11話 シーマからの手紙
敵が逃げ去ったあと、五首城屋上にて。全員集合。
ユゼフ、アスター、ダーラ、ラセルタ、アキラ、イザベラ、エリザ、レーベ、クリープ、サチ。
(ユゼフ)
重傷から回復したユゼフが五首城に着いた時、敵は去ったあとだった。残されたのは、顔面血だらけのアキラ、満身創痍のダーラ、無傷だがトゲトゲしいラセルタ──
先にエリザ、イザベラ、レーベをグリフォンで運んでから、ユゼフはアスターとクリープを迎えに行った。その間にイザベラとレーベが、ケガを負ったアキラとダーラを手当てした。
皆疲れきった顔をしていた。疲労しているだけでなく、険悪な空気まで漂っている。朝からほとんど休まずに馬を走らせたあげく、剣を振るうか魔力を使うかして消耗したせいもあるだろう。
話し合わねばならぬことが、たくさんあるというのに、互いに不信感を募らせていた。
五首城の屋上に集まった仲間は本心を隠し、疑心に満ちた目を泳がせる。ユゼフたちの頬を照らすのは赤みを帯びた西陽だ。
見張りのエリザを除き全員が揃うと、ラセルタが皆の前でダーラを罵倒し始めた。
敵に暴行されたというダーラはぐったりしている。ラセルタに責められても言い訳せず、うつむいていた。
「脅しにビビってこのバカはマリクを抱いて、のこのこ奴らの前に出ていったんっすよ。オレが貴族野郎を抑えてる間にマリクを探せって、体張って行かせたのに……あいつらは、ハナっからアキラさんを殺すつもりはなかったんだ」
「だが、ダーラがいなければ、マリクは捕まえられなかっただろう?」
アスターがなだめる。存外、穏やかだ。
「どうせ、文を奪われちまえば意味ないでしょうが!」
「文は取られてしまったのか?」
ユゼフは肩を落とした。ラセルタは頭を振る。
「あの鬼畜が逃げる直前に奪い返しました」
ラセルタはベストの内ポケットから開封された文を差し出した。ユゼフはパッとそれを受け取り、秒で目を通した。
──そういうことか
文には予想したとおりのことが書かれてあった。公表されればシーマの不利となる内容だ。
「ありがとう。ラセルタ。心からおまえに感謝する」
「でかした! ラセルタ」
アスターが手を伸ばして、ユゼフから文を取ろうとする。その刹那……
──君らの中にも敵がいるから
ウィレムの残した言葉がユゼフを用心深くさせていた。
やにわに身をかわし、ユゼフは手から青い炎を出した。魔術ではなく、純粋な闇の力だ。目を丸くしているアスターの前で炎は踊り、たちまち文は灰になった。
「……ユゼフっ! 何をする!?」
「すぐに処分したほうがいいと思ったので焼いた。内容はあとで話す」
驚いたのはアスターだけではない。呪文も唱えず、いとも簡単に炎を出したのもそうだし、文を誰にも見せず燃やしてしまったのもよくなかった。
「どうして……どうして燃やしたんだ? アキラさんはその文のせいで殺されかかったんだ……おいらたちを信用できないと?」
ダーラが声を震わせる。ユゼフは冷たく言い放った。
「内容はあとで話すと言ってるだろう?」
文に書いてあったのは、もう済んでしまったもろもろ……そして、最後になんてことない一言。
“ニーケ王子を確保せよ”
その一言が問題だった。シーマがニーケ王子を殺すつもりなのは、ユゼフもわかっている。ユゼフが非情になれないのを見越して、シーマはとりあえず確保せよと書いてきたのだ。
はっきり“殺せ”と書いていないにせよ、護って帰城させるディアナとの差が大きい。最初から、シーマが王位を狙っていたという証拠の一つにはなるだろう。
額の包帯が痛々しいアキラも、一部始終を見ていた。ユゼフの対応に、少なからずショックを受けている様子だ。
その場をなんとか収めようと、アスターが口を開いた。
「それはそうとユゼフよ、体の調子はどうだ? もう、なんともないのか?」
「大丈夫……アスターさんは?」
ユゼフは包帯を巻いたアスターの左手首へ疑いの目を向けた。信用できないのにはちゃんと理由がある。
ユゼフがレガトゥスにやられた傷は致命傷かと思われた。それなのに目が覚めると傷口は塞がっており、完全に治っていたのだ。アスターの説明ではイザベラの回復魔法ということだが、どうも腑に落ちない。
くわえて、いつにも増してイザベラやレーベの態度がよそよそしい。エリザまで目を合わせてくれない。
アスターだけが気持ち悪いほど優しく、ユゼフは目覚めてからずっと違和感を抱いていた。
その左手首の傷も不自然だ。レガトゥスと戦った際に斬られたという傷は、ユゼフが気絶するまえにはなかった。記憶違いといえばそれまでだが。重量のあるグラディウスで打たれた場合、手首はスッパリ腕から離れるはずだ。
──そんなことより、レーベたちの態度だ……
レーベとイザベラはもともとユゼフを嫌っている。それはわかるにしても、意識を回復したあとは、ばい菌扱いもいいところだ。いっそう嫌悪感を剥き出しにしてくる。態度が変わらないのはクリープのみ。気を失っている間に、何かあったのは明白だった。
隠しごとをされている。
「ああ、傷はたいしたことない」
そう答えるアスターの顔色は悪い。
「今後の予定としては、シーマの指示どおりアオバズクを目指すのが妥当と思うが……クリープよ、エリザと見張りを代わってこい。そう、サチを置いてからだ……どんくさい奴め、もたもたするな! さっさと行け!」
