22話 攻防
射石砲は南側の胸壁に三台設置されていた。屋上に固定されていたため、動かすのは不可能だが、使うのは端の一台で充分だ。
範囲はだいぶ狭められるにせよ、砲身を思いっきり東へ向ければ、なんとか盗賊たちの所へ届く。
それから、最も重要なのが石弾。これは南の塔の近くの武器庫に収納されていた。直径は一キュビット(五十センチ)ほど。一個がだいたい四タラントン、女性四人分の重さである。運ぶのは結構な重労働だった。
黙々と作業すること数分。
弓で威圧したおかげか、外壁を登ってくる気配はなかった。用心して、こちらの出方を探っているのかもしれない。
石弾が豪快な音を立てて回転した。これだけでも敵陣へ突っ込めば、相当な打撃を与えられそうだ。
振動が鼓膜どころか、全身に伝わってくる。
耳を塞ぎたいのを堪え、ユゼフは石を運んだ。張り過ぎて、今にも千切れそうな緊張の糸を何とか保とうとする。
砲身を下げ、装填の準備をした。その下のレールに載せ、石弾を転がしていく。
「お、重い……エリザ、手伝ってくれ!」
運ぶより、詰め込むほうが大変だった。滑り台状のレールを上らせるのは大仕事だ。エリザと協力してやっと、装填完了した。
ゴトッとハマる音を確認し、砲身の向きを決める。
子供のころに得た知識がこんなところで役に立とうとは。イアンに感謝だ。
イアンが遊びたがったりしなければ、使い方を教えてもらうことはなかっただろう。
砲兵に取り扱い方法を聞いたイアンは、勝手に石弾を運び、発射させた。
しかも、魔術師から盗んだ魔法の札を石弾に貼るという横暴を働いたのだ。
札に封じられた魔法は、光に関するものだったかと思われる。
魔法の札のせいで石弾は着弾するまえに、派手な音を立てて爆発した。そして、上空に色とりどりの花を咲かせてしまったのである。
城内は大混乱。敵襲だ! 事故だ!……と、上を下への大騒ぎとなった。
今となれば、笑える思い出だが、当時は笑い事でもなかった。下手すれば、ユゼフを砲身に詰め込んで発射したかもしれないし、的にされて殺されていた可能性だってあった。
ユゼフは年がら年中、仕様もないイタズラに、つき合わされていたのだった。
そのイアンが謀反を起こしたというのだから、悪夢の続きのような展開だ。
イアンのことで良いことを思いついた。
魔法の札。シーバートが別れ際、ランタンの代わりに使えと渡してくれたものだ。
これを石弾に貼ったらどうなるのだろう??──
好奇心と冒険心がムクムクと頭をもたげてくる。
たしか、光の札と言っていた。魔術師がよく照明代わりに使う。魔力はそんなに消耗しないが、詠唱に時間がかかるから札に封じて使うらしい。
これを潤滑油の塗られた石弾に貼ってみる。
発射する際、砲口へ行くまでに摩擦されるから、これが火薬と同じ作用を持つ物だったら? まったくの別物だったとしても、なんらかのエネルギーを生じて発光している。そのエネルギーが摩擦によって刺激されれば……
古代に失われた学問のことはユゼフには、わからない。だが、同じ作用を生み出す魔法と過程は違えど、原理は同じなのではないかと思った。
たとえば月も、いやに黄色い時と青白い時がある。
こちらも違う過程を経て、色が変わるのかもしれない。通る道によって変わる、とか……?
優しい光を投げかける半月に目を細める。松明も光の札もユゼフには不要だ。
松明が点在する坂の途中に狙いを定めた。五首城は岩山に建つ城だ。正面以外は足場に恵まれていない。
東側も裏手ほど峻厳でないにせよ、急坂だった。城の周りになだらかな平地を残して、あとはガクンと下がる。
砲台からだと、見える範囲は限定されていた。彼らは坂の下にもっといるのかもしれないし、城壁近くの狭い空間にひしめいているのかもしれない。見えるのは、坂の途中に広がるいくつかの松明だけである。
あんまり飛ばしすぎると、遠くへ行き過ぎてしまう。ちょうど良い場所に落下させたい。矢をあれだけ当てられたのだから、大丈夫。的は地面で人間より大きい──ユゼフは、そう自分に言い聞かせた。
さあ、楽しい的当てゲームの始まりだ。
石が風を切れば、ヒューンと軽快な音を立てる。既視感を覚えても平気だった。ついこの間、この音を聞いた時は襲われる側だったが、今は逆転している。背筋を凍らせ、冷や汗をダラダラ流したりする必要はないのだ。
カマキリの幼虫は成虫へと変貌を遂げる。蟻や蜂の脅威に怯えることのない最強の狩人へと。
弾は燃えながら空を飛んだ。
思ったとおり。魔法の札が役にたった。刺激を与えられ、発火する。大きな燃える石塊が高速で落下してきたら?
──ドカン!!
数個で辺りはあっという間に火の海だ。
しつこく城壁を登ってくる輩もいるだろう。そういった連中には火じゃなく、違うものをお見舞いしてやる。
案の定、すぐそこまで、よじ登ってきていた。
ユゼフとエリザは、屋上に到達しそうな数人を剣で刺した。
転落か焼死か。向かえば、死が待っている。相手がたったの二人ということを彼らは知らない。
「退け!! 退けーーーーー!!!」
慌てて叫ぶ声がここまで届いた。
下は燃え盛っている。火の海が途切れ、いったん闇を挟んでから松明の灯りがポツポツと揺らめいていた。無事、後退してくれたようだ。
ユゼフは頬を緩ませた。
たった二人でも、やろうと思ったらできるじゃないか。
イアンのいたずらも、たまには役に立つ。
亀のエピソードはカットしました。




