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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)二章 剣術大会
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12話 剣術大会が開催されることになった(サチ視点)

(サチ)


 大きく伸びをして、サチはベッドから転げ落ちそうになった。夜勤の兵士の打つ鐘が耳腔を揺らす。


「また、寝坊してしまった!」


 今日こそは早起きして、演習場の整備を手伝おうと思っていたのに……。

 毎朝、整備をするのはカオル・ヴァレリアンである。これは決められたわけではなく、本人の意志で無償奉仕していた。誰に言われたのでもなく、健気にカオルは雑草を抜き、ゴミを拾い、レーキで地面をならしているのだった。

 それを知ったサチはなんだか申しわけない気持ちになり、手伝いたくなった。しかし、裕福な暮らしをしていた幼少期とは異なり、柱時計や鳩時計が時間を知らせてはくれない。


 自発的に目覚めるには蝋燭(ろうそく)時計しかなかった。蝋燭時計というのは、ごくごく単純な仕組みだ。蝋燭に釘を打ち、鉄皿に載せればできあがり。起きる時間に蝋が溶け、釘が鉄皿に落ちて音を立てる。

 残念ながら、サチはこれで目覚められなかった。


 ──しょうがない。食堂のまずい朝飯でも食べに行こう


 騎士団の寮は従騎士や僧兵が利用する。城内の東、演習場の端に併設されていた。この簡素な作りの建物に、サチとカオルは五年前から住んでいる。カオルは謀反に荷担したことで、ヴァレリアン家に居辛くなったという。

 イアンを裏切ってシーマに協力したのは、生き残るためだった。そのおかげで、カオルとウィレムは罪咎に問われず、騎士団に入団することができたのである。だが、裏切り者の汚名は消えないシミのように残った。


 騎士団はヒエラルキー意識の高い組織である。元謀反人の家来、それも裏切り者となれば、下の下の扱いになる。そのうえ、カオルは養子で家柄もたいしたことなかった。

 同じく庶民出身、ど底辺のサチとは相通ずるものがあったのだろう。ローズ城に勤務していたころ、仲の悪かったサチたちは友達になった。


 二人とも華奢な体格だし、一人でいるより二人のほうが集団のなかでは心強い。真面目で清潔なところも似ていた。ちなみに同じく差別対象となったウィレムは、トサカ頭のティモールと仲良くしている。あちらは不良である。

 サチは汲んでおいた水で顔を洗い、身支度を整えた。


 ──食堂はあの話題で持ちきりだろうな


 サチが思ったのは、二日前の王妃失踪事件だ。ディアナ王妃が侍女を一人だけ連れて、忽然(こつぜん)と姿を消した。城内では、ヴィナス王女と国王が不倫しているとか、継母のミリアム太后のイジメに堪えきれなくなったとか……ひどい噂話が飛び交っていた。


 ──まったく、気の毒な話だ。俺らのような一般人は、こういったゴシップをおもしろがるからな? 言いたい放題だよ。


 下世話な話題にはうんざりしていた。サチがカオルと仲良くしていられるのは、こういう風聞を嫌う性格だからかもしれない。まあ、他にも理由があるのだが──


 食堂は騎士団寮と隣り合う王軍の寮にある。行く途中、食堂に入ろうとするカオルの姿が見えた。やや、猫背で自信なさげ。騎士のなかでは小柄だし、綺麗な顔をしているから、女兵士に間違えられそうだ。


 楽しそうにしゃべりながら、向かってくる騎士見習いの集団に挨拶するも、カオルは無視される。謀反で寝返ったことに加え、騎士団長のアスターに嫌われているからだろう。

 八年戦争で英雄となったアスターの人気は、帰国後にいっそう高まった。圧倒的な力で騎士団を支配し、大臣として内政にまで口を出す。騎士団内でアスターに物言えるのはサチの上官、偵察部隊長のグラニエぐらいのものだ。

