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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)二章 剣術大会
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【余話】ジャメルの戦い③

 進行役のアマル・エスプランドーの声が闘技場に響き渡る。


「ジャメル・ヴェロニク!!」

 

 気持ち良いぐらいの緊張と清々(すがすが)しい期待感。父が生きていたら、騎士になったジャメルを誇りに思うだろう。

 ジャメルは胸を張って、闘技場の中央へ歩いていった。


 時間の壁が消えた四年前、モズの盗賊の多くが王軍の兵士として召し抱えられた。その中でディアナ王女救出の際、目覚ましい働きをした者──というか、アスターに寵愛された者だけが騎士の叙勲を受けた。アスターが自分の傍に仕えさせようと、国王に進言したのである。むろん、以前からの取り巻きはよく思わない。


 騎士団で浮いているのは、目の前にいるジェフリーとジャメルも同じだ。

 大剣を操る強面のバルツァーに、優男のジェフリーが勝ったのは予想外だった。まあ、これは刃を丸めた剣を使った試合であるし、実戦では違った結果になるのだろう。

 

 ジャメルとジェフリーは、ほんの数キュビット離れた位置で対峙した。頭部以外、全身に甲冑をまとっている。

 性格と裏腹のまっすぐな黒髪。それを背中で束ねたジェフリーは典型的な貴族野郎だった。

 

「お手柔らかにな。元盗賊(・・)さん」


 ジェフリーは唇を片方だけ吊り上げ、嫌みったらしく笑う。心持ちが卑しいのに矛盾して、どことなく上品だった。

 

 他はなにも言葉を交わさず、二人同時に(かぶと)をかぶった。

 ジャメルはかつての親戚たちの顔を思い浮かべた。さんざん、世話になっていた連中は父の死後、平然とジャメルを捨てた。

 

 ジャメルの大嫌いな貴族が目の前にいた。

 動揺を隠すため面頬(めんぼお)を下ろす。嘲笑に嘲笑で返せるほど大人ではない。手にはサチが持ってきてくれた、なんの仕掛けもない長剣がある。片手でも両手でも使えるが、ジェフリーが片手の細剣なので、ジャメルは合わせることにした。


 剣の長さは二人とも大差ない。運営のほうから、揃えるよう指示されているとおりだ。異種剣技戦であっても公平性を保つため、多少の摺り合わせはしていた。



「始めっ!!」


 審判の声が緊迫した空気を切った。ジャメルは下に構える。


 ──やっぱり、両手のほうがやりやすいな


 アスターにも両手剣のほうが向いていると言われた。サーベルは盗賊を卒業するのと同時にやめている。相手に合わせて片手で戦うのは、運営からの指示ではなかった。


 理由は敵に花を持たせたくないからだ。ハンデを負わせるのではなく、自分が負うことで誇りを保てる。父が死んでからずっと、ジャメルはそうやって生きてきた。勝つためではなくて、誇りのために闘うのだ。


 冷たい貴族野郎のまとう空気が変わった。兜の下の見下した笑いはそのまま固まっているに違いない。そう想像させるぐらい呼気は浅く、殺気立っていた。

 視線はそのままにジリジリと間合いを詰めていく。奴は意外に猛進タイプだ。ジャメルは斜めにあとずさる。にらみ合いながら、摺り足で円を描いていく。


 普段は先攻タイプのジャメルも今日は用心深かった。いけ好かない貴族野郎の手並みは知っている。片手剣では国内トップクラスだろう。剣種が違うので手合わせしたことはないが、調練中に闘っている姿を見たことがある。


 細剣ゆえに斬りつけることはできない。刺突のみである。凄まじい速さで突きを繰り出すさまは、手が数百本あるようにも見えた。あの速さについていける者は、騎士団に数人しかいないはずだ。ジャメルは刺突の攻撃に慣れていなかった。


 騎士になる以前、ジャメルの相棒はサーベルだったから、片手剣が不慣れなわけではない。ただ、もともと刺突は苦手で斬るほうが得意だった。だから、アスターも両手剣にするよう指導したのだ。


 ──昔のオレだったら確実に勝てない。()のな


 五年前、ディアナ王女(現王妃)を救うため入った魔国で、ジャメルの身体能力は劇的に向上した。瘴気に当たったせいか、ユゼフの血を飲んだせいか、理由はわからないが……


 全方位からの攻撃に備え、ジャメルは全身の神経を研ぎ澄ます。徐々に近づこうとする高慢な貴族野郎から距離をとった。一歩近づかれては離れ……を繰り返す。高慢貴族は慎重なジャメルに痺れを切らした。


