12話 剣術大会が開催されることになった(サチ視点)
(サチ)
大きく伸びをして、サチはベッドから転げ落ちそうになった。夜勤の兵士の打つ鐘が耳腔を揺らす。
「また、寝坊してしまった!」
今日こそは早起きして、演習場の整備を手伝おうと思っていたのに……。
毎朝、整備をするのはカオル・ヴァレリアンである。これは決められたわけではなく、本人の意志で無償奉仕していた。誰に言われたのでもなく、健気にカオルは雑草を抜き、ゴミを拾い、レーキで地面をならしているのだった。
それを知ったサチはなんだか申しわけない気持ちになり、手伝いたくなった。しかし、裕福な暮らしをしていた幼少期とは異なり、柱時計や鳩時計が時間を知らせてはくれない。
自発的に目覚めるには蝋燭時計しかなかった。蝋燭時計というのは、ごくごく単純な仕組みだ。蝋燭に釘を打ち、鉄皿に載せればできあがり。起きる時間に蝋が溶け、釘が鉄皿に落ちて音を立てる。
残念ながら、サチはこれで目覚められなかった。
──しょうがない。食堂のまずい朝飯でも食べに行こう
騎士団の寮は従騎士や僧兵が利用する。城内の東、演習場の端に併設されていた。この簡素な作りの建物に、サチとカオルは五年前から住んでいる。カオルは謀反に荷担したことで、ヴァレリアン家に居辛くなったという。
イアンを裏切ってシーマに協力したのは、生き残るためだった。そのおかげで、カオルとウィレムは罪咎に問われず、騎士団に入団することができたのである。だが、裏切り者の汚名は消えないシミのように残った。
騎士団はヒエラルキー意識の高い組織である。元謀反人の家来、それも裏切り者となれば、下の下の扱いになる。そのうえ、カオルは養子で家柄もたいしたことなかった。
同じく庶民出身、ど底辺のサチとは相通ずるものがあったのだろう。ローズ城に勤務していたころ、仲の悪かったサチたちは友達になった。
二人とも華奢な体格だし、一人でいるより二人のほうが集団のなかでは心強い。真面目で清潔なところも似ていた。ちなみに同じく差別対象となったウィレムは、トサカ頭のティモールと仲良くしている。あちらは不良である。
サチは汲んでおいた水で顔を洗い、身支度を整えた。
──食堂はあの話題で持ちきりだろうな
サチが思ったのは、二日前の王妃失踪事件だ。ディアナ王妃が侍女を一人だけ連れて、忽然と姿を消した。城内では、ヴィナス王女と国王が不倫しているとか、継母のミリアム太后のイジメに堪えきれなくなったとか……ひどい噂話が飛び交っていた。
──まったく、気の毒な話だ。俺らのような一般人は、こういったゴシップをおもしろがるからな? 言いたい放題だよ。
下世話な話題にはうんざりしていた。サチがカオルと仲良くしていられるのは、こういう風聞を嫌う性格だからかもしれない。まあ、他にも理由があるのだが──
食堂は騎士団寮と隣り合う王軍の寮にある。行く途中、食堂に入ろうとするカオルの姿が見えた。やや、猫背で自信なさげ。騎士のなかでは小柄だし、綺麗な顔をしているから、女兵士に間違えられそうだ。
楽しそうにしゃべりながら、向かってくる騎士見習いの集団に挨拶するも、カオルは無視される。謀反で寝返ったことに加え、騎士団長のアスターに嫌われているからだろう。
八年戦争で英雄となったアスターの人気は、帰国後にいっそう高まった。圧倒的な力で騎士団を支配し、大臣として内政にまで口を出す。騎士団内でアスターに物言えるのはサチの上官、偵察部隊長のグラニエぐらいのものだ。
食堂の入り口で、サチはカオルの元気のない背中をバチッと叩いた。
「今日も陰気な顔してんな? さ、飯食うぞ、飯!」
「あ、サチ?……おまえ、ここの飯、嫌いじゃなかった?」
「耐えられないぐらいまずいな! 金欠なんだよ。今は味より燃料補給が最重要事項だ」
サチはそう言うと、すたすた食堂内へ入った。カオルは小走りでついてくる。
食堂はすいていた。
寮の人間も朝は利用しないことが多い。城内にはパン屋もあるから、そっちへ行くのだろう。
配膳台の前にトレイを持って立つ。灰色の米の入ったシチュー?のような物をがさつに盛られた。木のトレイの上、汁は豪快にこぼれ落ちる。
サチは給仕係に質問した。
「なんだ、これは!?」
「シチューです」
「どうしてこういう色になる?」
