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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)一章 それぞれの五年後──そして運命は動き出す
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5話 アスター家の晩餐(ユゼフ視点)

 ガチョウの丸焼き、カボチャのキッシュ、マスの香草焼き、黒糖のパン、香草と羊肉の炊き込み御飯、白インゲンと兎肉のシチュー、クコの実のゼリー……山盛りのご馳走がテーブルに運ばれ続けていた。

 ここは王都にあるアスターの屋敷である。久しぶりに娘夫婦が訪ねてくるというので、豪華な夕食になったようだ。あいにく、主餐を済ませているユゼフはワインを飲み続けた。

 

 ユゼフとモーヴの他にサチ・ジーンニアも呼ばれていた。テーブルの中央にアスターと向かい合って座るカミーユ夫人の横で、サチは借りてきた猫になっている。アスターの家族の前で、無礼な振る舞いはできないようだ。夫人を挟んで座るユゼフの隣には従者のラセルタが座った。

 執事のシリンは甲斐甲斐しく給仕をしていたが、アスターに促されラセルタの隣に腰掛けた。

 

 アスター家では、従者や使用人が同じテーブルにつくことはめずらしくない。アスターも妻のカミーユも身分の違いとか、そういうことにはまったく無頓着で、気に入れば誰でも同じテーブルに座らせるのだった。

 貴族でもユゼフの実家とは大違いである。私生児ゆえに召使いたちと食事をしていたころを思い出すと、ユゼフは苦笑いしてしまう。


 モーヴは胸元をリボンで縁取った濃紺のガウンを着ていた。首から肩、鎖骨、胸元までの美しい曲線をユゼフは愛でる。我が妻ながら完璧だ。きめ細かいモーヴの肌に早くむしゃぶりつきたかった。


 ──夜までの辛抱だ。モーヴは身重なのだから、優しくせねば。興奮して荒々しくしないように注意しよう。


 そんなことを考え、ユゼフはアスターの横で微笑むモーヴと目で会話する。モーヴは片目をつぶった。妊娠のことはまだ家族には黙っていてほしいらしい。


 ──うん、アスターさんには知られないほうがいいだろう。きっと、大騒ぎして余計なお節介を焼くだろうから


「まったく、ユマとダーラはなにをしているのかしら?」


 カミーユがぼやき、モーヴの視線がユゼフからその隣に移動した。

 カミーユ夫人はキャラメルブロンドの巻き毛が魅力的なかわいらしい女性だ。なかなか下りてこない次女に腹を立て、頬を膨らませていた。

 アスターより十歳以上年下らしいから四十くらいか。童顔、小柄にくわえ、動作が幼いので、娘たちとは姉妹に見える。


「おおかた、ユマが駄々をこねてダーラを困らせてるんだろうよ」


 アスターが口をへの字に曲げて答えた。次女のユマはモーヴと違い、お転婆なうえ、わがままで強情な娘だ。見た目は母似、中身はアスターに似たのだろう。呼びに行ったダーラも手こずっているようだった。


「はぁ……誰に似たのかしら?」


 溜め息を吐き、カミーユは真正面に座るアスターを見る。アスターは意にも介さず、グリンデルの話を始めた。


「だからな、私はあの時、陛下にこう進言したのだ。ディアナ様の代わりにヴィナス王女を差し出せと。そうすれば、グリンデルの冷血女王も振り上げた拳を引っ込めたろうに。ユゼフが欲張ってニーケ王子まで返せと言うから、余計こじれてしまったではないか?」


「面目ない……」


 五年前、グリンデルの城からディアナを連れ出し、オートマトンと森を破壊して逃走したことは女王をおおいに怒らせた。さらに、グリンデル外務大臣刺殺事件が火に油を注ぐこととなる。

 外務大臣刺殺事件の犯人はシーマなのだが、表向きは謀反人のイアン・ローズということになっていた。イアンは討ち取ったので不問にしてほしいと訴えるシーマに対し、女王は納得しなかった。


 四年前、壁が消えてからシーマとユゼフはグリンデルを直接訪問している。

 謝罪と挨拶も兼ねての訪問は、サチの提案だった。財政は厳しかったものの、かなりの額の詫び金を持参したのだ。金は貢租を横領していた諸侯から巻き上げ、残りはリンドバーグに工面させた。その時、ヴィナス王女のことを提案したのである。

