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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)二章 剣術大会
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22話 珍客(ユゼフ視点)

(ユゼフ)


 ユゼフはおかしい所がないか、姿見に映る自分の姿をチェックした。あまりみすぼらしい恰好だと、シーマに恥をかかせてしまう。

 とは言え、着飾るのも目立つのも嫌いだ。自然といつも、暗く地味な色を選ぶ。鏡の前に立った長身の男は黒ずくめで眼光鋭く、どこからどう見ても悪役にしか見えなかった。

 

 ここは王城の一室。間もなく剣術大会が開幕する。


「今日も男前ですよ。ユゼフ様」

「茶化すなよ」


 ラセルタは笑いながら、小さな紙切れをユゼフの上衣の袖に差し込んだ。

 ユゼフは摘み上げたそれに素早く目を通す。次の瞬間には青い炎がパッと光り、紙切れは塵となった。


「とくに真新しいことはないな?」

「ええ。ですが、まさかチムチムが予選通過するとはねぇ」

「おとなしくしていろと言ったのに、なにを考えてるんだか」

「憧れのアスター様にアピールしたかったのかも。ああ、それと、あいつ予選会でも問題起こしてましたよ。あやうく、ジェフリー・バンディとやり合うところだったとか」


 ユゼフは呆れとあきらめの混じったため息を吐いた。チムチム=トサカ頭ティモールの話だ。ただでさえ目立つ髪型をしているのに、言動が自由過ぎる。間者には向いていない。


「それで、副団長に怒られてジェフリーと寮の掃除をさせられてました」


 阿呆なティムのことは、どうでもいい。ユゼフはテーブルの上の対戦表を取り上げた。

 カワウから六名。知っているのはアフラムか。カワラヒワからは鉄の城のバルツァー。グリンデルの騎士は皆、棄権した。


 主国で選ばれた六名は……

 アスター、クリムト、ジャメル、ジェフリー、カオル、ティモール。


 元盗賊のジャメルが入っている。たいしたものだ。ジェフリー、カオル、ティモール……五年前、ユゼフたちを襲った三人が入っているのは、アスターの裏工作だろう。

 ユゼフはティモールが自分の(しもべ)だということを、誰にも明かしていなかった。



 ──困るな。いくら阿呆でも殺されては。アスターさんの意図ぐらい感づいてくれないと。棄権させるか


 まだ幼さの残るラセルタの顔を見る。ラセルタは察してうなずいた。

 扉を叩く音が、次なる指令を邪魔した。

 

「宰相閣下に来客でございます」

「誰だ?」

「カワラヒワのバルツァー卿ですが」


 ユゼフは即答できず考え込んだ。

 五年前が蘇る。時間の壁を越える旅でバルツァーの城に泊まった。

 あのころのユゼフは貴族ですらなく、ただの私生児だった。昔のちっぽけな自分を知っている人物がいったい何の用で?

 進んで会いたい相手ではない。だが、拒否するわけにもいかなかった。


「通せ」




 大柄、強面、髭面のバルツァーは大股でドスドスと室内に入った。海賊のような風貌は五年前と変わらない。


「お久しぶりです。バルツァー卿。五年前は貴城に逗留させていただき、大変お世話になりました」

「おお! ヴァルタン宰相閣下! ご出世なされて! 我が城にお泊めしたこと、光栄に存じます」


 バルツァーは豪快に大口を開けて笑った。ユゼフはわずかな笑みで答える。冷たいとか無愛想だとか言われ続けているが、感情を表に出すのが苦手なのだ。これでも、精一杯愛想良くしたつもりだった。

 幸い、バルツァーは細かいことを気にする性質ではなかった。


「積もる話もしたいところですが、お時間を取らせては申し訳ない。早速、本題に入らせていただきます。私、バルツァーが参ったのは……」


 バルツァーは言いかけて、絹布にくるまれた長い物を従者から受け取った。手際良く布は剥がされ、一振りの美しい剣が姿を現す。


 見覚えのあるそれは、ユゼフの心臓をキュッと締め付けた。

 つい昨日の出来事のようにまざまざと思い浮かぶ。凄惨な光景が──

 剣の鍔には双頭のイヌワシが彫刻されていた。その二頭のイヌワシの間には不自然に削り取られた跡がある。


兄弟(ブラザー)……」


 それは、死んだアキラの愛剣だった。


「今、なんと?」

「いえ、なんでもありません。この剣は私の友人の物ですが、どういった経緯でお手元に?」

「ご説明いたしましょう」

 

 アキラが死んだあと、遺体はバルツァーの鉄の城に安置されていた。その後、しばらくして父親のアナンが遺体を引き取りに来たという。もちろん、この剣も一緒に渡したと思われるのだが……


「数日前でした。私が剣術大会の代表に選ばれたことを知ったラール卿(アナン)が、この剣を持ってきたのです。主国へ行くなら、この剣をヴァルタン閣下に渡してくれと」


 今さら、なんのために? ユゼフは困惑するしかなかった。バルツァーはユゼフの微妙な顔を予見していたのだろう。説明し始めた。


「私もなぜ?と思いましたよ。それで、自分なりに見聞きしたことを整理してみました。これは勝手な私見ですがね。亡くなったご友人……アナン殿のご子息ですが、愛人の子らしいのです。で、その愛人とは決別しており、物凄く親子関係が悪かったと。現にご友人は家出されてましたしね? なぜ、剣を一緒に埋葬しなかったのかは謎ですな。刻印やら銘も削り取られていて、これが銘刀なのかはわかりかねますが……とにかく手元に置いておきたくなかったんでしょう。結果、ご子息の友人だったあなたに渡してくれと……」

 

 ユゼフはアナンの平べったい顔立ちを思い出した。厳しくとも、優しい父親に見えた。今から思えば、それは上辺だけだったのかもしれない。


 ──庶子でも息子じゃないか。どうして、形見を他人に渡そうとするのか


 静かな怒りがこみ上げ、ユゼフは言葉を呑み込んだ。



「かしこまりました。では、お預かりしましょう。わざわざ届けてくださり、ありがとうございました」


 感情を失った言葉は空虚に響く。ユゼフの胸には、怒りと悲しみしか残らなかった。

 バルツァーが帰ったあと。テーブルから、大きくはみ出したそれを眺める。忌々しい。


 ──さて、どうしたものか


 これは本来、ユゼフが持つべき物ではない。自邸にはもう一振り、曰く付きの剣が置いてある。

 イアンのアルコだ。呪われた剣は二つもいらない。

 

「ブラザー……」

 今度はラセルタがつぶやいた。


 ──ああ、そうか。兄弟に返してやれば


 そこまで思い至ったところで、再度ドアがノックされた。


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