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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)二章 剣術大会
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19話 爆発!……その後(サチ視点)

 顔をバチン!と強く叩かれたような衝撃だ。衝撃と同時に、サチの身体は天幕の外へ吹き飛んでいた。

 大きく口を開け、ジャメルが駆け寄ってくる。


「……お…………が……だ…………ろ……」


 耳が変だ。ジャメルの言っていることが、サチにはほとんど聞きとれなかった。驚いているのか怒っているのか、どちらかわからないが、顔中に皺が寄っている。サチは助け起こされ、体を点検された。所々、擦過傷(さっかしょう)があるだけで、けがはないようだ。

 

 人が集まってきた。何事かと目をギョロつかせるジェフリーもいる。貴婦人たちは、好奇と恐怖の入り混じった目を向ける。観客席からも続々と集まってきた。

 

 天幕は半分くらい赤い炎に包まれた。いろいろな物が焼けて、灰に変わる匂いがする。煙は渦を巻き、円形舞台の方へ流れていった。モクモクと這う煙の大蛇を目で追っていると、サチは背中に違和感を覚えた。

 

 ジャメルがつついている。サチの衣服は粉塵(ふんじん)で白っぽくなっていた。

 ウールで仕立てたダブレット※を叩くと、モワァ……白い粉が舞い上がる。一回叩くごとに、湯気が立ち上った。無音のままだ。

 身から出た粉煙を吸い込んで、サチは咳き込んだ。その拍子に、慌ただしく駆けつける衛兵らが目の端に映った。

 人込みのなかに険しい顔をしたあの人。その姿を確認して、サチの薄らぼんやりした意識は鮮明になってきた。


「サチ!! いったい、なにをしでかしたのだ!?」


 衛兵と現れたグラニエが声を張り上げて、無音の世界を切り裂いた。とたんに音が、サチの耳腔(じくう)へ流れ込んでくる。


 娘たちの小さな悲鳴、男たちの怒号、興奮した野次馬のおしゃべりが波となって押し寄せてくる。円形舞台からは、進行役のアマルの太く弾力のある声が。火の()ぜる音、たくさんの人の足音、音、音、音……

 衛兵たちが、燃えている天幕に砂を被せて火を消した。


「グラニエさんっ! 剣が、試合用の剣がっ……」


 サチは訴えようとした。が、言葉がいつものように出てこない。起こったことがあまりにも異常過ぎて、まだ混乱していた。誰かがサチの腕を強くつかんでくる。

 

「ジャメル?」

 

 振り向くと、ジャメルではなかった。機械のごとく無機質で冷たい目。すべての感情を取り去った人形のような男がそこにいた。


「サチを頼みます。ジャメルはこっちへ来なさい。なにがあったか説明してもらおう」


 グラニエは突如現れたクリープにサチを託し、背を向けた。ジャメルは慌てて、グラニエのあとを追う。サチは放心して、去っていく二人の背中を眺めた。

 クリープは、


「捕らえられるまえに、安全な所へ連れて行こう。グラニエ殿に任せれば、あとはうまくいくだろうから」


 眼鏡を押し上げ、サチの腕をつかんで通路へ引っ張っていった。




 歩くこと数分……

 闘技場を囲む客席の外周にアーチが並び、通路を何層も作り出している。一階通路を四分の一ほど回ったところで、クリープは立ち止まった。

 様々な形の切石を隙間なく組み合わせた石畳。その中に一つだけ色の違う石がある。くすんだ象色の中、大きさ握り拳くらいのそれは、琥珀(こはく)色に輝いていた。

 クリープが琥珀色に手をかければ、簡単に外れ、奥に取っ手が見えた。取っ手を引っ張り上げると、床が外れる。床下に現れたのは階段だった。


「暗いの平気だよね」


 クリープは抑揚のない口調で尋ね、答えを聞かずに暗い地下へ下りていった。安全な所とは地下か。こんな所に隠し通路があるなんて──サチはクリープを追った。


「捕らえられるってどういうことだよ? 俺はなんにも、悪いことはしてないぞ? 試合用の剣が爆発したんだ。人殺しが行われようとしてる。この大会は中止すべきだよ」


 クリープは無言で進んでいく。階段の下には、墨を塗りたくったような真っ暗闇が続いていた。

 サチがクリープと出会ったのは五年前だが、いまだにこの男がなにを考えているのかわからない。クリープは城の財務部で経理をしつつ、目立たないという利点を生かして情報収集している。サチが騎士団で得た情報はクリープを通じ、シーマに届けられていた。

 一見、欲のなさそうな男である。危険の伴う間者をするには、事情がありそうなのだが……


「着いた」


 階段の一番下には、頑丈な鉄製のドアがあった。クリープは鍵を開け、サチに入るよう促した。

 部屋に入ったクリープは、壁の燭台に「パイロ」の呪文で手早く火を点ける。剥き出しの石煉瓦を、赤い光が煌々(こうこう)と照らし出した。

 眩い光にサチは思わず目を細めた。


 ほんの数秒だ。一秒か二秒。その間に、クリープはスルリと部屋から出て行ってしまった。


「!?……クリープ!?」


 返事の代わりに返ってきたのは、ガチャガチャっと施錠する音だった。




※前留めタイプの上衣


次回、月曜日に更新します。

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