 案の定、女王には、


「ヴィナスでは駄目だ。傷物になっていて構わないから、ディアナを返せ」


 と言われた。それに対しシーマは、


「あなたの息子さんをこちらでお預かりしているのをご存知ですか?」と。


 ナスターシャ女王の息子とは、女王がかつての英雄に強姦されて身ごもったというシャルル王子──サチ・ジーンニアのことだ。もちろん、当の本人は自分が取引材料だとは知る由もない。シーマはクリープを通じてこの情報を得ていた。

 この時、ナスターシャ女王は激昂しつつも、サチと引き換えにディアナのことをあきらめようとした。


 しかし、ユゼフとシーマは欲張ってニーケの引き渡しまで要求してしまったのである。ニーケは主国王家の直系男子、最後の生き残りだ。本来なら、ニーケが王位を継ぐところをシーマが割って入った。遺言書の存在やニーケが幼いこともあってシーマの即位は認められたが、これから先はわからない。シーマとしてはニーケを殺すまでしなくとも、そばに置いて監視したかったのだろう。

 ユゼフもシーマもうまくいくと思っていた。女王は直系に王位を継がせたいはずだ。サチ(シャルル)にヴィナス王女をつければ、子孫を残せるし充分だと思った。

 女王の返答は、


「そなたらの言い分はよくわかった。だが、こちらにも考えがある。ディアナとシャルルは、いつか必ず返してもらおう……ニーケは(わらわ)の養子にする」


 交渉決裂──


 それから、グリンデルとは険悪な関係がずっと続いている。この失態を四年経った今でも、ユゼフはアスターに責められるのである。


「陛下は私かリンドバーグを連れて行けばよかったのだ。若い陛下とおまえの二人で、あの悪女をなんとかできるわけがない。もっと陛下に強く進言すればよかった」


 アスターはガチョウの肉を骨から外しながら言った。

 ユゼフはぐうの音も出なかった。

 アスターの態度には腹が立つが、ユゼフたちの見通しが甘かったのは認めざるを得ない。だが、他のことはまずまずの対応ができた。


 シーマが即位してから、グリンデルの他に大きな問題が二件あった。

 一つはカワウが強盗と誘拐、殺人の容疑でユゼフの引き渡しを要求していたこと。

 これはモズの盗賊たちを王軍、衛兵へ引き入れることで解決した。

 前々から、カワウはモズの盗賊に手を焼いていたのである。盗賊たちの中核メンバーを引き抜くことで集団は脆くも瓦解した。それに加えて、戦争や内戦で失った兵を補充出来たから、一石二鳥だったというわけだ。

 

 盗賊たちのなかには、アスターやユゼフを慕っている者がたくさんおり、比較的たやすく懐柔できた。魔国で戦ったことも功を奏している。強さがすべての男たちにしてみれば、あのような場所で化け物と戦って生きて帰ってきたことは勲章に値する。


 二つ目は殺されたアキラの件だ。

 父であるカワラヒワのアナンが説明を求めてきた。この件は暁城ではなく、カワラヒワの王城へアスターが談判に向かい、解決した。

 国王に圧力をかけさせたのである。こちらはいとも簡単に解決してしまった。

 アスターが優れているのは明らかだ。だとしても、実の親みたいな顔をしてあれやこれや世話を焼き、叱りつけてくるので、ユゼフはうんざりしていた。




「サチよ、おまえもそろそろ、結婚相手を探したほうがいいんじゃないか?」

 

 黙々と食べていたサチへ、アスターの火の粉が降りかかった。不意打ちだ。ユゼフは自分ではなかったことに安堵する。


「は!?」

「だから、嫁を探せと言っておるのだ。見た目はクソガキみたいでも、おまえももういい年なんだから」

「……(うるせぇな)相手がいないんだよ」

「相手ならいる。ほら、下りてきた」


 アスターが顎でしゃくった先は広間から上階へ通ずる階段だった。麗しい少女が、泣きそうな顔のダーラを連れて階段を下りてくる。

 少女の髪は母親と同じキャラメルブロンドでキツく縮れていた。その髪を無造作に後ろで束ねただけで、短襟の黒いダブレットに同じ色のキュロット、ホーズ(長靴下)、ブーツといった出で立ちだ。

 つまりは男の格好。首から上は人形のように愛らしいのが何ともミスマッチである。これがユマ。アスター家の次女。


「ユマ! あなた、なんて格好なの!? 今日はユゼフとモーヴが来るって言っていたのに!」


 カミーユ夫人がユマをなじった。ユマはそれには答えず、カミーユの隣に座っていたサチと並んで腰掛けた。そして、サチに顔を向けるなり、

 

「椅子を持ってきて。ダーラを隣に座らせる」


 高飛車にそう言ったのだった。


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