43話 忠兵衛から色々聞き出す(サチ視点)
御殿のそびえる山の麓。石垣で囲われた郭の先端に長屋は建てられていた。兵士たちの休憩所兼食事処だ。
サチはそこで皆と夕飯をとっていた。午前中、大けがをしたというのに、傷はもう塞がっている。人ならざる者ゆえにだろう。助かってはいても、複雑な思いだ。
暁城の大部分はエデン式に造られていたが、内部はところどころ大陸式であった。長屋も畳の部屋が二割に、あとは板張りの土足。長細い建物の形に沿って、長テーブルと椅子がいくつも置かれている。
端に位置する厨房はカウンターで区切られており、食事時には鍋や鉄板に載せられた山盛りの料理が並ぶ。
太陽の恵みがないため、生野菜はない。野菜は漬け物か干したものがほとんどで魚も同様だった。だが、暗い場所でも家畜の飼育や狩りはできるのだろう。肉類は豊富にあった。
なかでも、サチが気に入っているのは猪だ。豚ほど甘くなく歯ごたえがあり、旨味が濃い。赤身と脂肪の配分もバランス良いし、味が均一すぎる家畜とは違う良さがある。
この猪肉を赤味噌で漬け、炭火で焼いてあるものが取り放題。炭の香りも良いし、癖のある赤味噌と猪肉は非常によく合う。
──失礼ながら、兵営の食事とは思えない出来ばえだ。日の射さぬこの環境下で、兵士の健康を気遣い、おいしいものを提供するとは、なかなかできることじゃないよな
こんなふうに感心し、サチは舌つづみを打った。他にも山椒の葉を添えたゴマ豆腐や蕗と筍の炊き合わせ、蕨の炊き込み御飯など。桜葉を巻いて焼いた白身魚もある。これも香り良し。野菜類のほとんどは隣のモズから取り寄せたらしい。現地産は日持ちし、暗くても育つよう改良されたものだ。
ユゼフ、アスターも同じテーブルについていた。ユゼフたちは晩餐に招待されることもあったが、最近はサチたちと一緒に食べている。こちらのほうが気楽なのだろう。片や、イザベラ、エリザの女性陣はアナンと食事した。
食事の味が良いのは置いといて、サチの近くに座ったラセルタがまたホラを吹いている。今日は襲った馬車に乗っていた令嬢に惚れられた話だ。よくもまあ、次から次へと……毎度、本気にしているダーラが気の毒ながら、サチは思わず吹き出してしまった。一度、タガが外れると、もう止まらない。大笑いだ。ものすごい出血量にめまいを覚えたのが嘘のようである。
レーベとダーラはテーブルの下のレグルスとマリクに食べ物を与えながら食事している。マナーのゆるいところも、ありがたい。
アスターの横には忠兵衛が座り、小言をブツブツ……地位も徳もある人にアスターは言い返せず、渋面だ。忠兵衛はアスターの信奉者のように見えて、意外と斟酌しないのである。これもまた良し。
サチの向かいに座るユゼフが尋ねた。
「クリープは?」
「ああ、気分が悪いと言って部屋にいる。俺のことなら、もう大丈夫だから気にしなければいいのに」
事故のあとの朝食にも顔を見せていなかった。
「頭部のケガは数日、様子を見たほうがいい。あとからダメージが来ることもある」
ユゼフは慎重だ。「じつは人間じゃないから大丈夫」とは言えず、サチは素直にうなずいた。
そのユゼフの隣から、野太い声が聞こえる。アスターだ。
「まったく……」
アスターは暗いオーラをまとうアキラを見やった。アキラは皆から離れた所に一人で座っている。家族とも食事せず、誰も寄せつけず、サチたちとも食べようとはしない。陰気である。
アスターが忠兵衛に尋ねた。
「あのように、うまくいかないことがあると、殻に閉じこもるのは子供のころからか?」
「いえ。明るく快闊なお子様でした。変わったのは、まえの奥様とご兄弟が去られてからです」
忠兵衛は憐れみのこもった眼差しをアキラに向け、話し始めた。
「まえの奥様、セレーネ様は正式な奥様ではありませんでした」
「愛人か?」
「いえ。もともとは事情があって、この城でしばらくお預かりすることになった貴人と聞いております。お子様を妊娠された状態だったので……」
「なるほど……」
「リュカ様……ラール卿とセレーネ様の間にアキラ様とロリエ様が誕生されたのは、仕方のないことです。とても、とても美しい方だったので……」
「む、カオルは? ひょっとして、最初に妊娠していた子供か?」
「カオル様をご存知で?」
忠兵衛は目を見張った。
