24話 サチは正しい
夜の国カワラヒワにてサチは目覚める。
友にすべてを話すつもりはなかった。
サチは目覚めたばかりだし、一度に話しても混乱するだけだ。
ユゼフはまず、集まってきた他の連中を部屋から締め出した。話すのはサチと二人だけのほうがいい。
「突然、こんな所で目覚めて、何がなんだかわからないと思うが、初めに言っておく。今のところは安全だ」
ユゼフは高揚する気持ちを抑えて言った。サチは淀みない視線をユゼフへ向ける。ツルンとした黒髪やきめ細かい肌は少年のものだが、アーモンド型の黒い目は怜悧だ。
「話してくれ。すべてを」
話は二ヶ月前、カモミールの月に遡る。カワウ国の王子との婚約儀式を終えたディアナ王女一行が帰路につくまえ、老人となったアダム・ローズが現れた。
アダムから時間の壁の出現を告げられた王女たちは、カワウ王家の動向を案じ、ただちに出立した。
行き先はソラン山脈。グリンデルへ繋がる虫食い穴がある……アダムの持っていた文には、グリンデル側の壁に通れる所があると書かれてあった。
途中、盗賊に襲われ、裏切り者のベイルにより王女護衛隊長ダニエル・ヴァルタンは討ち取られる。ユゼフは王女を連れて逃げたが、ソラン山脈の五首城で魔物に襲われ……
ここまで話してから、ユゼフはサチの顔色を窺った。サチはときどきうなずき、静かに話を聞いている。
話はだいぶ端折っているが仕方ない。ユゼフ自身が亜人で、不思議な力を持っていることは伏せておいた。それと、国を出るまえにシーマと交わした誓いのことも……
「大丈夫? 疲れてないか? このあと、盗賊たちに協力してもらって魔国へ行くんだけど……」
サチは鋭い視線を返した。
「おまえ、いろいろと都合の悪いことを話してないだろう?」
「え? あ……急に言っても、わかりにくいと思って……要点だけ話したから……」
ごまかせないのはわかっていても、ユゼフは動揺を隠そうとした。
「俺はすべてを話せと言ったんだよ。欺瞞はいらない」
毅然と言い放つサチは、数分前まで眠り続けていたのが嘘のように気丈夫だった。怒りのこもった目でにらみ、ユゼフの左腕を指差す。
「その腕を見せろ。おまえがニヤケ顔の下衆野郎と取り交わした誓いの印があるはずだ」
ユゼフは思わず服の上から傷痕を触った。
「なんで知ってる!?」
「あの人でなしの畜生が、得意気に話してたんだよ。それで俺を取り込もうとでもしたのか……」
ユゼフの視線は自然とサチの左腕に注がれた。勝手に見たことを知ったら怒るだろうか。でもサチだって……
サチはユゼフの視線に気付いた。
「ああ、これか? 俺がイアンと契約したことを言いたいんだな? だが、これはおまえも関係してる。やむを得ずやったことだ」
「やむを得ず?」
サチはリンドバーグを味方につけるため、少年時代の凶行をイアンに謝罪させた顛末を話した。
「俺は切腹の真似事までしてイアンを説得したんだ。その後、グリンデルから援軍が来なければ、確実に俺たちの勝ちだった……グリンデルに話を通させたのはユゼフ、おまえだな?」
ユゼフは答える代わりに、下唇を下げた。
「あのな、そのせいで俺もイアンも死にかけた。妹まで殺されかかったんだ。シーマの雇ったゴロツキどもに……」
「それはイアンから聞いた」
「それだけじゃない、王子を、子供や赤ん坊まで皆殺しにした。イアンの家来に間者を紛れさせて……そうだ! ニーケは? ニーケ殿下はご無事か!?」
「ニーケ殿下は今グリンデルにいる。イザベラが気を利かせて、逃げる時に置いてきた……」
シーマから受け取った文のことは絶対に話せない──とユゼフは思った。ニーケ王子の殺害を示唆するあの手紙のことは。
