26話 アスターの策略①(ユゼフ視点)
甲冑を着た騎士たちの戦いとは、こうも仰々しいものか。進行役のアマルが、出場する騎士を「期待の新星!」とか、「疾風のごとき瞬剣の使い手!」とか、「美麗なる剣の魔術師!」などと、かなり盛って紹介するたび、ユゼフは笑いそうになった。
そのくせ、当の本人たちときたら、剣舞みたいな上品な動きでチョンチョンつつき合うので、あくびが出る。対戦表はアスターが都合よく直しているのだろう。ほとんどヤラセかもしれなかった。
──なーにが、瞬剣だ? 剛剣だ? 芋虫みたいな動きでよく言うな? あんな剣、素手でもへし折れそうだぞ? ああ、退屈だ。
ユゼフは心の中で悪態をついた。不機嫌な原因は他にもある。すぐ横で、シーマとヴィナス王女がずっとイチャついているのである。シーマを挟んで、右と左にユゼフとヴィナスは座っているのだが、ことあるごとに「きゃー、怖い!」と顔をそむけ、シーマの手を握りしめたりしているのだ。
──モーヴは絶対、キャーキャーいわない。俺より、落ち着いていそうだ。
妻のモーヴは人前で騒いだり、はしたない姿を見せたりすることがない。いつでも、デンと構えている。ここら辺がアスターの血なのだろう。動揺や怯懦を家臣らに見せないのはアスターと同じ。凛とした佇まいにユゼフは気後れしてしまうのだ。
ふと、シーマがユゼフの隣の空間を見やる。
「モーヴも来ればよかったのに」
「家庭内のトラブルがありまして……」
昨晩、アスター家で家族間大戦争があり、その関係でモーヴは来ていないのだった。しかし、モーヴにとって、ユゼフの隣の宰相夫人席で王族らと観戦するのは荷が重い。どのみち、この桟敷席よりちょっと下がったアスター家の席に行っただろう。今、その家族席には誰もいなかった。
今朝のモーヴの話だと、アスターが次女のユマと大喧嘩して、手を上げそうになったとのこと。抵抗したユマが高価な贈り物を並べた飾り棚を倒し、ゾッとするほどの損害が出た。罰としてユマは部屋に監禁されているそうだが、さすがに致し方ないといえる。そして、アスターに非があると、カミーユ夫人は反意を示して、観戦に来なかったのである。優しいモーヴは妹を心配して、慰めに行っている。
金儲けと暗殺者を暗殺するために開催したゲスい大会だ。来なくてよかっただろう。モーヴとユマにはこれ以上、父親の醜い姿を見せないほうがよい。ユゼフはそう思った。
ほとんどの試合はつまらなかった。多少、面白みがあったのは、開幕前に再会したバルツァーとアフラムの試合ぐらいか。
バルツァーは両手で持つ大剣で、アフラムは片手の細剣。体格差もある。どのように公平性を保つのかというと、試合用に剣の強度を調節しておくらしい。武器が異なる場合、強度が弱いほうに合わせる。武器の重量を軽金属で調節するのである。
こういう場合、大剣のほうが圧倒的に不利だが、バルツァーはアフラムに勝った。アフラムの動きが手に取るようにわかるのは、ユゼフが成長した証だ。五年前、慣れない片手剣で懸命に闘ったことが思い出された。今だったら、瞬殺できる。
次のバルツァー対ジェフリーはジェフリーが勝ち星を上げた。アフラムと同じ細剣でもスピードが違う。技術は圧倒的にジェフリーが上だった。
黒髪ストレートの真面目君、かつての家来の試合をシーマはどのように見たのか。横を見ると、変わらず薄笑いを浮かべていた。
──取り立ててやれば、護衛としても役に立った。頭もいいし、俺なんかより気も利く。
ユゼフは少々、ジェフリーに劣等感を抱いてもいた。裏工作しなくても、ジェフリーなら自力で予選通過できたのではないか? これから、裏切る彼のことをシーマはあっさり見限れるのだろうか?
「さすがですね、ジェフリーは」
「ふ……あいつは臆病者だよ。見てれば、わかるさ。常識ぶってる、つまらない奴さ」
「そうでしょうか」
「蟻はアリマキを襲わず共生するが、それは魅力的な汁を出すからだ。自分にとって有益でなかったら、他の虫と同じ扱いになる」
「水牛と鳥の関係にも似ていますね」
「そうだ。共生には条件がある」
バチンッ!!
動物界の共生の話をしていたら、なにかが弾けた。ユゼフたちの真下だ。出場者が待機する天幕だろうか。悲鳴が聞こえる。煙がモクモクと立ち上ってきた。火事か? 真下なのでユゼフたちの席からはよく見えない。
「何事だ?」
「すぐに様子を見に行かせます」
ヴィナス王女がおびえ、シーマの腕にしがみつく。
「たいしたことじゃないさ。君は本当に怖がりだね」
「とても大きな音でしたわ。大砲かと思いました」
「大砲があるのはグリンデルだけだろう? 外海の技術は忌むべきものとされ、技術書は燃やされてるのだから」
「魔術でも、同じ効果を持つ術があるのでしょう?」
明らかに爆発音だった。射石砲の鈍い音とは異なっている。人為的か作為的か、事故が起こったのは間違いない。
シーマは動じず、おどけてみせた。
「大丈夫。ちょっとした演出さ。驚く君の顔が見たくてね」
「まあ……意地悪なひと」
「かわいければ、かわいいほど虐めたくなるんだ」
人前でよくもまあ、じゃれ合えるものだとユゼフは苦々しく思う。気障なセリフというのは、シーマのような選ばれし者だけが言うことを許されるのだろう。
幸いにも、鬱陶しいやり取りは長くは続かなかった。緊張した面持ちの衛兵隊長が報告に現れ、そのあとに大会の運営委員、大臣と続き、ことの次第を詳らかにした。
やはり、被害にあったのは出場者用の天幕だった。叛徒が燃焼系魔術を発動させたのだという。犯人は自ら起こした爆発に巻き込まれ死亡した。天幕は半分くらい焼けたそうだ。
嘘だな、とユゼフは思った。爆発騒ぎが起こったというのに、すぐさま試合再開の準備をしている。これは、アスター関連だ。落ち着き払っているシーマは、アスターからなにか聞いているのかもしれない。
──出場者用の天幕ってことはまさか? 試合用の剣に細工したのか? 誤って爆発してしまったとか?