 食堂の入り口で、サチはカオルの元気のない背中をバチッと叩いた。


「今日も陰気な顔してんな? さ、飯食うぞ、飯!」

「あ、サチ?……おまえ、ここの飯、嫌いじゃなかった?」

「耐えられないぐらいまずいな! 金欠なんだよ。今は味より燃料補給が最重要事項だ」


 サチはそう言うと、すたすた食堂内へ入った。カオルは小走りでついてくる。

 食堂はすいていた。

 寮の人間も朝は利用しないことが多い。城内にはパン屋もあるから、そっちへ行くのだろう。

 配膳台の前にトレイを持って立つ。灰色の米の入ったシチュー?のような物をがさつに盛られた。木のトレイの上、汁は豪快にこぼれ落ちる。

 サチは給仕係に質問した。


「なんだ、これは!?」

「シチューです」

「どうしてこういう色になる?」

「山羊の乳と兎肉が入っております」

「いや、俺が聞いてるのは材料ではなくて、変な色になる原因を聞いている」


 サチのクレームが聞こえたのか、奥から真っ赤な顔をした料理主任(チーフ)が出てきた。


「まーたおまえか!? 騎士のなり損ないのクソガキめ! いい加減にしやがれ! 文句があるなら食うな! 食わなくていい!」

「変な色の食い物を口に入れても大丈夫か、心配になっただけだ。気を悪くしたなら謝るが、あんたもプロなら……」


 カオルがサチの上衣の裾を引っ張ってくる。サチが額に皺を寄せると、気弱な美男子は言葉を遮った。

 

「文句はない。失礼した……サチ、行こう」

「む。俺はまだこのオヤジに話があるんだよ……あっ、カオル、待てよ!」


 カオルはサチの器を自分のトレイに載せると、すばやくカウンターを離れた。喧嘩をするなということか。サチはしぶしぶカオルを追いかけた。


「誰彼構わず正論を振りかざすのはやめろ」


 テーブルについてからカオルは言った。それを無視し、サチは空きっ腹に変な色のシチューを流し込む。生臭い。味がない。


「やっぱ、まずぃ……」

「仕方ないだろ。ただなんだから」


 そう言うカオルも水で流し込んでいる。


「面倒でもパンにすりゃ良かった」


 パンは城外からも、通行証を持った職人が買いに来るため並ぶ。とくに朝は大行列だ。早起きすればよかった──嘆息しつつ、サチは薄汚れた煉瓦の壁に視線を這わした。味というのは視覚情報も影響する。なるべく変な色のシチューを見たくない。

 殺風景な薄汚れた壁に、今日は洒落た張り紙が貼ってあった。黒地に格好良く円型の闘技場が描かれている……剣術大会?


「ああ、その張り紙、キャンフィが描いたんだ。うまいだろう?」


 サチの視線に気づいたカオルが得意気に言った。キャンフィはローズ城にいた女兵士で今は王軍にいる。王軍と騎士団の兵営は隣り合わせだし、演習場、食堂も共用なので、顔を合わせる機会は多い。カオルはキャンフィが好きなのかもしれなかった。彼女のことを話す時、声がうわずる。

 それはそうと、張り紙の内容がサチは気になった。


 ──ふむふむ……国内外の騎士を呼び寄せ、史上最大規模の剣術大会を催す。立案・企画:ダリアン・アスター、国王、王議会協賛……なんだよ、これ? めちゃくちゃ胡散臭いじゃんか!


「すごくないか? カワウやカワラヒワからも、名だたる騎士が参戦するらしい」


 カオルは目をキラキラさせている。もしかして、俺も出るとか言い出すのではなかろうか……サチはおそるおそる聞いてみた。


「まさか……出るとか言わないよね?」

「予選にエントリーした」 

「マジか!? 殺されるぞ?」


「んな、馬鹿な!……弱々なおまえと同じにすんなよ? もし、ここで名を上げられたら、騎士団での扱いも変わる。アスター様だって一目置いてくださるようになる。上位十位、いや二十位以内に食い込めば、国外にも名が広まるんだ」


「俺はやめたほうがいいと思うよ?」

「なんで? おれだって、この五年で成長した。いつも、イアンの影に隠れて目立たなかったけど、これからはちがう。力を見せれば、認められる。これを機におれは変わる」

「アスターさんが立案したんだ。きっと、ろくでもないことを企んでるに違いないよ」

「そんなことはない。謀反の件でおれはアスター様に誤解されてるが、強さを見せれば、きっと認めてくださると信じてる」


 サチは頭を振った。この大会は十割、金のためだろう。談合もあるだろうし、底辺の騎士や騎士見習いが出場して得することはなさそうだ。

 せっかくやる気になっているところに、水を差されたカオルは反発してきた。


「なんだよ? そうか、おまえはどうせ出ないんだろう? 臆病者め。おまえが騎士道精神から外れていようとも責める気もないが、おれの行動に意見するのはやめろよ? おまえは精神が騎士ではなくて事務員だから、わからないだろうが」


「ああ、わからない……」


 カオルは不機嫌を全面に出して、にらんでくる。

 どうにかして、アスターに認められたいのだ。気の毒なことに、アスターが彼を認めることはけっしてない。なぜなら、今年中にカオルはアスターを裏切る。時間の壁を使って五年前の過去へ行き、アスターとユゼフ、サチを暗殺しようとする。

 サチはカオルから目をそらし、ざらついた石の床へ憐れみの目を向けた。


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