王子が無事だと知って、サチは表情を和らげた。
「とにかく、嘘やごまかしは許さない。おまえが崇拝しているシーマのためにやったことが幼い命を殺め、戦乱を引き起こそうとしている。瀝青城で行われた謀議もおまえが流した情報だろ? これが謀反のきっかけになった。国王が議会を通さず他国へ攻め入り、得た利益を近親者にのみ不当に分配しようとしていたこと、それを理由にイアンは謀反を起こしたんだ。シーマの放った間者に唆されてな?」
サチの言っていることは正しい。その談合にヴァルタン家は深く関わっていた。父や兄の会話や手帳を盗み見て、求められるままユゼフはシーマに報告していたのだ。
魔国へ行くまえにカワウの貴族を襲い、身代金をせしめた話をしようものなら、サチは間違いなく激怒するだろう。
そう、いつでもサチは正しいのだ。まっすぐで穢れたところが微塵もない。凛として誰にも媚びず、自分が信じた道だけを歩む。
一緒にいれば、自分の臆病で卑怯なところが際立って、みじめな気持ちになる。劣等感や敗北感を抱かずにはいられなくなるのだ。
ユゼフは下を向いて押し黙った。
「なんだ、今度はダンマリか? 俺はシーマのことは絶対に許さないからな!」
「……いつもそうだ。正論攻めにして言い負かす。でも、皆がサチみたいに清廉潔白じゃない。皆、脛に傷を持ってる。人を妬んだり、憎んだり、見下したりもする……」
本音を漏らした。これまで、ユゼフがサチに言い返すことはほとんどなかった。余計に怒らせると思ったが……
何を思い出したのか、サチの表情は変わり、引きつった笑みを顔に浮かべた。
「……そうだな。まずはおまえに礼を言うべきなのに責め立てたりして、すまなかった」
ユゼフは戸惑いつつも、サチが追及をやめたので胸をなで下ろした。
「今の状況はいまいち把握できないが、魔国で助けてくれたんだろう? ありがとう……」
「俺はいいよ。それよりクリープやアスターさんには、ちゃんと礼を言ったほうがいい。魔国からこのカワラヒワに移動するまでの間、意識のない君を背負ったり、ラバに乗せたりしてくれてたんだ……それと……」
イザベラのことを言おうとした時、サチが唇に人差し指を当てた。ドアの方を見ろと目配せされる。誰かがこちらを窺っている気配を感じた。
ユゼフは音をたてないようドアに移動すると、一気に開けた。
「ひっ!」
小さな悲鳴──
ドアの前にいたのはイザベラだった。イザベラはこれでもかってぐらい目を大きく開き、サチを見つめた。言いようのない緊迫感だ。
それから、イザベラはベッドのそばに駆け寄った。
「……サチ、起きたのね……よかった……本当に…」
彼女は溢れる涙と嗚咽を抑えきれず、顔半分を手で覆う。ユゼフは邪魔しては悪いと、部屋の外へ出ようと思った。
ところが、サチの視線は冷ややかなものだった。生死の境から蘇ったあと、恋人へ向ける視線ではない。好意を持っている異性に対するものでも、好みの女性に対するものでもなかった。
若干、嫌悪感の含んだ目で珍奇な動物でも観察するかのように見たあと、
「悪いが、ユゼフと大事な話をしてる。出て行ってくれないか?」
とだけ言った。感動の再会を夢見ていたであろうイザベラは、あまりの冷たさに呆然とした。
「言っただろ? 今、話し中なんだよ。盗み聞きはやめろよ」
これは気まずい──
サチの態度が冷淡過ぎるので、ユゼフは仲裁しようと思った。
「サチは目覚めたばかりで、困惑してる。まだ、今がどういう状況かもわかってないし……落ち着いたら、君ともちゃんと話せると思うから……」
「わかったわ……」
涙はショックのせいで止まっている。うなだれ、顔にかかった黒髪を直しもせず、イザベラは部屋を出て行った。




