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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)二章 剣術大会
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26話 アスターの策略①(ユゼフ視点)

 甲冑を着た騎士たちの戦いとは、こうも仰々しいものか。進行役のアマルが、出場する騎士を「期待の新星!」とか、「疾風のごとき瞬剣の使い手!」とか、「美麗なる剣の魔術師!」などと、かなり盛って紹介するたび、ユゼフは笑いそうになった。


 そのくせ、当の本人たちときたら、剣舞みたいな上品な動きでチョンチョンつつき合うので、あくびが出る。対戦表はアスターが都合よく直しているのだろう。ほとんどヤラセかもしれなかった。


 ──なーにが、瞬剣だ? 剛剣だ? 芋虫みたいな動きでよく言うな? あんな剣、素手でもへし折れそうだぞ? ああ、退屈だ。


 ユゼフは心の中で悪態をついた。不機嫌な原因は他にもある。すぐ横で、シーマとヴィナス王女がずっとイチャついているのである。シーマを挟んで、右と左にユゼフとヴィナスは座っているのだが、ことあるごとに「きゃー、怖い!」と顔をそむけ、シーマの手を握りしめたりしているのだ。


 ──モーヴは絶対、キャーキャーいわない。俺より、落ち着いていそうだ。


 妻のモーヴは人前で騒いだり、はしたない姿を見せたりすることがない。いつでも、デンと構えている。ここら辺がアスターの血なのだろう。動揺や怯懦を家臣らに見せないのはアスターと同じ。凛とした佇まいにユゼフは気後れしてしまうのだ。

 ふと、シーマがユゼフの隣の空間を見やる。


「モーヴも来ればよかったのに」

「家庭内のトラブルがありまして……」


 昨晩、アスター家で家族間大戦争があり、その関係でモーヴは来ていないのだった。しかし、モーヴにとって、ユゼフの隣の宰相夫人席で王族らと観戦するのは荷が重い。どのみち、この桟敷席よりちょっと下がったアスター家の席に行っただろう。今、その家族席には誰もいなかった。


 今朝のモーヴの話だと、アスターが次女のユマと大喧嘩して、手を上げそうになったとのこと。抵抗したユマが高価な贈り物を並べた飾り棚を倒し、ゾッとするほどの損害が出た。罰としてユマは部屋に監禁されているそうだが、さすがに致し方ないといえる。そして、アスターに非があると、カミーユ夫人は反意を示して、観戦に来なかったのである。優しいモーヴは妹を心配して、慰めに行っている。


 金儲けと暗殺者を暗殺するために開催したゲスい大会だ。来なくてよかっただろう。モーヴとユマにはこれ以上、父親の醜い姿を見せないほうがよい。ユゼフはそう思った。


 ほとんどの試合はつまらなかった。多少、面白みがあったのは、開幕前に再会したバルツァーとアフラムの試合ぐらいか。

 バルツァーは両手で持つ大剣で、アフラムは片手の細剣。体格差もある。どのように公平性を保つのかというと、試合用に剣の強度を調節しておくらしい。武器が異なる場合、強度が弱いほうに合わせる。武器の重量を軽金属で調節するのである。


 こういう場合、大剣のほうが圧倒的に不利だが、バルツァーはアフラムに勝った。アフラムの動きが手に取るようにわかるのは、ユゼフが成長した証だ。五年前、慣れない片手剣で懸命に闘ったことが思い出された。今だったら、瞬殺できる。

 次のバルツァー対ジェフリーはジェフリーが勝ち星を上げた。アフラムと同じ細剣でもスピードが違う。技術は圧倒的にジェフリーが上だった。


 黒髪ストレートの真面目君、かつての家来の試合をシーマはどのように見たのか。横を見ると、変わらず薄笑いを浮かべていた。


 ──取り立ててやれば、護衛としても役に立った。頭もいいし、俺なんかより気も利く。


 ユゼフは少々、ジェフリーに劣等感を抱いてもいた。裏工作しなくても、ジェフリーなら自力で予選通過できたのではないか? これから、裏切る彼のことをシーマはあっさり見限れるのだろうか?


「さすがですね、ジェフリーは」

「ふ……あいつは臆病者だよ。見てれば、わかるさ。常識ぶってる、つまらない奴さ」

「そうでしょうか」

「蟻はアリマキを襲わず共生するが、それは魅力的な汁を出すからだ。自分にとって有益でなかったら、他の虫と同じ扱いになる」

「水牛と鳥の関係にも似ていますね」

「そうだ。共生には条件がある」



 バチンッ!!


 動物界の共生の話をしていたら、なにかが弾けた。ユゼフたちの真下だ。出場者が待機する天幕だろうか。悲鳴が聞こえる。煙がモクモクと立ち上ってきた。火事か? 真下なのでユゼフたちの席からはよく見えない。


「何事だ?」

「すぐに様子を見に行かせます」


 ヴィナス王女がおびえ、シーマの腕にしがみつく。


「たいしたことじゃないさ。君は本当に怖がりだね」

「とても大きな音でしたわ。大砲かと思いました」

「大砲があるのはグリンデルだけだろう? 外海の技術は忌むべきものとされ、技術書は燃やされてるのだから」

「魔術でも、同じ効果を持つ術があるのでしょう?」


 明らかに爆発音だった。射石砲の鈍い音とは異なっている。人為的か作為的か、事故が起こったのは間違いない。

 シーマは動じず、おどけてみせた。


「大丈夫。ちょっとした演出さ。驚く君の顔が見たくてね」

「まあ……意地悪なひと」

「かわいければ、かわいいほど虐めたくなるんだ」


 人前でよくもまあ、じゃれ合えるものだとユゼフは苦々しく思う。気障(きざ)なセリフというのは、シーマのような選ばれし者だけが言うことを許されるのだろう。


 幸いにも、鬱陶しいやり取りは長くは続かなかった。緊張した面持ちの衛兵隊長が報告に現れ、そのあとに大会の運営委員、大臣と続き、ことの次第を(つまび)らかにした。


 やはり、被害にあったのは出場者用の天幕だった。叛徒(はんと)が燃焼系魔術を発動させたのだという。犯人は自ら起こした爆発に巻き込まれ死亡した。天幕は半分くらい焼けたそうだ。


