34話 敵味方
アスターに叱られ、うなだれるダーラをイザベラは引きずっていった。彼女たちが離れ、話し合いは再開する。
「ラセルタは剣が使えるし、縄梯子を外しても中へ入れるから最後まで残ったほうがいい」
ユゼフはアスターの顔を見た。アスターは首肯する。
「そうだな。クリープにまず様子を見に行かせ、櫓の上から合図してもらおう。それから女子供を先に行かす。それで、もう文句はないな?」
やっと納得したサチは、鋭い視線を送るアスターに笑みで返した。
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クリープが城壁の向こうへ消えてから十分。そのたったの十分が、ユゼフにはとても長く感じられた。
櫓が見える位置の木立に身を隠し、ユゼフたちは息を潜めていた。
ダーラとラセルタは聖水の効果で尻尾や耳を隠している。差別が少ないカワラヒワでも、貴族の居城に亜人が入ることは憚られる。
ようやく櫓の灯りが三回点滅すると、全員から深い溜め息がもれた。あらかじめ取り決めておいた合図だ。
まず、非戦闘員であるイザベラとレーベから壕を下りていく。空壕だ。深さはだいたい十キュビット(五メートル)ほど。壕の底から上ると、城壁のてっぺんまでは二十キュビット(十メートル)はある。
イザベラたちは、音を立てずに縄梯子を上った。次にエリザ、サチ、マリクを背負ったダーラと続く。
緊張感に満たされるなか、小さな音でも敏感になる。誰一人として余計な音を立てる者はいなかった。若干ビクつきながら、彼らは上っていった。注意深く、でも遅すぎることのないように、一段、一段……踏みしめる。
静寂が破られるのは、城壁の頂上にダーラがたどり着いたころだった。
──近づいてくる!
ユゼフは傭兵の気配を感じた。すぐさまアスターとラセルタに合図する。ユゼフたち三人は光の札を剥がし、木々の合間に隠れた。
ゼニゴケで覆われた地面は柔らかく、足音を吸収する。感知できるのは甲冑の擦れ合う音と気配だけだ。
ひっそりと登場した傭兵二人を見て、ユゼフはアッと息を呑んだ。
「やっぱり気のせいじゃなかったすね! この縄梯子……もう行っちまったあとかな?」
「いや……森へ逃げ込む足跡が残ってっから、何人かはまだ近くにいるかもしれねぇ……」
ランタンで照らし、足元を調べる男たちの顔をユゼフは知っていた。
そう、彼らは……
止める間もなく、ラセルタが木の裏側から飛び出してしまった。隣から聞こえるのは、アスターの大きな舌打ちだ。
「ファロフ! イルハム!」
彼らはモズの盗賊たちだった。ファロフは魔国で一緒に戦った仲間だ。ユゼフの部隊にいたあのワーワー騒がしい奴。傭兵の仕事を得るため、今は緑の髪を黒く染めている。
イルハムは魔国へ行かなかった居残り組である。顔は知っているが、ユゼフと話したことはない。かなり大柄な男だ。筋肉だけではなく脂肪もたっぷり付いている。ごわごわした無精髭と両腕にみっちり彫られた刺青、右頬の剣傷が目を引く。合うサイズがないのか、胴鎧を付けていても腕と大腿部は剥き出しで、いかにも盗賊らしい風貌の男だった。
「ラセルタじゃねぇか!? アスターたちも一緒なのか?」
親しげに問いかけるファロフとは反対に、イルハムは忌々しげにラセルタを見た。それから、首から下げていた笛を手に取った──
ファロフの笑顔が凍り、高音が残酷に静寂を切り裂く。その音は金切り声にも似ていた。イルハムが笛を吹いたのである。
「……どうして?」
驚いたのはラセルタだけでなく、ファロフもだった。イルハムは落ち着き払って、腰のサーベルを抜いた。
「城に入ろうとする奴はガキだろうが、女だろうが、捕らえるか殺せと言われてるだろうが?」
「でも、ラセルタは仲間っすよね?」
ファロフはわずかに震え、後ずさる。
「じゃあ、アスターとオメェらの敬愛するエゼキエル王の生まれ変わりも仲間か!? ふざけんじゃねぇ! 邪魔すんなら、テメェもぶっ殺すぞ!」
イルハムがサーベルを振り上げ、ラセルタに向かっていったのでファロフは避けた。反射的行動でラセルタを見捨てたわけではない。そうユゼフは信じたかった。かたや、イルハムは殺す気まんまんである。
パワー系を緩慢などと侮ってはいけない。特注サイズのサーベルがラセルタの頭上へ落ちてくる。ラセルタは素早く身を屈め、後ろへ飛んだ。着地と同時に、子供の体躯には大きすぎる普通サイズのサーベルを抜く。
チョッ……イルハムは舌打ちし、サーベルを構え直した。舌なめずりする顔は凶悪だ。同じ釜の飯を食った仲間だと、ユゼフは思いたくなかった。だが、盗賊とは本来このようなタイプが多数である。ユゼフは本来の彼らを忘れていただけなのだ。
「そうそうファロフ、オメェは下っ端だから聞いてねぇかもしれねぇが、雇い主様の標的はアスターとユゼフ・ヴァルタンだ。その仲間もしかり」
