26話 温泉にて(サチ視点)
サチは食べに食べた。オイルで炊いたご飯の中にホロホロの肉塊が入った炊き込み御飯や、豚の足、えぐった根菜に挽き肉を詰めたやつや、キビ酒と干しイチジクの入った糖蜜ケーキ……
寝ていた時間を埋め合わせるように食べ続け、サチはしゃべった。ゆっくりできないのは、髭オヤジの質問が終わらないからだ。もちろん、現在自分が置かれている状況についても説明してもらう。誰に、なぜ追われているのか。聞くより話す割合のほうが多かった。
不作法を嫌うサチは食べ物を嚥下してからでないと、しゃべれない。矢継ぎ早に浴びせられる質問のせいで、ほとんど丸飲みになった。
ローズ家での仕事内容。国境付近の調査中に呼び出され、イアンの謀反を知ったこと。イアンはどうやら、シーマの間者にそそのかされて謀反を起こした。サチが関与するのは王城戦からである。王城を手に入れるが、王とヴィナス王女に逃げられた。それから、リンドバーグの協力を得て、シーマの拠点シーラズ城を包囲する。しかし、オートマトンの援軍により形勢逆転。イアンとサチはイザベラ、ニーケと共に魔国へ逃げることとなる。
何も隠すことはない。自分が恥じることをした覚えはないし、正々堂々と受け答えした。
サチは、まっすぐにアスターの目を見て話した。通常であれば、真正直というのはシンプルに嫌がられる。世の中、後ろ暗い人間がほとんどだからだ。サチの毅然とした態度に反発心を抱く者は多い。
だが、アスターは違っていた。
「ふむふむ……おまえ、その話だと完全にクロじゃないか。もろ関わってるだろう? 主国に帰ったら、謀反人の家来として縛り首になるぞ?」
そんなことを平気で口にする。どう考えても、腹黒いオヤジなのだが、サチの視線から逃げようとしなかった。
──かつて、主国で英雄と評されただけはあるな? とてつもなく嫌な感じのオヤジだが、俺のことをよく観察しているし、頭も悪くなさそうだ
サチは一応、アスターの名前ぐらいは知っていた。興味のあるなしにかかわらず、有名人の情報くらいは耳に入る。戦功をあげて大出世した田舎男爵だから、庶民に人気だった。それをわかってか、アスターはこんなことも言う。
「おまえ、クソガキみたいな見た目で、ユゼフたちと同年齢か? なんで、そんなにエラそうなのだ? 盗賊のガキどもの無礼は、物を知らぬから仕方ない。だが、おまえはそんなに馬鹿でもあるまい」
「そうだな。おっしゃるとおり、俺は賢いから人を見て話す。あなたの経歴やら評判も、もちろん知っているから、こういう対応だ。詳しくは言わずとも、わかるな?」
「くっ……かわいげのないやつめ。そうだ! おまえ、イジメられてただろう? 後ろ盾もないのに、そういう性格だと絶対にイジメられる。間違いない」
「まあ、そうだな。あなたみたいに傲慢な方にイジメられたかもしれないね。石頭は誤りを指摘されるだけで、激昂するもんだから」
「傲慢?? 傲慢だと!? どっちが!?」
言い争いは終わりそうもなかった。オロオロするユゼフを横目に、サチはこのやり取りを楽しんでもいた。アスターの目を見ると、やや目尻が下がっていたので同じだろう。アスターもサチと同じく、狡知に長けるタイプだ。屁理屈をこね回す。正反対のタイプからはズル賢いとか、悪知恵が働くと言われる。
──なんか、嫌だな。こういう、絵に描いたような悪人と自分が似てるのは。人の振り見て我が振り直せ、だ。これからは“ああ言えばこういう”を控えよう
「ちょっと外させてくれ。小用だ」
サチは適当なところで、切り上げた。数ヶ月の眠りから目覚めたばかりというのに、脳を使いすぎた。たんに疲れたのである。外気に当たりたいし、頭の中を整理したい。自分の置かれた状況だってまだ受け入れられないのに、詭弁を弄するオヤジの相手はキツい。
小用を済ませたあと、サチは好奇心から宿の外に出た。
──だって、夜の国だぞ? 昼間は赤い月が昇り、天灯を飛ばす。物語の世界が目の前にあるんだから、観光したくなるのは当然だろう?