「この臆病者っ!! 逃げるんじゃぁない。ドブ鼠が!」


 口汚く罵り始めた。冷静なようでいて、こいつは短気だ。


 ──オレも人のことは言えねぇけどな


 相手が先にキレれば、落ち着いていられる。面頬の下で、ジャメルはほくそ笑んだ。


 ──しかし、なんでこんなゲス野郎を救おうとするんだ? サチって奴はほんとわかんねぇ


 内面ではなく表面的なもの……家柄や身分に誇りを持ち、自分より上の者にはすり寄り、下の者を卑しめる。ジャメルの一番嫌いなタイプだ。

 誇りとは本来、生き様に対して持つ物で、形だけの階級に対して持つものではない。ジャメルは尊敬する父からそう教わった。


「さすがはアスター様に尻尾を振って、叙勲を受けただけはある。だから卑怯な逃げ方をするのだ。男なら正々堂々と戦え!」


 高慢貴族は面頬を少しだけ上げて唾を吐いた。アスターを持ち出されても、ジャメルは腹を立てなかった。この男が、かつてシーマ国王の腰巾着だった話は有名だからだ。劣等感から来る痛罵は痛くも痒くもない。

 

 シーマは国王になったとたん、高慢貴族(ジェフリー)を無視するようになった。

 これは、宰相のユゼフ・ヴァルタンが(はか)ったのだと誰もが噂していた。邪魔なライバルを蹴落とすため、悪口を吹聴したのだと。よって、ジェフリーはユゼフを酷く憎んでいた。


 踏み込まれる→退く……これを摺り足で何度も繰り返した結果、闘技場の地面に大きな渦巻きが描かれた。

 高慢ちきのイライラが地面から伝わってくる。わずかな振動だ。それと酸っぱい汗の匂い。強いストレスを感じると、汗の成分が変わってくる。酸が強くなるのだ。ジャメルは動物的に相手の状況を感じ取ることができた。


 下手に近づいて突かれたくない。ヒットは一ポイントから三ポイント取られる、または倒れた場合、試合終了となる。間合いに入ると、一気に仕掛けてくるだろう。防戦一方になってしまえば、相手のペースだ。しかし、こちらから仕掛けるには間合いへ入らねばならぬし……


 ズリズリ、ズリズリ、ズリズリ……

 砂の摺れる音がおかしいくらい大きく聞こえる。なかなか進まない試合にヤジが飛び始めた。観客は残酷だ。


「早くしろ!」

「臆病者めっ!」

「ヤっちまえ!」


 聞き慣れた罵声を聞いても、ジャメルはなんの感情も湧かない。耳障りなだけだ。摺り足の音とヤジの声が同じ大きさになった時、


「黙れっ!!!」


 音と声が分断された。声の主を探してジャメルは片方の眼球だけ動かす。

 舞台と地続きの一階観客席。そこにひときわ大きい体で陣取っているのはオーガ※……ではなく、アスターだった。

 一階観客席からの怒号にジャメルの気持ちは乱れた。ひるんだ隙に一歩踏み込まれる。


 ──来る!!


 針が雨霰(あめあられ)のように飛んでくる。ジャメルは後ろへ大きく飛んだ。

 着地して構え直す。この場合、真後ろへ飛ぶ行為は非人間的で意外性があった。そのため、ジェフリーは追ってこなかった。離れた位置で構え、にらんでいる。


「一本!!」


 審判が怒鳴った。


 ──え!? 今、当たった?


 よく見ると、胸当てに小さな傷が付いている。ジャメルは舌打ちした。


 ──くっそー!……こんなのヒットに数えられるのかよ?

