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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(後編)五章 ハッピーエンディング
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77話 国王シーマ、沙汰を下す

 王都に着いて二日目の今日、国王が内戦の功労者に沙汰を下す。主国中の諸侯が城に集まった。

 王議会は政務官と代表諸侯が顔を揃えるだけだが、国議となれば話は別だ。内海の奥地からも領主たちが駆けつける。


 壁を越えて帰国したユゼフたちは、玉座の真正面に案内されていた。玉座の据えられた床は数段高い位置にある。階段を下りきった所で二列になり、ユゼフ、アスター、サチ、エリザと並び、後ろはラセルタ、ダーラ、レーベ、クリープと並んだ。

 

 すべての諸侯が集まってから、シーマはディアナを伴って皆の前に登場した。王と妃が腰掛け、進行役の大臣の合図で国王召集の王国大議は幕を開ける。 

 シーマはまず、先の内戦で活躍した諸侯とローズ側についた諸侯の処遇を発表した。驚いたのは、リンドバーグから領地も何も取り上げなかったことである。

 ユゼフは子供時代の事件のことを後悔しており、リンドバーグの減軽を求めていた。その時、シーマはあまりよい顔をしなかったのだ。


「個人的感情に流されて減軽するなんてことは、絶対に有り得ない。そんなことをしたら、王の権限の不当公使になってしまう」


 と、断言していた。それがどういう心変わりか、がらり。不問とはやり過ぎだった。


「これまでの慈善活動と内海での信頼、人柄に考慮して今回の件は不問と致す。ただし、赦すのは一度限りである。再び背信行為を行えば、死刑に処する」


 この処遇には、納得できない諸侯から怒号が飛び交った。シーマについていたのを裏切って、ローズについたのだから当然だ。

 混乱を収拾させたのはアスターだった。


「黙れ! 国王陛下の命であるぞ。異論反論のある者は前に出よ!」


 アスターに威圧され、不満を抱えた諸侯たちは静まった。

 一番驚いたのはリンドバーグ本人だろう。玉座の前に(ひざまず)いた好好爺は、なかなか声を出せないでいた。大臣の一人に促されてようやく、


「陛下のご厚情に感謝いたします……」


 一言だけ言って、呆けた顔で下がったのだった。

 それから、国議は滞りなく進んだ。他の諸侯に関しては、報奨金も昇進も妥当だ。そこまで興味を引くものはなかった。

 

 だんだんとユゼフの集中力は削がれていく。

 否が応でもシーマの隣のディアナが目に入った。ユゼフが彼女と最悪な別れ方をしてから、約ひと月……


 ディアナは、肩下でカットされた深紫のガウンをまとっていた。繊細なレースのショールを軽く羽織り、華奢な肩や柔らかな胸元を隠している。頭上のティアラと首元、耳に付けた宝石は、彼女が呼吸するたび瞬いた。

 ユゼフと別れた時は、みすぼらしい下女の装いをしていた。それでも充分かわいらしかったが、久しぶりに見る彼女は以前より(なま)めかしく、それでいて神々しかった。


 ──ああ、なんて綺麗なんだ


 凝視するわけにもいかないので、ユゼフはチラチラ盗み見る。自分を見てくれるのではないかと、淡い期待を抱いた。

 だが、胸の高鳴りとは裏腹にディアナと目を合わせることはなかった。


「それでは、壁の向こうでディアナを守り、謀反人を倒した者たちに下知する」


 シーマが高らかに宣言したので、ユゼフは現実へ引き戻された。


「全員に報奨金百万リアルを与える。壁の向こうにいる傭兵たちには、壁が消えてから追って沙汰する」


 シーマは一人一人の名前を正確に読み上げる。


「レーベ・イルハム、知恵の島の学術士学校への入学を許可する。学費は全て国庫から負担する。ダーラ・オーテンシア、エリザベート・ライラス、そしてサチ・ジーンニアには王国騎士団への入団を命ずる」