「ん、まあ、ちょっとな……しかし、いったいどういうことだ?」
「……それが、いろいろと複雑で……カオル様の父上のエンゾ様、エデン卿は殿の双子の兄上なのですよ。そのご縁もあり、セレーネ様はカオル様を身ごもった際に暁城でお預かりすることになったのです。だから、カオル様とアキラ様は腹違いでもお顔がそっくりなのです」
「……だとすると、なにか?……貴族の娘が私生児を孕み、隠れて産むために相手の兄弟の家の厄介になったが、その兄弟ともできてしまい、ガキを二人産んだってわけか!? すごい話だな、おい!」
アスターは配慮という言葉を知らないらしい。
「そのような言い方はおやめください。高貴なご婦人なのですから……」
「なーにが高貴なものか? 娼婦のほうがまだ節操あるぞ? 相当のアバズレではないか」
「ちょ……アキラ様に聞こえてしまいます! 無礼な物言いはやめてください」
忠兵衛はアキラのほうをチラチラとうかがった。アキラは表情を変えず、こちらを見ようともしない。
「そういうわけでセレーネ様は時が来れば、元のお住まいに戻るご予定でした。ロリエ様はまだ幼かったために連れて行かれましたが、カオル様とアキラ様は置いて行かれたのです。アキラ様はその時まだ十でした……」
情の深い忠兵衛はしんみりして、声のトーンを下げる。
「カオル様はセレーネ様を追って姿を消し、アキラ様は一人ぼっちになってしまわれました。そして、アナン様は三人がいなくなって一年もたたぬうちに今の奥様、エメリア様とご結婚されたのです……」
そこまで話すと、忠兵衛は少し涙ぐんだ。当時の情景が思い浮かび、憐憫の情が抑えられなくなったようだ。
スキャンダルをおもしろがり、笑っていたアスターはエールを口に含んだ。
アナンはエデン卿と双子の兄弟……エデン卿はローズ城の剣術指南をしていた男である。ローズ城にサチが仕え始めたころはもういなかったから、対面していないが、話には聞いている。
──ん? カオルはローズ城で剣を教わっていたと言っていたぞ? もしかして、父親に教わっていたのか?
エデン卿は当時三十代の前半くらいだったから、ずいぶん若い時に作った子のようだ。不義の子という劣等感がカオルを卑屈にさせていたのかと思うと、かわいそうになってくる。下世話な好奇心で聞けるような話でもない。
「エメリア様は一年後にユゲン様をお産みになり、アキラ様の居場所はすっかりなくなってしまいました。エメリア様はお優しい方ですし、アキラ様のことも受け入れようとされていましたよ。ですが……おわかりになるでしょう?」
忠兵衛は同意を求める。
「そのころのアキラ様はまだ少年とはいえ、いろいろなことがわかる年齢になられていました。ご自分が公にされない存在であること、この家の正統な跡取りではないことはもうおわかりでした。それに加え、出て行った母上のセレーネ様から捨てられたと感じられていて、同時に頼れる兄上もいなくなってしまったのです。また、カオル様と腹違いであるという事実も、アナン様との溝を深めてしまいました……」
忠兵衛の話は悲壮感に満ちている。自身が不遇な少年時代を過ごしたのもあり、サチは同情してしまった。
──アキラもただの不良かと思ってたけど、事情があったのだな。カオルとは長い付き合いなのに、なにも知らなかった。もうちょっと、あいつの身になって話を聞いてやればよかったな
カオルとウィレムの裏切りにより、王城を奪われてしまったこと。チェックメイトまでいって、シーマに負けたこと──カオルたちと良い人間関係を築けなかった自分に責任があると、サチは思っていた。カオルの不幸な生い立ちを聞いて、その気持ちはいっそう強くなったのである。
──あいつらが俺の身分を見下すのって、劣等感からだろう。たぶん、知らず知らずのうちに、俺は馬鹿にした態度をとっていたのかもしれない。イアンのことは一応立てなきゃって気遣えたけど、あいつらに関してはほぼ無関心だったからな。ほとほと、イヤな奴だよ、俺は
そんな反省をサチがしていたところ、アキラが席を立った。ユゼフが慌てて箸を置く。
「アキラ!」
格子戸をガラガラと開けて、外へ出ようとするアキラをユゼフが呼び止めた。しかめっ面で振り向くアキラに、
「聞きたいことがあるんだ……歩きながらでいい」
ユゼフは小声で言った。




