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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(後編)三章 眠り王子は目覚める
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29話 カオルとアキラ(アキラ視点)

 陽に当たらなくても枯れぬ森。

 マリクを連れたアキラは、ティモールとウィレムのあとについて、暗い森を無言で歩いた。三人と一匹が呼吸する音、地面を踏む音、葉擦れの音の他は何も聞こえない。


 数百年前、アンデッドが主国ローズ領に押し寄せたことがあった。この時、世界規模で魔物たちの活動が活発化したと言われている。魔の国から遠く離れたカワラヒワにも、魔物が出現するようになった。柊の森は魔防のために作られたと聞いている。

 現在、木々は白い花をたくさん咲かせ、辺りは甘い香りに満ちている。アキラは母にこの花を毎年プレゼントしていた。

 目を閉じれば、瞼の裏で花を髪に差し込む母の姿が蘇る。母は尖った葉で、傷だらけになったアキラの手に薬を塗ってくれた。


 ──なんでこんなことを思い出す? だから、ここには戻りたくなかったんだ……


「ここだ」


 ティモールの声で顔を上げると、暗緑の天蓋が割れて月光が差し込んでいた。林間の広場に数十人の兵士が控えている。彼らは座ったり立ったり、自由な姿勢で休んでおり、装備はいい加減だった。

 その兵士たちに混じってカオルの姿が見えた。暁城の裏手門から数キュビットしか離れていない位置である。

 傭兵は二十人くらい。表門にも配置しているだろうから、もっとか。半分は見知った顔だった。

 

 モズの盗賊たちだ。あろうことか、カオルはアキラのかつての仲間を雇ったのである。大部分が魔国に行かなかった連中だが、なかには先日、共に戦った者たちもいる。


 盗賊たちはアキラを見て、ざわついた。カオルが不審顔で盗賊たちの視線の先を見やり、ティモールの背後で見え隠れするアキラに気づいた。

 笑顔を見せるカオルは、母によく似ている。アキラは幼いころから、兄や母に似ていると言われるのが嫌だった。


「アキラ! 来てくれたんだな! 信じてた!」


 駆け寄るカオルに対して、アキラは下を向いた。カオルは構わずに尋ねる。


「傭兵たちが騒いでいる。知っているのか?」

「傭兵じゃない。あいつらは盗賊だ。オレはこの間まで盗賊だった」


 カオルは目を丸くしてから破顔した。


「信じられない。おまえが盗賊なんて……でも、よかった。来てくれて……」

「兄上、オレは……」


 カオルの視線はアキラの顔、人懐っこく舌を出すマリク、そして腰に差した粗末な(こしら)えの剣へと移った。

 

(ブラザー)はどうした? 連中に奪われたのか?」

「いや、預けてきた。兄上、オレはユゼフたちのもとに戻る。今は話をするだけだ」


 アキラは顔を上げ、はっきり伝えた。待っていたのは唖然としたカオルの顔だ。


「……あの剣は母上の形見だ……それをユゼフに預けただと!?」


 アキラがうなずくと、カオルは怒りで顔を赤くした。


「ここを離れる時、幼いおまえが心許ないだろうと思ったから、一番大切な物をあげたんだ。それをよりによって、あいつらに渡すとは……母上がどんな思いで……」

「オレたちを捨てた母だ」

「捨ててなんかいない!……母上が去ったのは仕方のないことだった。おまえも、もう気づいているだろう?」


「兄上、二人だけで話したい」


 アキラはこちらをチラチラうかがう以前の仲間や、ティモールの視線を感じて小声で言った。


「わかった」


 カオルが答えたので、アキラはマリクにそこで待つよう指示を出した。

 二人は東、城壁がある方向へと歩き出した。適度な間隔を空けて木々が立ち並ぶ。濃い青を塗りたくったような薄暗い森だ。

 子供のころ、昼間でも暗鬱な道は当たり前だった。沈黙に支配された今は、より淋しげに思える。


 森の中を通る一本だけの舗装された道は国境のほうへ続いている。八年前、アキラがカオルを追って通った道だ。道まで出て、初めてカオルは口を開いた。


「奴らと一緒に魔国まで行ったってことは……もう会ったんだろう? 母上に……」


 アキラは黙っている。カオルは続けた。


「おれはおまえを迎えに行こうと、学校を卒業してから暁城を訪ねたんだ。その後も何度か探しに……おまえが家出したと聞いて、ずっと心配してた。会ったら、すべてを話すつもりだったんだ」


 アキラは首から下げていたロケットを外し、カオルに渡した。


「マリクが……エデン犬が兄上の懐中時計を持っていた。兄上が持ってる母の形見はあれだけだ……無理やり奪われたのだろう? アスターたちはヴィナス王女の物だと思って預かっている……だから、代わりにこれを……」


 カオルはロケットの蓋を開けて、母の肖像画を確認した。


「これはおまえが母の顔を忘れないためにあげた物だ。だからおまえが持っていていい」


 アキラは首を振った。


「兄上が持っていてくれ。オレには剣がある」


 カオルは躊躇っていたが、ロケットを上衣の内側にしまった。

 

「さて、何から話そう?」

「母上が……()()()()()()が、壁の向こうに連れ去られてからのことが聞きたい」

「……そうだな。そこから話したほうが、今のおまえにはわかりやすいかもしれない」


 カオルは道を照らす赤い月を仰ぎ見た。


「母上は利用され、尊厳を踏みにじられ、命を絶とうとまでした……すべてはシーマが王になるために……」


 アキラに似た兄は囁くように語りだした。

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