17話 合流
城に着くと、シーバートは早速出迎えてくれた。ユゼフたちより到着が早いのは、ほうきで飛んできたからだと思われる。品の良い老匠はディアナの前にひざまずき、頭を垂れた。
「殿下、よくぞご無事で!」
仰天したのはエリザだ。
状況を呑み込めず、狼狽えるのは無理もない。隣でひざまずくユゼフに助けを求めてきた。
「どういう状況なのか説明してくれ!」
「このお方は主国の第一王女、ディアナ殿下であらせられる」
口をあんぐりと開けて立ち尽くすエリザの腕をつかみ、ユゼフは強引にひざまずかせた。
「この娘さんは?」
シーバートが尋ねる。
「道中、私を助けてくれました。怪しい者ではありません」
ディアナはフードを脱ぎ、輝く髪をあらわにした。
「エリザ、おまえは私に対して数々の無礼な行いをしたが、おまえがいなければ、ここまでたどり着くことはできなかった。今後、態度を改めるのなら許しましょう」
何も言えないでいるエリザをユゼフは肘で突っついたが、反応がなかった。
「申しわけありません、ディアナ様。エリザは驚きのあまり、声が出ないようです」
ユゼフは代わりに答えた。
「まあ、そうでしょうね。私とユゼフが兄妹という設定には、だいぶ無理があったけど……エリザ、おまえに一つ聞きたいことがあります」
「は、はい」
エリザはようやく裏返った声で返事をした。
「おまえの話から推察すると出身は平民ではなさそうだが、姓は何という?」
「……家出したので、姓はありません」
「でも、国には帰るつもりだったのでしょう?」
「親元に戻るつもりはありませんでした」
「言いなさい。おまえの本当の名前はなに?」
エリザはためらいつつ、かすれ声で答えた。
「エリザベート・ライラスと申します」
「……ライラス」
ディアナはつぶやき、シーバートを見る。シーバートは、しばし考えてから答えた。
「おそらく、アニュラスの穴の東部ケルマン地方に、そう言った名前の小領主がいたかもしれません」
アニュラスの穴というのは、輪の形をした大陸中央に広がる円形の海のことである。内海とも呼ばれている。内海には多数の小さな島々が点在しており、毎年のように新しい島が発見され続けていた。
諸侯らにも序列があり、内海の奥地に領地を持っていても地方貴族と下に見られる。大陸側へ近づくにつれて地位が高くなった。
「エリザベート、おまえに礼を言うわ。助けてくれてありがとう。そして、私の侍従であるユゼフの傷の手当てや宿泊場所の手配をしてくれたこと、感謝する。家へ帰りたくないのなら、私に仕えればいい。国に帰った後、そのように取り計らおう」
ディアナは涼しい顔で言い、ひざまずくエリザの頭に手を載せた。
このような態度は以前のディアナからは考えられないことだ。
逃亡生活の間にディアナは変わった。それは近くにいるユゼフが一番実感していた。
以前は誰も彼も見下していたし、家来を道具のように扱い、思いやりの欠片もなかったのだ。目下の者に礼を言うなど考えられなかったのである。
──恐怖体験が良いほうに作用することなど、あるのだろうか……
つい、ひねくれた疑問を抱いてしまう。
ひとまず、シーバートがディアナを部屋へ案内し、エリザが身の回りの世話をするために付き添った。
ユゼフが主国の状況を聞けたのは、シーバートが戻ってからだ。
話のまえにケガを心配され、よく効く薬草を渡された。ユゼフは優しくされるのがどうも苦手である。好意や親切を煩わしく感じてしまう。傷の具合を見せてほしいと言われても、「たいしたことないですから」と言い張った。どのみち、回復魔法はケガの直後でないと働かない。
国内で何が起こっているのか聞いたのは、そのあとである。
ガランとした大広間で、シーバートは文を胸元から取り出した。
かつては頻繁にパーティーが開かれていたであろう大広間は、蜘蛛の巣だらけで床もあちこち抜け落ちている。朽ちた栄光の跡は恐ろしさより物悲しさを湧かせた。白い幽霊が踊っていても、不思議ではないぐらいボロボロだ。
「二通、文があります。一通目はアダムが持ってきたもの、二通目はマリクが持ってきたものです。共にヴィナス殿下のサインがあります」
シーバートがなぜ自分に敬語を使うのか、不審に思いながらも、ユゼフは折り畳まれた文を開いた。
シーマの筆跡に間違いない。シーマがシーバートへと見せかけてユゼフへ向けて書き、第二王女にサインさせたのだ。
書かれてあったのは驚くべき内容だった。
まず、国内で謀反が起こった。
襲われたのはヴァルタンの瀝青城。
会合中だった王子、諸侯、ユゼフの父エステル・ヴァルタン、次兄サムエルらが討ち取られる。その場にいたグリンデル高官と婦人数名は捕虜となった。
