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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(後編)二章 マリク争奪戦
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15話 来襲

 人を食らい、肉体を再生させる魔人め!──この言葉はユゼフの心の中を何往復しただろうか。


 アスターが去ったあと、窓を閉めるのも忘れ、寒々とした部屋でユゼフは固まっていた。アスターの前で余裕の笑みを浮かべていたのは、単なる見栄だ。人は触れられたくない弱い部分を突かれると、必死に隠そうとする。なんでもないふうを装う。

 卑屈に見えても、ユゼフは自尊心が高いのである。教養があり頭も良い。普通とは違う。特別な力がある。本来の自分を隠すことで、そのプライドを守ってきた。

 それが、あの一言でズタズタに引き裂かれた。


 本当はなんとなくわかっていたのだ。自身がエゼキエル──魔王の生まれ変わりだということは。自分の血で、ケガ人が回復するのを目の当たりにしてきた。レーベの話だと、魔人の血が回復能力を持つのは稀だという。

 エリザが言っていた記憶を再生させる綿毛の話。あれも、幻覚ではないだろう。とぼけていたのは、信じたくなかったからだ。


 ──俺が化け物だってことが、みんなにバレてしまったんだな


 だから皆、腫れ物に触るように接してくるのだ。これに関しては理由がわかり、スッキリした。

 無情な言葉が脳内で何度も繰り返されたあと、ユゼフを待っていたのはどうしようもないほどの寂寞感だった。

 ヴァルタン家に来た時と同じ。誰にも理解されない。一人ぼっち。


 ユゼフは雨戸を閉め、丸まっていたマリクの頭を撫でた。温かい被毛が心を慰める。これからも永遠に、自分は誰からも愛されないのだとユゼフは思った。

 肉体から心が乖離(かいり)する。


 ──ああ、この感じ。久しぶりだ


 ユゼフはたまに肉体から離れることがある。こうすれば、痛みが和らぐのだ。苦しみから逃れられる。

 体から離れて自分を俯瞰してみると、意外に愛おしい。なかなか美男子ではないか。鏡に映る男はいつだって、陰気で冴えないのに不思議だ。

 本棚が連なる質素な書斎は、ただの平面となる。世界が丸ごと記号化する。冷気を吸った石壁や本、書机、簡易ベッドもすべて──


 音が聞こえなければ、ユゼフは時を失くして呆けていただろう。空っぽになった心の上を過ぎていく音が、ユゼフを現実に連れ戻した。


 角笛だ。


 長く一回、二回……三回。

 敵が来たとき、角笛の回数でその場所を知らせるよう取り決めてあった。三回は南側の城門だ。


 ユゼフは即座に切り替えた。

 (アルコ)を手に取り、部屋を飛び出す。出るなり、会ったのは青ざめたエリザだ。青灰色の瞳はユゼフに吸いついた。化け物を見る目ではない。


「レーベは?」

「それが……探索すると言って戻ってこないんだ」

「まあいい。レーベは来ないほうがいいだろう」


 居館を出るまえにアキラとクリープ、ラセルタに会った。アキラの額に巻いた包帯が緩んでいる。にじんだ血が生々しかった。

 ユゼフは眠たそうなアキラに尋ねた。


「これで全員か?」

「ダーラは見張りだからいねぇ。あ、あとアスターも」

「くそっ……」


 ユゼフが人前で毒づくのは、めずらしい。いちいち驚かれないのは緊急事態だからだ。


「どーせ、どっかで酔いつぶれてんだろ? さっき、ワインを見つけたとか言って喜んでたから……」


 どおりで酒臭かったわけだ。言動もおかしかったし、酔っ払っていたに違いない。

 アスターに対する怒りが再沸騰するまえに、獣の啼く声が届いた。


「グリフォン? グリフォンだ! グリフォンが啼いてる……て、ことはまさか!?」


 ユゼフはなりふり構わず、屋上を走り出していた。グリフォンの魔瓶をユゼフからくすねるのは、あのクソオヤジしかいない。


 ──まったく、なにを考えているんだ!? グリフォンを使って、地上に降りたのか!? 一人で!?


「クリープは足手まといだから、待機してろ」


 指示するアキラの声を背中で聞きつつ、ユゼフの怒りは沸き上がっていた。南の端まで来て、鋸胸壁から下をうかがう。


 ──やっぱり


 城門の近くでやり合っていた。白い霧?……煙が漂っていて見えにくいが、アスター一人だ。煙は目くらましの魔術を使ったのかもしれない。レーベか。しかし、レーベの姿は見えなかった。

 敵の人数は十人ほど。思っていたより少ない。アスターは敵のど真ん中で、剣を振るい走っていた。


 ──バカか


 ユゼフたちのことをいつも叱るくせに、無謀すぎる。馬鹿め、考えて行動しろ、冷静になれ──上からエラそうに指図するクソジジイが何を間違って一人、外へ出たのか。

 ユゼフとケンカしたことで、イラついていたのかと思われる。判断力が鈍っている。


 ゴチャゴチャ分析する間もなく、ユゼフは階段を駆け下りた。残るクリープに跳ね橋を下ろしてもらう。

 ジャラジャラジャラジャラ……大げさな音は開戦の合図となっただろう。敵の意識がこちらへと向かう。


 ユゼフが人数差のことを思い出したのは、跳ね橋を渡っている最中だった。

 相手は十人。こちらは、ユゼフ、アキラ、ラセルタ、エリザ……アスター合わせて五人。


 ──俺も全然、冷静じゃなかった


 もう後戻りはできない。身構える敵がこちらを見ている。

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