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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)二章 剣術大会
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23話 エリザとユゼフは(ユゼフ視点)

 部屋に入ってきたのはエリザだった。結婚している身で、以前の恋人が訪れるのは好ましくない。ユゼフは渋面を顔に張りつけた。


「お願いがあって来た」


 開口一番がそれだ。偉くなると、昔の知り合いが訪ねる理由はいつもそれ。今さら、がっかりもしないが、不愉快ではある。


「応えられるかはわからない」


 冷淡に返しても、エリザは構わず話を切り出した。


「カオルのことなんだが……」


 それだけ聞くと、もう嫌な予感しかしない。ユゼフはすぐさまエリザを追い返したくなった。


「剣術大会に出場するなんて、本当にすごいと思う。子供時代の友人として、ユゼフも祝福すべきだよ」

「いや、あいつは友達でもなんでもないから。子供のころはイアンに連れ回されて一緒にいただけで、ほとんど会話したこともないし……」

「冷たいなー」


 話を遮られる。ムッとする間もなく、エリザは続けた。


「ユゼフは変わったよ。冷たくなった。一緒に遊んだんなら、それは友達だろう? どうして、そこまで非情に突き放せるんだ?」

「ごっ……」


 言い返そうとして、ユゼフは言葉を詰まらせた。吃音の症状だ。即座にラセルタが言葉を継ぐ。


「エリちゃん、五年前のこと忘れたの? あいつらがオレたちを殺そうとしたこと……」

「覚えてるさ。でもな、今だったら、カオルたちがあんなことをした理由が、なんとなくわかるんだ」


 エリザは上目遣いでにらんできた。チュニックの上に黒いレザーのダブレットを身につけ、キュロット、長靴下にブーツ。昔と変わらぬ男装だ。


 あれから五年経ったのに、鶏ガラみたいな骨ばった体やそばかすだらけの顔のまま。十代と言っても充分通用しそうなぐらい、幼い。


 ユゼフは思わず目をそらした。彼女に対して負い目がある。短い間だが、軽い気持ちで交際していた。まだ少女だった彼女の貞操を奪い、傷物にしてしまった。いまだに結婚しないのは、そのせいかもしれない。


「あのな、カオルが……カオルたちが騎士団でどんな扱いを受けているか、知っているか?」


 ──ああ、知ってるさ。言われなくてもな


 忠実な(しもべ)、ティモールからユゼフは事細かに騎士団の内情を聞いている。カオル、ウィレムは裏切り者のレッテルを貼られ、シーマという後ろ盾を失ったジェフリーは外れ者だ。

 そして、彼らの最大の共通点はアスターに嫌われていること(ティモールも)。これは騎士団において死活問題であった。


 騎士団でアスターは絶対的存在だ。アスターに嫌われることは、騎士としての生命を絶たれたに等しい。副団長のクリムトを含め、アスターの取り巻き連中が騎士団の支配権を握っている。

 騎士たちはアスターを敬慕……いや、崇拝していた。アスターが嫌悪するモノは、騎士たちにとって忌避の対象なのだ。


「騎士団でカオルが話せるのは、アタシとウィレムぐらいしかいない」

「二人いれば充分じゃないか」


 エリザは潤んだ目でユゼフを見上げる。責めるような視線が苛つく。


 ──そうだ! もう一人いるだろう


 鈍重な空気をパッと払ったのは、彼の存在だった。ユゼフは笑みをこぼしそうになった。


「サ、サチ、サチ・ジーンニアは?」

「たしかにサチは一匹狼だし、カオルとも平気で話す。でも、結局はアタシたちと同じはみ出し者だ」

「はみ出し者でなにが悪い?」


「……えと、悪くはないけど、なんか論点がズレてるな? アタシは好き嫌いじゃなくて、実力を認めてもらいたいんだ。カオルはあんなに頑張ってるのに、アスター様に認められない。この間の魔物討伐の時だって……」

「カオルとなにかあったのか?」


 問いかけたところ、エリザは赤面した。それでユゼフはすべてを理解した。


「べっ、別にカオルとは何もない。カオルが好きなのはキャンフィだし……」


 ──ははーん、そうか


 他人の色恋沙汰ほど、鬱陶しい物はない。ユゼフは横でニヤニヤしているラセルタを見て肩をすくめた。


「で、お願い事というのは?」


 だいたい想像つくが、聞いてみる。エリザは頬を紅潮させたまま、嬉々として打ち明けた。灰色の瞳は恋に浮かされ、キラキラしている。


「剣術大会でカオルがそれなりの成績を残せたら、アスター様に見方を変えてほしいんだ。カオルを冷遇するのはやめて、正当に評価してもらいたい。ユゼフからアスター様に話してくれないか?」


 短いのか長いのかわからない間があった。

 窓からヒワのさえずりが聞こえる。ピヨピヨピヨピヨ、コロコロコロ……愛らしい声で、絶え間なくさえずり続けるのは健気だ。


 ユゼフは頬を緩めた。笑うこと自体、あまりない。邪悪に見えようが、いくらか微笑んでみる。


「わかった。アスターさんに話してみよう」


 安堵したエリザは無邪気に笑った。笑うと不揃いの歯がのぞく。これも以前と同じ。この答えがどれほど無慈悲なものなのか知っているラセルタは、目を伏せた。


 ──たしかに俺は変わった。まえならこんな時、笑えなかっただろう。甘さは敵だ。俺はあの時、すべて負おうと決意したのだから


「ついでと言ってはなんだが……カオルに渡してもらいたい物がある」


 ユゼフはさきほどバルツァーが置いていったブラザーを、エリザの前に置いた。


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