 サチの名前を言う時、シーマは笑いそうになった。

 ユゼフにはわかっている。シーマはサチを罪に問わないと約束してくれたが、仕返しせずにはいられない性分だ。騎士団への入団を命じることは、明らかに報復だった。


 サチは剣に不慣れなうえ、戦うのも苦手だ。シーマはそれを知っていて、わざと命じたのである。

 まっすぐ前を向いたサチは無表情。表面に出さずとも、ハラワタが煮えくり返っているだろう。

 黙っていればいいのに、アスターが芝居がかった口調で、


「なんと、情け深いご沙汰でございましょうか……おまえたち、陛下に謝辞と快諾の意を申し伝えなさい」

 

 などと促す。ガチガチに緊張したレーベ、ダーラ、エリザは順番に謝辞を述べた。

 自分の番になっても、サチは口を開かず、高座にいるシーマをにらんでいた。


「ほら、サチ、ご無礼のないようにな?」


 アスターがしつこく促しても、サチは口を開こうとしない。

 沈黙が長かったために、諸侯たちがざわつき始めた。シーマは勝ち誇った笑みを浮かべ、サチを見下ろす。大勢の見ている前で、自分を追い詰めた張本人に頭を下げさせたいのだ。さらに、アスターが火に油を注いだ。


「サチは陛下の寛大な措置に感激し、言葉が出ないのです」


 ──もう……黙ってろよ……


 ユゼフは言ってやりたかったが、王の御前なので我慢するしかない。にらみ合いはしばらく続いた。

 事情を知らなければ、のぼせてしまったのだと思われるだろう。二人の性格をよく知るユゼフだけがヒヤヒヤしていた。

 やがて、ざわめきが大きくなり、アスターがまたお節介を焼きそうになったところで、


「ご厚情感謝いたします」


 サチの落ち着いた声が広間に響き渡った。

 見ると、うっすら笑みを浮かべている。愛想笑い、でもない。不敵な笑みといったところか。怒りを表に出せば、シーマを喜ばせるとわかっている。サチの目には憤怒が燃えていた。

 なにはともあれ、おとなしく謝辞を述べてくれたので、ユゼフは胸をなで下ろした。つぎにシーマの視線はアスターへと移る。


「ダリアン・アスター、追放前に所持していた領地バム島と居城を返そう。また、以前の爵位は男爵だったが、新たに侯爵の位を授ける。だが、王議会の復帰は認めない。それには理由がある……」


 そこまではよかった。そのあとの下知は、ふたたび王の間を騒然とさせることになった。


「私は王になったばかりで、右も左もわからず困っている。聡明なアスターに、力添えして頂きたい。新しく始動した国政に携わる大臣として……」


 そこまでシーマが言うと、脇に控えていた大臣たちの目が泳ぎだした。シーマはどのみち、この大臣たちを一掃するつもりだし、遅いか早いかだけの違いだ。


「ダリアン・アスターを国防大臣に任命する!」


 アスターが今にも高笑いしそうな顔で一歩前に進むと、大臣の一人が泡を吹いて倒れた。怒号とヤジ、歓声が入り乱れるなか、シーマは平然と続ける。


「現在、騎士団長の席が空いたままになっている。次の長が決まるまでの間、アスターには騎士団長もご兼任頂きたい」

「重きお役目、心して承ります!」


 アスターは声を張り上げ、正々堂々と拝命した。王の間の入り口付近で控えていた騎士たちが喜びの声を上げ、盛大な拍手がわき起こる。


「アスター様、おめでとうございます!」

「アスター様、お帰りなさい!」


 騎士たちは口々に叫んだ。倒れた大臣が担ぎ出されたあとも、拍手は鳴りやまない。この国議が始まって、一番の大盛り上がりとなった。わずかなブーイングは大歓声に呑まれる。割れんばかりの拍手は、アスターが人差し指を立てることで止まった。