剣を肩の高さに構えると、殺意を全身にたぎらせ、イルハムはラセルタに突っ込んでいく。
見ていられなくなったユゼフはアルコを抜き、木々の中から飛び出した。気づかれる直前にイルハムの腰を峰打ちする。が、分厚い肉と甲冑に遮られビクともしなかった。
イルハムは標的をユゼフに変えた。思いっきり振りかぶってくる。通常より大きく重いサーベルが振り下ろされる。
キン──
硬い金属音が鳴り響き、特大サーベルを受けたのはアスターのラヴァーだった。
「馬鹿者! おまえは手加減できるほど強くなかろうが!」
アスターは怒鳴りつけ、イルハムのサーベルを押しのけた。
下がり、イルハムはサーベルを中段に構える。ユゼフとアスターは並んで剣を構えた。
ユゼフが峰打ちしたのは親しくないとはいえ、一か月間アジトで一緒に過ごした男を殺したくなかったからである。頭に浮かんだのはジャメルやシリン、死んだアルシア、ホスロー、ザール、ミラード……魔国で共に戦った仲間たちの顔だった。
「遅ぇじゃねぇか」
イルハムは口の端を上げて、いやらしい笑い方をした。
いつの間にかユゼフたちは傭兵に囲まれていた。今のところ、六人。城壁の周囲は木が伐られてあるから、十人程度なら存分に戦えるだろう。
笛の音はよく響いた。これからどんどん集まって来る。
傭兵たちのうち、三人はモズの盗賊だ。皆、簡易な甲冑を着込んでいる。彼らの背後でおろおろするファロフが見えた。ラセルタはどこかへ逃げたが、気配を感じるので近くに潜んでいるのだろう。
イルハムが声を張り上げ訊ねる。
「ユゼフ、王女を助けた報奨金はまだか?」
「もう少し、待ってくれ……」
盗賊たちは鼻で笑った。
「もう、待てねぇな? オメェらを殺ったほうが手っ取り早そうだ」
イルハムは薄笑いを浮かべ、仲間たちを見る。そして唐突に叫んだ。
「アスター、ユゼフの大将首は百万リアルだ! 気張って行け!」
傭兵たちの士気を鼓舞するには充分だった。彼らは囲みを狭めてきた。殺気が皮膚をなでる。
ユゼフの首に狙いを定め、尖った視線を刺しつつ、イルハムは話し始めた。
「ユゼフ、アスター、オメェらが現れてから、オレたちの秩序は崩れた。まず、五首城で仲間が何人も殺られた。オレらはユゼフ、オメェを許しちゃいねぇ……」
五首城で盗賊の襲撃を受けた時、ユゼフは炎をまとう投石で攻撃した。しかし、被害の半分が魔甲虫によるものだったと聞いている。イルハムにとっては、魔甲虫の攻撃もひとまとめにユゼフのせいらしい。
アジトにいた時、彼らの三割を占める亜人以外は確かに友好的ではなかった──ユゼフは思い出した。イルハムは続ける。
「アナン様がいなくなり、その後継であるバルバソフ様、カレン様が魔国で死んだ。金になるか、なんねぇかわかんねぇようなヤマで、だ。そんで、戻ってきたジャメルとかいう亜人野郎がデカい面しやがる。盗賊の頭は一番腕の立つ奴がやるんだ。けどな、亜人野郎がいくら強くても、人間様は誰も従わねぇよ? それがわかってるから、ジャメルの野郎はオレに頭を譲ったのさ」
イルハムは唾を吐いた。
この話を聞いてごく自然に、当たり前のように……ユゼフはジャメルを心配していた。おそらくはアスターも……
ジャメルは説教臭いところもあるが仲間思いでいい奴だし、アジトに妻子もいる。腕を失ったシリンはどうしているだろうか? ホスローは? ザールは? ミラードは?
つぎつぎに魔国で戦った仲間の顔が思い浮かんでは消えた。傭兵たちの囲いはどんどん近くなる。彼らの目はただ獲物を追っているだけだ。
ユゼフは気づいた。
──そうだ……あいつらも盗賊だったんだ……
ジャメルも、シリンも、ホスローも……みんな……友人のように接していたが、彼らは金で雇った盗賊だった。すっかり忘れていた……
イルハムはユゼフの喉元にずっと剣先を合わせている。野獣の目には一片の迷いも感じられない。
「オレの親父はヘリオーティスにいた……」
イルハムの言葉に、ユゼフは全身の毛が逆立つような悪寒を感じた。
ヘリオーティスというのは、元は貧しい労働者階級が権利を求めて興した自由主義的民権団体である。それが時を経て血統の純潔を謳うようになり、亜人や旧国民を攻撃するようになった。特に亜人に対する憎悪は激しく、計画的に暴行、殺害を繰り返している。
「オレはオメェらみてぇな泳げねぇ土人どもが、大っ嫌いなんだよ!!」
圧倒的殺意と憎悪──
イルハムは叫ぶなり、ユゼフの喉元にサーベルを突き刺そうとした。
ユゼフの中でタガが外れた。
──あの時と一緒だ
魔国でグリフォンに乗って女の魔人と対峙した時のこと。猛烈な勢いで突っ込んで来る魔人が鼻先まで来た時、頭の中で何かが外れる音がした。
次の瞬間、イルハムの首は跳ね飛んだ。
それを皮切りに他の傭兵たちも襲いかかってくる。悟った時には人数は倍だ。十一人対二人……
ユゼフはそっと目を閉じた。




