59話 アオバズクへ
「あなた方が鉄の城に来ていることをなぜ知ったか、ですね……それは我々が霊とお友達だからです。城の至る所に昔、ここで亡くなった仲間たちの霊が漂っています。あなた方が来ると早速、霊たちはアオバズクに知らせてくれました」
聞いてもいないのに、ハンスは疑問を解消してくれた。
青い炎で灰と化した文の残骸がユゼフの指の隙間からこぼれ落ちる。
「よくわからぬが……アオバズクの許可も得たし、すぐにでも出発していただけると、こちらとしても有難い」
中央で椅子にもたれかかるバルツァー伯爵が口を挟んだ。
国境付近を警備する大任を負っているせいか、バルツァー卿は近寄り難い雰囲気を漂わせている。大柄で逞しいのは海の男らしかった。顔半分は固く黒々とした髭に覆われ、貴族の身なりをしていなければ盗賊と見分けがつかない。
ユゼフたちを連れてきたユリウス・ブランケからヘリオーティスのことや、アナンの息子のアキラが亡くなったことを聞いているのだろう。厄介事からは、さっさと手を引きたいといった様子だ。
アキラの死を知ったアナンが事情を聞くため、ユゼフたちを引き留めるのは必至である。そうなるまえに、早くここを立ち去りたかった。
「それではすぐにご支度なさってください。我々の城、緑湖城へご案内いたします」
ユゼフが言うまえに、ハンスはいつも先に答える。ユゼフたちは狐につままれた状態のまま、謁見室の外へと出された。
十数分後、鉄の城の甲板には八頭の一角獣が用意されていた。
大きな翼に鋭い角が天を突く。彼らの毛は純白というか銀色に近く、微光をまとっていた。獰猛なグリフォンとは違い、穏やかな瞳は澄んだ海の色をしている。
「ユニコーンを人数分、ご用意いたしました。ワンちゃんはボクが抱いて行きます。ご安心を。馬よりおとなしく賢い動物です」
ハンスはにこやかに言い、背中の薄羽を羽ばたかせて宙に浮いた。ハンスに従い、付き添いの大人たちも浮かび上がる。
ユゼフは戸惑いながらも、優美な一角獣に跨がった。
ユニコーンの背中は温かく、体を流れる精気は優しさを放っている。たしかに馬より扱い易そうだ。獰猛なグリフォンとは雲泥の差がある。
他の皆もユニコーンに乗ったが、レーベとエリザだけが臆していた。
レーベはこわごわ、ユニコーンの背中をなでている。その隣のエリザも不安そうな面持ちで、ユニコーンを見つめた。
馬と違い、鞍も手綱もユニコーンには付いていない。グリフォンは二人乗りだったし、空飛ぶ獣に一人で乗るのは勇気がいるのかもしれない。
「ご心配なのであれば、二人でお乗りください。しっかり、つかまっていれば大丈夫ですよ」
見透かしたようにハンスは二人へ声をかけた。
レーベとエリザは向かい合い「うん」と、うなずき合った。どうやら覚悟を決めたようだ。
まず、レーベはレグルスに蔓をたくさん出させた。それで互いの体をグルグル巻きにして繋ぐ。さらにユニコーンの体に蔓を巻き付けた。
その間、ハンスは鮮やかなオレンジ色の瞳で見守っていた。神秘的な印象を与えるのは造形だけではない。よく見ると、全身に微かな光をまとっている。魔国に住む魔人が闇をまとうのと等しく、彼らは光をまとうのである。
──同じ亜人でも種族の違いでここまで変わるものなのだな
そんなことを思いつつ、ユゼフが眺めていたところ、ハンスと目が合った。にっこり微笑む顔に敵愾心のようなものを感じ、ユゼフは目をそらした。
邪気はまったく感じないのだ。それなのになぜか……
全員がユニコーンの背に跨り準備が整うと、ハンスは供人たちと空高く飛び上がった。
ユニコーンが一斉に大きな翼を広げる。
獣が羽ばたけば突風が起こり、見送りに出ていたバルツァーの家来たちは身を屈めた。
風に巻き上げられた、という感じだろうか。浮揚したとたん、感覚に慣れる間もなく上へ上へと昇っていく。
鉄船を模した城はたちまち小さくなっていった。気づいた時にはもう、竜口半島の向こうの海まで見渡せる上空だ。
赤い月は手が届きそうなくらい近く、遥か下の地上には天灯の輝く街道が見える。ソラン山脈から夜の町と運河を見た時よりも、高く上がっているかもしれない。
不安定な体感がユゼフにとっては、少々居心地悪かった。やはり、乗り慣れたグリフォンとは違う。だが、それよりも足下に広がる壮大かつ精巧な世界だ。ユゼフの目を奪い、なによりも勝る解放感を与えてくれる。外界へと続く暗い海、鉄とガスをもたらす隆々たる山々……白い花を稲穂のように揺らすジギタリスの草原。
世界はこんなにも広く自由だ……
シーマの手紙、ディアナのこと、死んだアキラのこと、イアンのこと、逃げたカオルたち、主国にいる母と妹たち、グリンデル王国とサチのこと、古い歴史書とシーバート、ティモールのこと……思い悩んでいたことが全部、どうでもよくなってくる。
悩み事は水蒸気となりプシューッと抜けていく。抜けていった水蒸気が雲を形作り、群れをなす。
雲の塊へ突っ込んだユゼフの視界は真っ白になった。が、次の瞬間には涙が滲むほど明るい太陽の下に出た。
藍色に塗られた夜の世界から一変、色彩豊かになる。柔らかい緑に覆われた大地が視界を広げた。よく磨いた鏡面みたいな田園と深い青色の湖が出迎えてくれる。
『ようこそアオバズクへ……あなた方を歓迎いたします』
ハンスの声が直接心に響いた。