「山羊の乳と兎肉が入っております」
「いや、俺が聞いてるのは材料ではなくて、変な色になる原因を聞いている」
サチのクレームが聞こえたのか、奥から真っ赤な顔をした料理主任が出てきた。
「まーたおまえか!? 騎士のなり損ないのクソガキめ! いい加減にしやがれ! 文句があるなら食うな! 食わなくていい!」
「変な色の食い物を口に入れても大丈夫か、心配になっただけだ。気を悪くしたなら謝るが、あんたもプロなら……」
カオルがサチの上衣の裾を引っ張ってくる。サチが額に皺を寄せると、気弱な美男子は言葉を遮った。
「文句はない。失礼した……サチ、行こう」
「む。俺はまだこのオヤジに話があるんだよ……あっ、カオル、待てよ!」
カオルはサチの器を自分のトレイに載せると、すばやくカウンターを離れた。喧嘩をするなということか。サチはしぶしぶカオルを追いかけた。
「誰彼構わず正論を振りかざすのはやめろ」
テーブルについてからカオルは言った。それを無視し、サチは空きっ腹に変な色のシチューを流し込む。生臭い。味がない。
「やっぱ、まずぃ……」
「仕方ないだろ。ただなんだから」
そう言うカオルも水で流し込んでいる。
「面倒でもパンにすりゃ良かった」
パンは城外からも、通行証を持った職人が買いに来るため並ぶ。とくに朝は大行列だ。早起きすればよかった──嘆息しつつ、サチは薄汚れた煉瓦の壁に視線を這わした。味というのは視覚情報も影響する。なるべく変な色のシチューを見たくない。
殺風景な薄汚れた壁に、今日は洒落た張り紙が貼ってあった。黒地に格好良く円型の闘技場が描かれている……剣術大会?
「ああ、その張り紙、キャンフィが描いたんだ。うまいだろう?」
サチの視線に気づいたカオルが得意気に言った。キャンフィはローズ城にいた女兵士で今は王軍にいる。王軍と騎士団の兵営は隣り合わせだし、演習場、食堂も共用なので、顔を合わせる機会は多い。カオルはキャンフィが好きなのかもしれなかった。彼女のことを話す時、声がうわずる。
それはそうと、張り紙の内容がサチは気になった。
──ふむふむ……国内外の騎士を呼び寄せ、史上最大規模の剣術大会を催す。立案・企画:ダリアン・アスター、国王、王議会協賛……なんだよ、これ? めちゃくちゃ胡散臭いじゃんか!
「すごくないか? カワウやカワラヒワからも、名だたる騎士が参戦するらしい」
カオルは目をキラキラさせている。もしかして、俺も出るとか言い出すのではなかろうか……サチはおそるおそる聞いてみた。
「まさか……出るとか言わないよね?」
「予選にエントリーした」
「マジか!? 殺されるぞ?」
「んな、馬鹿な!……弱々なおまえと同じにすんなよ? もし、ここで名を上げられたら、騎士団での扱いも変わる。アスター様だって一目置いてくださるようになる。上位十位、いや二十位以内に食い込めば、国外にも名が広まるんだ」
「俺はやめたほうがいいと思うよ?」
「なんで? おれだって、この五年で成長した。いつも、イアンの影に隠れて目立たなかったけど、これからはちがう。力を見せれば、認められる。これを機におれは変わる」
「アスターさんが立案したんだ。きっと、ろくでもないことを企んでるに違いないよ」
「そんなことはない。謀反の件でおれはアスター様に誤解されてるが、強さを見せれば、きっと認めてくださると信じてる」
サチは頭を振った。この大会は十割、金のためだろう。談合もあるだろうし、底辺の騎士や騎士見習いが出場して得することはなさそうだ。
せっかくやる気になっているところに、水を差されたカオルは反発してきた。
「なんだよ? そうか、おまえはどうせ出ないんだろう? 臆病者め。おまえが騎士道精神から外れていようとも責める気もないが、おれの行動に意見するのはやめろよ? おまえは精神が騎士ではなくて事務員だから、わからないだろうが」
「ああ、わからない……」
カオルは不機嫌を全面に出して、にらんでくる。
どうにかして、アスターに認められたいのだ。気の毒なことに、アスターが彼を認めることはけっしてない。なぜなら、今年中にカオルはアスターを裏切る。時間の壁を使って五年前の過去へ行き、アスターとユゼフ、サチを暗殺しようとする。
サチはカオルから目をそらし、ざらついた石の床へ憐れみの目を向けた。




