23話 エリザとユゼフは(ユゼフ視点)
部屋に入ってきたのはエリザだった。結婚している身で、以前の恋人が訪れるのは好ましくない。ユゼフは渋面を顔に張りつけた。
「お願いがあって来た」
開口一番がそれだ。偉くなると、昔の知り合いが訪ねる理由はいつもそれ。今さら、がっかりもしないが、不愉快ではある。
「応えられるかはわからない」
冷淡に返しても、エリザは構わず話を切り出した。
「カオルのことなんだが……」
それだけ聞くと、もう嫌な予感しかしない。ユゼフはすぐさまエリザを追い返したくなった。
「剣術大会に出場するなんて、本当にすごいと思う。子供時代の友人として、ユゼフも祝福すべきだよ」
「いや、あいつは友達でもなんでもないから。子供のころはイアンに連れ回されて一緒にいただけで、ほとんど会話したこともないし……」
「冷たいなー」
話を遮られる。ムッとする間もなく、エリザは続けた。
「ユゼフは変わったよ。冷たくなった。一緒に遊んだんなら、それは友達だろう? どうして、そこまで非情に突き放せるんだ?」
「ごっ……」
言い返そうとして、ユゼフは言葉を詰まらせた。吃音の症状だ。即座にラセルタが言葉を継ぐ。
「エリちゃん、五年前のこと忘れたの? あいつらがオレたちを殺そうとしたこと……」
「覚えてるさ。でもな、今だったら、カオルたちがあんなことをした理由が、なんとなくわかるんだ」
エリザは上目遣いでにらんできた。チュニックの上に黒いレザーのダブレットを身につけ、キュロット、長靴下にブーツ。昔と変わらぬ男装だ。
あれから五年経ったのに、鶏ガラみたいな骨ばった体やそばかすだらけの顔のまま。十代と言っても充分通用しそうなぐらい、幼い。
ユゼフは思わず目をそらした。彼女に対して負い目がある。短い間だが、軽い気持ちで交際していた。まだ少女だった彼女の貞操を奪い、傷物にしてしまった。いまだに結婚しないのは、そのせいかもしれない。
「あのな、カオルが……カオルたちが騎士団でどんな扱いを受けているか、知っているか?」
──ああ、知ってるさ。言われなくてもな
忠実な僕、ティモールからユゼフは事細かに騎士団の内情を聞いている。カオル、ウィレムは裏切り者のレッテルを貼られ、シーマという後ろ盾を失ったジェフリーは外れ者だ。
そして、彼らの最大の共通点はアスターに嫌われていること(ティモールも)。これは騎士団において死活問題であった。
騎士団でアスターは絶対的存在だ。アスターに嫌われることは、騎士としての生命を絶たれたに等しい。副団長のクリムトを含め、アスターの取り巻き連中が騎士団の支配権を握っている。
騎士たちはアスターを敬慕……いや、崇拝していた。アスターが嫌悪するモノは、騎士たちにとって忌避の対象なのだ。
「騎士団でカオルが話せるのは、アタシとウィレムぐらいしかいない」
「二人いれば充分じゃないか」
エリザは潤んだ目でユゼフを見上げる。責めるような視線が苛つく。
──そうだ! もう一人いるだろう
鈍重な空気をパッと払ったのは、彼の存在だった。ユゼフは笑みをこぼしそうになった。
「サ、サチ、サチ・ジーンニアは?」
「たしかにサチは一匹狼だし、カオルとも平気で話す。でも、結局はアタシたちと同じはみ出し者だ」
「はみ出し者でなにが悪い?」
「……えと、悪くはないけど、なんか論点がズレてるな? アタシは好き嫌いじゃなくて、実力を認めてもらいたいんだ。カオルはあんなに頑張ってるのに、アスター様に認められない。この間の魔物討伐の時だって……」
「カオルとなにかあったのか?」
問いかけたところ、エリザは赤面した。それでユゼフはすべてを理解した。
「べっ、別にカオルとは何もない。カオルが好きなのはキャンフィだし……」
──ははーん、そうか
他人の色恋沙汰ほど、鬱陶しい物はない。ユゼフは横でニヤニヤしているラセルタを見て肩をすくめた。
「で、お願い事というのは?」
だいたい想像つくが、聞いてみる。エリザは頬を紅潮させたまま、嬉々として打ち明けた。灰色の瞳は恋に浮かされ、キラキラしている。
「剣術大会でカオルがそれなりの成績を残せたら、アスター様に見方を変えてほしいんだ。カオルを冷遇するのはやめて、正当に評価してもらいたい。ユゼフからアスター様に話してくれないか?」
短いのか長いのかわからない間があった。
窓からヒワのさえずりが聞こえる。ピヨピヨピヨピヨ、コロコロコロ……愛らしい声で、絶え間なくさえずり続けるのは健気だ。
ユゼフは頬を緩めた。笑うこと自体、あまりない。邪悪に見えようが、いくらか微笑んでみる。
「わかった。アスターさんに話してみよう」
安堵したエリザは無邪気に笑った。笑うと不揃いの歯がのぞく。これも以前と同じ。この答えがどれほど無慈悲なものなのか知っているラセルタは、目を伏せた。
──たしかに俺は変わった。まえならこんな時、笑えなかっただろう。甘さは敵だ。俺はあの時、すべて負おうと決意したのだから
「ついでと言ってはなんだが……カオルに渡してもらいたい物がある」
ユゼフはさきほどバルツァーが置いていったブラザーを、エリザの前に置いた。