次に反国王軍は王都へ攻め入り占拠。長子アレース王子含め、十二人の王子とその子息、合計四十四人の王子が犠牲となった。
大けがをした国王はヴィナス王女と共に、シャルドン領シーラズに身を寄せ……後に息を引き取った。国王が亡くなったことは二通目に書かれてある。
謀反を起こしたのは、シーマ・シャルドンではなく──イアン・ローズ。
ユゼフの従兄弟だ。あの人騒がせな乱暴者が……
反対にシーマは国王を保護している。国王と第二王女のヴィナスが身を寄せているのはシーマの城だ。ちなみにシーマの父、ジェラルド・シャルドンは捕虜としてローズ城に囚われている。
つまり、シーマがなんらかの方法で馬鹿なイアンをそそのかし、謀反を起こさせた。そして、すべての邪魔者を始末させたのだ。
前に五十人いれば殺せばいい──
言ったとおりになった。これで宦官にならなくて済む。だが、ユゼフは全然嬉しくなかった。
父と兄を殺されたのだ。
たとえ、主人と下僕のような関係性であっても、血のつながった肉親であることに変わりはない。それを卑劣な方法で……ひょっとして、ベイルに殺された長兄ダニエルも──
漠然とした野心を伝えられ、ただ王女を守ることに熱意を注いでいたユゼフは、自分の愚かさに気づかされた。
シーマが頑なに話そうとしなかった理由。それもわかった。ユゼフは間違いなく反対しただろうから。
──どうして、こんなことを? どうして……
微笑みを浮かべるシーマと醜悪な計画が結びつかない。彼は人気者だったが、権威を笠に着ることはなく、優しく平等な人だった。負けず嫌いではある。溢れんばかりの情熱を胸に秘めてはいても、誰かを不用意に傷つけたり、貶めたりするような人ではなかった。
「どうされました??」
シーバートの声でユゼフは我に返った。訝しげに、のぞき込まれる。
「あ、あ、あ、あの……驚いてしまって……」
「そうでしょう? 私も驚きました。この廃城近くにある虫食い穴を通って、グリンデルへ行くよう書いてありますので、そのように致しましょう。城の地下に隠し通路があります。隠し通路の場所を書いたメモもお渡ししておきましょう。ごらんのとおり、モズに壁を通れる場所があると通達したのは嘘だったのですよ。何かあった時のため、ダニエル隊長と話し合い、嘘の通達を出したのです。事前に待ち合わせ場所も決めておりました。そうそう、レーベはダニエル隊長との待ち合わせ場所へ向かわせております」
シーバートの説明を他人事のように聞き、ユゼフの耳は死んだ人の名を捉えた。
文を返そうとしてから、また引っ込める。
「あ、あ、あ、あ、兄は……ダニエルは……」
「……なんでしょう??」
「な、な、な、な……」
「??」
「な……死にました」
絶句するシーバートにユゼフは一礼した。いくら動揺していようが、すべきこともわかっている。
「ふ、ふ、文をしばらく預かってもよろしいでしょうか? き、き、気になることがあるのです」
ユゼフは思い切って言ってみた。父と兄たちが存命だったら、そんなおこがましいことは言えない。しかし、今はもう誰にも遠慮しなくていいのだ。
シーマが文を書いたということは、ユゼフに宛てて何らかのメッセージを伝えようとしているはず。二人にしかわからない方法で、誰にも知られないように。
シーバートの返事は──
「まあ、いいでしょう。一時間程度でお返しいただけるなら」
息を止めていたユゼフは、溜め息が出そうになるのを懸命にこらえた。
ぎこちない笑みを浮かべ、震える手で文をしまう。
あきらかに挙動不審であるが、父と兄の死を知らされたのだ。それも、以前から親交のある従兄弟の手によって殺されたとなれば……動揺していたって、ちっともおかしくはないだろう。
──シーマがとんでもないことを、しでかしてしまった。しかも、俺も知らぬうちに片棒を担がされていたのだ
突拍子のない出来事に思考がついていかない。それでも、やるべきことをやらねば……ユゼフはカクカクした動きで背を向け、広間を出ようとした。
一歩、二歩……五歩……あともう少しで出口……
「あ、そうだ! ユゼフ殿!」
不意にシーバートから声をかけられ、ユゼフはビクッと肩を震わせた。
「陛下がお亡くなりになったことは、ご内密にお願いいたします。二通目の文はディアナ様にお見せしないでください。しばらく黙っておいたほうがいいと思うのですよ。ここ数日、大変なことが起こり過ぎております。これ以上は重荷になるでしょうから」
「わ、わかりました」
それだけ答えると、ユゼフは逃げるように広間をあとにした。
赤い線が国境、時間の壁が立ってる部分です。渡れません!
アルファベット◎は虫食い穴。同じアルファベットの所に瞬間移動できます。異空間ワームホールです。
赤丸の所がこれから利用しようとする虫食い穴です。