アスターはクリープを追い払ってから話し始めた。皆、自然とアスターとユゼフを囲んで輪になっている。
崖を背に、高い城壁で囲まれた城は建っていた。五つの塔が周囲を囲み、居館と礼拝堂が屋上に鎮座しているといった風変わりな建築である。平べったく伸びる塔の影は不気味だ。疑心暗鬼になる臆病者を、あざ笑っているようにも見える。
「マリクを回収してから向かえと、わざわざ伝えてきたのだから、マリクが持っていた文の内容を我々も把握する必要がある。ざっくりでいい。話せ」
アスターに促され、ユゼフはしぶしぶ口を開いた。
「そんな気にするほどの内容じゃない。もう済んでしまったことだ。イアンが時間の壁を越えて魔国へ向かったので、注意しろと。約束の場所にリゲルという時間移動者を送った。何も言わずにディアナ様を連れ去るだろうが、問題ないと……それだけだ」
「なるほど……では、我々を狙う連中は、なぜこの文を奪おうとしたのだろうな?」
「おそらく、シーマにとって不利な内容が書かれていると邪推したんだろう。内容自体は問題ない。文のせいで皆が危険な目に遭ったし、すぐ燃やしたほうがいいと思った」
アスターはうなずき、それ以上追及しようとはしなかった。が……
「ちょっと待てよ!」
異議を唱えたのはダーラだった。
「ティモールとかいうトサカ頭、あいつが言ってたのをおいらは聞いたんだ……文に目を通してから……あいつはこう言ったんだ……」
「黙れ!」
ラセルタがダーラの言葉を遮った。
「脅しにビビって、文を簡単に渡しやがって! ユゼフ様が来てくれなかったら、オレもアキラさんも危なかった。ユゼフ様はおまえみてぇなバカのせいで危なかったから、すぐに文を燃やしたんだ。お荷物の役立たずのくせに、ゴチャゴチャ文句を垂れるな!」
「おいらはただ……」
ラセルタの剣幕にダーラは言葉を詰まらせて、下を向いてしまった。
「お荷物の役立たずというのは言い過ぎだろう? ダーラがいなければ、虫食い穴の洞窟を見つけられなかったのだし……」
アスターがかばう。アスターはダーラの肩ばかり持つ。
「アスターさん、こいつに甘くないすか? アンタ、オレが同じことしたら、半殺しにするでしょうに。ひいきは良くないっすよ?」
ラセルタは正しい。アスターは好き嫌いを明確にしており、人によって態度を変える。ラセルタはここぞとばかり、ダーラに怒りを爆発させた。
「ずっとヘマばっかじゃん。洞窟見つけても、オートマトンに囲まれてるのに気づけなかったし、ユゼフ様が教えてくれなかったら、大変なことになってた……ビジャンが死んだのだって、おまえのせいじゃねーの?」
ビジャンのことを言われるとダーラは涙ぐみ、背を向け、居館の方へ走っていってしまった。
「そこまで言うことはないだろう」
アスターは苦い顔をする。頬に拭き残しの血をつけたアキラが口を開いた。
「ラセルタ、連中のことを皆に話してくれないか」
視線がラセルタに集まる。皆、なにか胸の内に抱えているのだろう。顔色を窺うような目つきだ。
「奴らは未来から来たと言っていました」
ユゼフは耳を動かした。ウィレムの話と合致する。アキラが話をつないだ。
「それはオレも聞いた。五年後の未来から壁を通って来たと。五年後にはシーマの政権が変わるとかゴチャゴチャ抜かしてたが……」
「荒唐無稽な話ではあるが、リゲルの存在があれば無視はできまい……」
アスターが相槌を打ち、イザベラに尋ねた。
「リゲルはどのようにして時間移動をするのか聞いたことはあるか? 自由に好きな時間へ移動できるのか?」
「時間の壁を通ることはできる。時間の粒子の影響を操作することも……けど、時間移動は壁が出現してる間の時間枠だけと言っていた」
「ということはつまり?」
「時間の壁がある時代しか行けないってこと。勝手に飛ばされれば別だけど……」
「五年後、時間の壁がまた現れるということか……」
「彼らの言うことを信じれば、そうなるわね。でも、憶測にすぎない」
「そうだな。今、第一に確認しないといけないのは確実な情報だ」
ラセルタはコクリと頷き、男たちの人相を話し始めた。
「一人はティモール・ムストロというトサカ頭です。剃り上げた頭の右側に古代語の入れ墨があります。身長はアキラさんより高いかな、同じくらい? とにかく目立つ奴なんで、すぐわかります。双剣……二つの剣で戦います。ガラガラのしゃがれ声で狂暴な嗜虐趣味者です……」
そこで一息つく。一秒ほど休んで、ラセルタは続けた。
「……もう一人はジェフリーと呼ばれていました。まっすぐな黒髪を背中で束ね、身なりも小綺麗。お上品な貴族様といった感じですね。身長はユゼフ様と同じくらい、細長い片手剣を操ります」
──ジェフリー
ユゼフの脳裏に浮かんだのは、シーマの左側にたたずむジェフリー・バンディだった。シーマは見栄え良く、頭も切れるジェフリーを気に入っていたのだが……ジェフリーはユゼフに対して攻撃的だった。シーマの見ていないところで、露骨に見下されたことが思い出される。
──まさかな?……あの生真面目なジェフリーがシーマを裏切るとは考えられない
「で、連中の強さだが……おまえらのさんざんな状態から聞くまでもないか……あと、モズの宿屋に仲間が何人かいるはずだ」
「人数はわからない……それと確実なことが一つある」
アキラが言葉を切ってから、皆の顔を見回した。
「連中の目的はアスターとユゼフ、サチ・ジーンニアを殺すことだ」




