33話 彼は気付いてない
ユゼフたちが真面目に話し合っている間、ダーラ、イザベラ、エリザ、レーベの四人は数十歩離れた所で待機していた。基本、話し合いはユゼフ、アスター、サチの三人で行う。他はクリープやアキラみたいに参加する気がないか、幼すぎるかのどちらかである。
「ダメよ! ダーラ、やめて!」
イザベラの叫び声に振り返ると、ダーラが走ってくる。ダーラの背後には髪を振り乱し、オーガの形相で追いかけるイザベラが見えた。薄闇のせいで陰影が濃く、おどろおどろしい。なにをそんなに切羽詰まっているのか。今にもダーラは取って食われそうだった。
獣の速さで風を連れ、ダーラはサチの前に立った。突然、向かい合うことになったサチは瞠目している。
ユゼフの隣でラセルタが反射的に剣柄を握る。いったい何事かとユゼフも身構えた。瞬間的に懐に入り込まれたのだ。これが敵だったら、生死に関わる。
敵の目をくぐり抜け、城内へ入り込む相談をしている最中。その城内も完全に安全とは言い切れないため、議論を重ねていた。真剣に話し合っているところに飛び込まれたら、誰だって肝をつぶすだろう。
しかし、勢いよく登場したにしては、ダーラはニコニコしており、緊張感がなかった。
「サチ! イザベラが勇気でないから、おいらが代わりに言う……」
「待って! 待ちなさい!」
後ろから追いついたイザベラが、ものすごい剣幕で怒鳴った。怖い。空気の読めないダーラを一瞬で萎縮させるほどの迫力があった。くわえて、二人とも常人離れした速さだった。ダーラは亜人なのでまだわかるにしても、イザベラの身のこなしは腑に落ちない。
「……なに?」
怪訝な顔のサチは、イザベラとダーラの顔を交互に見る。驚異的な身体能力を駆使し、突然やってこられたら当然だろう。なにか重要なことを思い出したのか、敵が迫ってきているのかと思う。
イザベラは顔を真っ赤にした。乱れた髪に差していた花がホロリ落ちる。丸い花弁からポヨポヨ突き出す花芯が腐葉土の上で揺れた。
イザベラはダーラの胸ぐらをつかんで、連れて行こうとした。ダーラはイザベラに怯えながらも、納得できず頭を振った。
「なんでもないの! なんでもないのよ!」
「でも、まだ言ってない」
ダーラは興奮した状態のイザベラに訴える。イザベラが激怒した理由がなんなのか、いまいちわかっていない様子だ。ユゼフたちも、わけのわからぬやり取りを見せられ、困惑する。
状況から察するに、緊急性のある話ではないと思われた。耳のいいユゼフには聞こえていたのだが、イザベラたちが話していたのは誰が好きだの嫌いだの、他愛のないおしゃべりである。ダーラのとぼけた顔や、イザベラの羞恥心むき出しの顔を見て、緊張感は抜けていった。と、同時に沸々と怒りが沸いてくる。
今は戦地にいるのと同じ。命を狙われている状態だ。幼いからといって、キャッキャッとふざけていいこともない。
「こっちは大真面目に話をしているのだ! おまえたちは、あっちへ行ってなさい!」
ユゼフの代わりに叱ってくれたのはアスターだった。髭の強面に怒ってもらうほうが効果覿面である。ダーラはいっそう小さくなった。しょげ返るさまは、叱られた子犬と大差ない。
出会ったころより、アスターのおかげでだいぶ落ち着いたと言えよう。良い意味で躾られている。ダーラの場合、物を知らぬだけで知能は高い。時計の見方も教えれば、すぐ理解したし、読み書きの覚えも早かった。空っぽな脳は、海綿のごとくなんでも吸収する。欲を持たぬ純真さは武器だ。
アスターはこの獣人を気に入り、そばに従わせるようになっていた。
「ごめんなさい……」
何はともあれ、尻尾を下げ、耳を寝かせたダーラはイザベラに引っ張られ、もといた場所に戻った。