 

 相手にリードを許してしまった。次、間合いに入り込まれたら、確実に詰む。

 ジャメルは剣を構えたまま、腰を低くした。退いた左足に力を入れる。(かかと)は浮いており、変わらず及び腰だ。


「こらっ! なにをしている!? ちゃんと戦わないか!」


 ヤジを蹴散らすのはアスターだ。たまたま、ジャメルが向いている方向にいるから、余計に萎縮してしまう。


「ジャメル! おまえらしくもない。自分から仕掛けるのだ!」


 アスターに鼓舞され、ジャメルは焦った。たしかに逃げてばかりは「らしくない」。こんな闘い方は嫌だ。初の大舞台で背伸びをしていたのかもしれない。元来、あまり考えない。猪突猛進型だ。


「いっけぇええええええ!!! ジャメルーーー!!」


 アスターのがなり声を聞いて、左足が地面から離れる。前に踏み出した右足に力を入れた。

 ほとんど反射的と言ってよかった。アスターの喝は、起爆剤として充分過ぎた。


「いけいけいけいけぇえええっっ!!」


 アスターの声が追い風となり、ジャメルは高慢貴族の間合いに入った。そのまま一気に畳みかける。中段からの斬りこみ……ではなく突いた。

 刺突が苦手だと知っていたのだろう。高慢貴族はワンテンポ遅れた。が、一瞬の差だ。

 

 キィイイイン……


 金属同士のぶつかり合う音が広い場内に響き渡る。それから先は、激しい打ち合いとなった。こうなれば体は勝手に動く。脳で考える余裕は皆無だ。

 飛び散る火花が面頬(バイザー)の隙間から入ってきそうになる。ジャメルは自分に言い聞かせた。


 ──大丈夫。オレ、ついていけてる


 最初はついていくのに精一杯だったスピードもだんだん慣れていった。凄まじい刃のやり取りは、ジャメルを野生へと戻した。一方、高慢貴族のペースはだんだんと落ちていった。

 体力だ。九歳から野に放たれたジャメルと、都市部で育った箱入り貴族とでは雲泥の差がある。……いや、身体能力の高さは亜人ゆえである。


 ──イケる!!


 ジャメルがそう思った時、ジェフリーは退いた。攻めから転じて守りへ。兜で覆われているため、顔の表情はわからない。だが、肩で息をしているのはわかった。

 反対にジャメルの呼吸はまったく乱れていない。自然と口角が上がる。


 ──よっしゃあああ!! やってやるぜ! このムカつく高慢ちきをブチのめしてやる!


 アスターは見ているだろうか? 勝った顔をするにはまだ早いが、兜で隠れているから構わないだろう。ジャメルはふたたび片目を動かした。


 ──!?


 闘技場の中央からアスターのいる観客席までは八十キュビット(四十メートル)離れている。視線を交わせる距離だ。

 ジャメルはアスターと目が合った。

 アスターは人差し指をクイクイと動かし、唇を微かに動かした。


 ──ま、け、ろ


 ジャメルは愕然とした。


 ──わざと負けろと言うのか? どうして?


 理由はすぐに思い当たった。アスターは爆発騒ぎの報告を受けている。

 剣に仕込んだ仕掛けが暴かれてしまったから、ジェフリーを殺す手立てがなくなった。ここでジェフリーが負けたら、闘技場で派手に殺す計画が頓挫してしまう。


 ──でも、こんなの……フェアじゃない


 ジャメルは負けたくなかった。試合とは公平に戦うものだ。(はかりごと)のために汚してはいけない。亡くなった父もそう言うに違いない。一方で別のことも考えていた。


 アスターを信じてここまで来た。アスターについていかなければ、一生盗賊のままで騎士にはなれなかった。アスターの圧倒的強さに対する憧れ、ブレない意志への心酔、豊かな才気への敬意……

 

 アスターに逆らうことは、この四年間の自分をまるごと否定することになる。

 ハエが死骸の臭いを察知するように、貴族野郎はジャメルの戸惑いを敏感に感じ取った。


 思考する間を与えず、突き進んでくる。そして、手首を上に向けた状態から腕が伸びた──

 ジャメルはまた凄まじい突きの嵐が襲ってくると思った。


 が、最初に受けた連突とは比べ物にならないほどヌルかった。

 容易(たやす)く受けられる。ジャメルは攻撃に慣れ、高慢貴族は体力を消耗しスピードを落とした。今なら間違いなくジャメルは勝てる。それなのに……


 勝ちを確信した瞬間、ジャメルは吹き飛ばされた。甲冑の上からとはいえ、胸を強く突かれ呼吸が止まる。

 華奢な剣にこれほどまでの威力があったとは。


「それまで!! 勝者ジェフリー・バンディ!」


 審判の叫び声を聞きながら、ジャメルは倒れた。


 ──すまない、サチ……オレはおまえのようには




※オーガ……鬼


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