 最後はユゼフの番だった。

 シーマはゆっくり深呼吸し、ユゼフに笑いかける。何を言うかはもうわかっている。王の間は混沌とするだろう。アスターの時のように味方はいない。

 別にユゼフは怖くなかった。アオバズクの緑湖城で決意してから、人の感情が些末事に感じられる。単にシーマを支えたいというのではなく、導きたい、この国を変えたいという想いがユゼフの心を占めていた。

 犠牲の上に得た権力だとしても、正しい方向へ導こうとすればできるはずだ。


「ユゼフ・ヴァルタン、その父エステル・ヴァルタンの爵位、領地、居城、その他すべての財産の相続を認める。そして……」


 シーマはいったん言葉を切った。そして無意識か、意識的か……右腕の傷痕を服の上から触る。三か月半前、ユゼフとした誓いを思い出しているのかもしれない。


「ユゼフ・ヴァルタンには国王、このシーマの右隣に座ってもらう」


 一瞬、なにを言っているのか、理解できなかったのであろう。諸侯たちは、一様にポカンとした表情をした。


「ユゼフ・ヴァルタンを宰相に任命する!」


 その一言で、王の間は狂騒の渦に呑まれた。

 ユゼフの返答は怒りの声にかき消される。シーマの口はまだ動いていたが、声は届かなかった。


「静粛に! 静粛に!」


 アスターが諸侯たちのほうへ向かっていった。

 オーガのごとく立ちはだかるアスターを前に諸侯たちはたじろいだ。少なくとも、手前にいる者は静まる。アスターは声を張り上げた。


「我々は魔国で魔人と戦った! 数百を超える死人と戦った! グリンデルではオートマトンとも戦った!……すべてはディアナ妃殿下をお守りするためであった。この中に魔人とオートマトンの両方と戦った者はいるか!? いるなら、ここに出てきて意見せよ!」


 アスターの一喝により、広間は水を打ったように静まり返った。


「壁の向こうで安穏としていたわけではない。命がけでずっと戦っていたのだ。そして、ここにいるユゼフ・ヴァルタンは、魔国にて謀反人イアン・ローズを討ち取った。国を混乱に陥れた大罪人を断罪したのは、他ならぬユゼフ・ヴァルタンである! 陛下のご英断に反論のある者は、このアスターが相手しよう! 精霊の御名のもと、正々堂々と戦え! それができぬのなら黙れ!」


 アスターが恫喝し終えると、入り口付近にいた騎士の一人が手を叩き、それはパラパラと広がっていった。

 シーマがユゼフに玉座の近くへ来るよう、目で知らせる。ユゼフは階段を上って、シーマのもとへ向かった。騒ぎが収まったことで、自然と頬が緩む。人によっては権力を得て高揚しているのだと、誤解するかもしれない。


 緩やかな階段を一段一段、踏みしめる。足の底から伝わってくる冷気と、硬い石の感触が気持ちよい。

 玉座がすぐ近くに見えた。どこか懐かしい、心安らぐ奇妙な感覚。張り付けた笑みではなく、嬉しそうに微笑むシーマが手を差し伸べている。鈍いユゼフはシーマの無邪気な顔を見ることで、気持ちが高ぶってきた。これは友と二人でつかみ取った勝利だ。

 俺の右側はおまえのためだけに空けておく──冗談かと思っていたのに、シーマの言ったとおりになった。最初は望んでなかったとしても、今は力になりたいと、ユゼフは強く望んでいる。


 ふと、誰かに見られている気がして、ユゼフはシーマから視線を外した。つぎの瞬間、息が止まる。

 ユゼフを見ていたのはディアナ。愛しいひとだった。

 深い湖の底と同じ色の瞳が、責めるように見つめている。それまで、少しもこちらを見てくれなかった彼女が、ありったけの憎悪をぶつけてきたのだ。

 ディアナは勢いよく立ち上がった。バネ仕掛けの人形を思わせる動きだ。


「ディアナ、どうした?」


 シーマが尋ねたとたん、ディアナの身体から力が抜けた。国議という重要な場で、ユゼフの真ん前で彼女は倒れた。

あと数話で第一部が完結します。

第二部は二週間後、11/13(土)より連載開始予定です。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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