてアホ面をしそうになった。驚くカオルを尻目にアマルが、


「素晴らしい! さすがアスター様だ! なんと男気のある!」


 喜びの声を上げる。アマルのよく通る声は闘技場中に響いた。宣言されて、カオルは断れないだろう。もし拒否すれば、臆病者だなんだと後ろ指さされる。


 アスターはニヤリと笑って、カオルのこわばった顔を見た。

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