大通りに面した宿の側面には、花崗岩から吹き出す温泉がある。
カワラヒワはガス資源が豊富なうえ、温泉まで湧いているのだった。
湯女たちが半裸姿で客の背中を擦っているのと、町女たちのグループ、それをチラチラ覗き見る男の入浴客が数人、それと恋人同士だろうか、手を繋いで入る男女が見える。人前で平然と裸体をさらせるのは、夜の国の民の特徴であろう。
立ち上る湯煙のなか、赤い月と空に浮かぶ天灯がぼんやり映し出される。それを囲うガス灯が、湯面に反射するさまは夢物語のようである。
見とれるサチの視界に、知っている横顔が映りこんだ。
クルクルした黒髪が、妹の誕生日に奮発した人形を思い起こさせる。白い肌に映える赤い唇は民話に登場するお姫様だ。どぎつい性格を知らなければ、惚れるかもしれない。いいや、彼女は高嶺の花。
うつむき加減のイザベラは、石の階段に腰掛けていた。
階段は途中からお湯に浸かる。イザベラは、はしたなくスカートの裾をまくり上げ、湯に入っているのであった。温泉に真っ白な足を浸すお嬢様の絵面は、なかなかに良い。芯の通った脛にふっくらした肉が適度につき、青い血管まで浮き出ている。
ゾクリ……美女の生足とは眼福だ。
離れた位置から眺めるイザベラは普段と違い、色っぽかった。
──寝ている間、彼女が俺の世話をしてくれたのだったな? ちゃんと礼を言わねば
上がる心拍数に後押しされ、サチはイザベラに近寄った。彼女は目と鼻の先まで来ても、全然気づいてくれない。ガス灯の黄色い光に当てられた頬が赤みを帯びている。恋する乙女はこんなふうに頬を赤らめるのだろうか? 長い睫毛にビーズみたいな水滴が光る。
「イザベラ……」
サチは思い切って、声をかけてみた。
イザベラの反応はふざけていた。ビョン!と飛び上がり、幽霊でも見たかのように目を剥く。直前までの可憐ながらも、エロティックな雰囲気が台無しになった。いつもの彼女である。
この反応で、サチの気持ちは半分くらい冷めた。
──俺は化け物か……そうか、そうだな。ひと月以上、虫に寄生されてたしな
サチは自嘲した。ともあれ、伝えるべきことは伝えなくては……
「横柄な態度を取って、さっきは済まなかった。」
イザベラは顔を真っ赤にして、下を向いた。怒っている。
「ユゼフから聞いたんだ。寝てる間に介抱してくれたことを……ありがとう」
「べ、別に構わなくってよ……わたしは人として当たり前のことをしただけだし……でも、あなたが寝ている間、そばにいてあげたのは、他でもないわたしなんですからね? あなたがそうやって素直にしてれば私だって……わたしの気持ちは、わかっているんでしょう?」
イザベラが話している最中、サチは嘔吐しそうになった。ひと月ぶりに食事をしたのだから、冷静に考えれば無理もない。
──うぅぅ……気持ち悪い
サチは最後までイザベラの話を聞いていなかった。どうせ、いつもの高慢かつ意地悪な毒を吐いているのだろう。「あなたみたいに育ちの悪い人にはわからないでしょうけど……」とか、「チビでかわいそうだから、哀れんであげただけよ」とか……今はそれどころではない。胃の中身が喉の上までせり上がっている。
サチは暗い所を目指して、走り出した。