試合前からサチが騒いでいたのを、ユゼフは知っている。ティモールの話では、予選通過したカオル、ジェフリーにも棄権するよう呼びかけていたとか。ユゼフはなんとなく、サチが絡んでいるような気がした。
後ろで控えていたラセルタに顔を向けると、即座に察してくれた。軽くうなずき、スッと離れる。トカゲの子に任せておけば、解明できるだろう。
†† †† ††
試合場がまた騒がしくなった。アマルの大仰な剣士紹介が終わったようだ。
勝ち進んだジェフリーの前に挑戦者が立っている。短い顎髭を生やし、黒い巻き毛をオールバックにしている若い男。最初、カワウの貴族かと思った。
──あれはジャメルだ。元盗賊のジャメル。
場所が違えば、変わるものである。ジャメルはもともと小綺麗なほうではあったが、今ではすっかり貴族様だ。
──懐かしいな
王軍や騎士団に入った盗賊の仲間と、ユゼフは疎遠になっていた。
盗賊のくせに筋を通したがる。正義感が強くて仲間思い。たしか、結婚していて子供もいた。子供もだいぶ大きくなったろう。懐古するユゼフの横で銀髪が揺れた。
「次のジェフリーの相手はカワウ人? あれ? でも、紹介では主国の騎士団て? もしかして、四年前に取り立ててやった傭兵かな?」
「陛下は叙勲を授けられていますよ。ちゃんと、覚えられていないと。アスターが進言して……」
「あっ、あいつか。今、思い出した。ジャメル、そう、ジャメルだな。なかなかいい面構えだ」
「彼は強いですよ。温室育ちのジェフリーじゃ、勝てないと思います」
「ふーん……どうかな?」
試合が始まった。ジャメルは細めの長剣、ジェフリーは針のような細剣だ。ユゼフの記憶ではジャメルは両手剣だった。合わせているのだろう。今は片手で持っている。
ジリジリ摺り足で移動し、互いに仕掛けない。用心深く相手の出方をうかがっている。男らしく戦うジャメルのイメージではなかった。
「この臆病者っ!! 逃げるんじゃぁない。ドブ鼠が!」
ジェフリーの罵る声が聞こえる。対するジャメルは冷静だ。
「さすがはアスター様に尻尾を振って、叙勲を受けただけはある。だから卑怯な逃げ方をするのだ。男なら正々堂々と戦え!」
ジェフリーは面頬を少しだけ上げて唾を吐いた。最低である。これを機に日頃の鬱憤を晴らそうというのか。落ち着いているジャメルのほうが、よっぽど貴族らしい。
シーマは薄笑いを崩さず、観戦している。こちらもたいしたタマだ。
シーマは国王になったとたん、ジェフリーを重用しなくなった。それまで、つねにそばで控えさせていたジェフリーをまったくの無視。周りからは、宰相のユゼフが悪口を吹聴したのだと噂された。
ジェフリーはユゼフをひどく憎んでいるだろう。ジャメルへ向けた罵倒はユゼフヘも向けている。
しかしながら、イラついているのはジェフリーだけではなかった。痺れを切らした観客がヤジを飛ばした。ジャメルからしたらプレッシャーだ。初の大舞台、尊敬するアスターも見ている。
試合場を挟み、ユゼフの向かいの席にアスターはいた。いるだけで鬼神のごとき威圧感を放ち、ガラガラの家族席ではなく、騎士団の席にいるのだった。世間がチヤホヤしても、家族からは疎外され気味である。
試合を動かしたのはアスターだった。「黙れ」の一喝で観客を静かにさせ、ジャメルを鼓舞した。
「いっけぇええええええ!!! ジャメルーーー!!」
吹っ切れたジャメルは、ジェフリーに向かっていった。そこからは激しい打ち合いになる。押されているのは、かつての腰巾着、ジェフリーのほうだ。ヤラれるまえに逃れたが、向かい合う両者の様子を見れば、勝ちは一目瞭然である。呼気が乱れまくっているジェフリーに対し、元盗賊ジャメルは平静を保っている。
──これで、決まりか……ん? 試合場で血祭りにあげるのではなかったのか?
ユゼフは何気なくアスターを見てしまった。ユゼフの所からアスターの席までは、試合場を挟んで四十キュビット(八十メートル)は離れている。人間ではないユゼフには、アスターの細かい目の動きや口の動きまで読み取れる。
アスターの唇は微かに動いていた。「負けろ」と。愕然とするジャメルの背中が見えた。
ジェフリーが迫ってくる。これぐらいなら、ジャメルは簡単に避けきれるはず。だが次の瞬間、ジャメルは吹き飛んでいた。