 嘘だな、とユゼフは思った。爆発騒ぎが起こったというのに、すぐさま試合再開の準備をしている。これは、アスター関連だ。落ち着き払っているシーマは、アスターからなにか聞いているのかもしれない。


 ──出場者用の天幕ってことはまさか? 試合用の剣に細工したのか? 誤って爆発してしまったとか?


 試合前からサチが騒いでいたのを、ユゼフは知っている。ティモールの話では、予選通過したカオル、ジェフリーにも棄権するよう呼びかけていたとか。ユゼフはなんとなく、サチが絡んでいるような気がした。


 後ろで控えていたラセルタに顔を向けると、即座に察してくれた。軽くうなずき、スッと離れる。トカゲの子に任せておけば、解明できるだろう。



 ††  ††  ††


 試合場がまた騒がしくなった。アマルの大仰な剣士紹介が終わったようだ。

 勝ち進んだジェフリーの前に挑戦者が立っている。短い顎髭を生やし、黒い巻き毛をオールバックにしている若い男。最初、カワウの貴族かと思った。


 ──あれはジャメルだ。元盗賊のジャメル。


 場所が違えば、変わるものである。ジャメルはもともと小綺麗なほうではあったが、今ではすっかり貴族様だ。


 ──懐かしいな


 王軍や騎士団に入った盗賊の仲間と、ユゼフは疎遠になっていた。

 盗賊のくせに筋を通したがる。正義感が強くて仲間思い。たしか、結婚していて子供もいた。子供もだいぶ大きくなったろう。懐古するユゼフの横で銀髪が揺れた。


「次のジェフリーの相手はカワウ人? あれ? でも、紹介では主国の騎士団て? もしかして、四年前に取り立ててやった傭兵かな?」

「陛下は叙勲を授けられていますよ。ちゃんと、覚えられていないと。アスターが進言して……」

「あっ、あいつか。今、思い出した。ジャメル、そう、ジャメルだな。なかなかいい面構えだ」

「彼は強いですよ。温室育ちのジェフリーじゃ、勝てないと思います」

「ふーん……どうかな?」


 試合が始まった。ジャメルは細めの長剣、ジェフリーは針のような細剣だ。ユゼフの記憶ではジャメルは両手剣だった。合わせているのだろう。今は片手で持っている。

 ジリジリ摺り足で移動し、互いに仕掛けない。用心深く相手の出方をうかがっている。男らしく戦うジャメルのイメージではなかった。


「この臆病者っ!! 逃げるんじゃぁない。ドブ鼠が!」


 ジェフリーの罵る声が聞こえる。対するジャメルは冷静だ。


「さすがはアスター様に尻尾を振って、叙勲を受けただけはある。だから卑怯な逃げ方をするのだ。男なら正々堂々と戦え!」


 ジェフリーは面頬を少しだけ上げて唾を吐いた。最低である。これを機に日頃の鬱憤を晴らそうというのか。落ち着いているジャメルのほうが、よっぽど貴族らしい。


 シーマは薄笑いを崩さず、観戦している。こちらもたいしたタマだ。

 シーマは国王になったとたん、ジェフリーを重用しなくなった。それまで、つねにそばで控えさせていたジェフリーをまったくの無視。周りからは、宰相のユゼフが悪口を吹聴したのだと噂された。

 ジェフリーはユゼフをひどく憎んでいるだろう。ジャメルへ向けた罵倒はユゼフヘも向けている。


 しかしながら、イラついているのはジェフリーだけではなかった。痺れを切らした観客がヤジを飛ばした。ジャメルからしたらプレッシャーだ。初の大舞台、尊敬するアスターも見ている。


 試合場を挟み、ユゼフの向かいの席にアスターはいた。いるだけで鬼神オーガのごとき威圧感を放ち、ガラガラの家族席ではなく、騎士団の席にいるのだった。世間がチヤホヤしても、家族からは疎外され気味である。


 試合を動かしたのはアスターだった。「黙れ」の一喝で観客を静かにさせ、ジャメルを鼓舞した。


「いっけぇええええええ!!! ジャメルーーー!!」


 吹っ切れたジャメルは、ジェフリーに向かっていった。そこからは激しい打ち合いになる。押されているのは、かつての腰巾着、ジェフリーのほうだ。ヤラれるまえに逃れたが、向かい合う両者の様子を見れば、勝ちは一目瞭然である。呼気が乱れまくっているジェフリーに対し、元盗賊ジャメルは平静を保っている。


 ──これで、決まりか……ん? 試合場で血祭りにあげるのではなかったのか?


 ユゼフは何気なくアスターを見てしまった。ユゼフの所からアスターの席までは、試合場を挟んで四十キュビット(八十メートル)は離れている。人間ではないユゼフには、アスターの細かい目の動きや口の動きまで読み取れる。

 アスターの唇は微かに動いていた。「負けろ」と。愕然とするジャメルの背中が見えた。


 ジェフリーが迫ってくる。これぐらいなら、ジャメルは簡単に避けきれるはず。だが次の瞬間、ジャメルは吹き飛んでいた。

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