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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(後編)二章 マリク争奪戦
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9話 アキラ対ティム(アキラ視点)

「あいつ、犬を探しに行ったぞ! 追えよ、ジェフリー!」


 アキラの攻撃を避け、トサカ頭が後ろに跳ぶ。


「こっちのガキを殺してからにする」


 ジェフリーは落ち着き払って答えた。

 ラセルタのサーベルが風を斬る。速度は格別だ。アキラでさえ、目だけでは追えない。

 そのラセルタのサーベルをジェフリーはあっさり受けた。アキラはその様子を目の端で見て、安堵する。


 ──よかった。あの気取った貴族は、絶対にマリクを捕まえられないだろう……


 亜人の能力を持つダーラのほうが、先にマリクを見つけられるからだ。それと、ラセルタの相手は容易ではない。


 重い剣が上から降って来たのを受け、アキラはり足で下がった。トサカ頭は反対の手に握った剣で襲いかかってくる。受けても休む間なく、二撃目がやってくる。


 ──これでは二人を相手にしているみたいだ


 ふっと……トサカ頭が攻撃の手を休めた。アキラは正眼に構え、にらみ合う。


「てめぇ、ホッとしてやがるな?」


 トサカ頭は勘づいた。


「俺様の間抜けな仲間がガキ一人を逃がしたが、犬を捕まえる自信があんだな?」

「だとしたら、なんだ?」

「俺様はこの腐ったグループで唯一の頭脳派なんだよ。てめぇを人質にして、ガキから文を取り上げることにする」


 トサカ頭は斬りかかってきた。アキラは剣を受け、避け、下がるをまた繰り返す。それしかできない。

 相手のほうが上手(うわて)なのは百も承知だ。絶対に勝てないほどの力の差ではないことも……

 魔国での体験がアキラから自信を奪っていた。


 ──俺なんか……


 こんな気持ちでは絶対に負ける。ましてや、相手は自分より強い相手だ。

 イアンと戦った時と同様、身を斬らせてから返し技をかけるか……でも、イアンの時は仕留められなかった……この男はイアンより弱いが……

 ふたたび、トサカ頭が攻撃をやめた。


「てめぇ、避けてばかりいて……カウンターを狙ってやがるな?」


 トサカ頭の灰色の瞳に、揺れる自分が映った。剣を構えた状態で、アキラたちは視線をぶつけ合う。数秒経って、トサカ頭は不意に眉を下げ「ふふん」と笑った。続いて、剣を持った両腕を下げた。


「俺様のほうが格上だ。てめぇは勝てねぇよ」

「……!?」

「だがな、ムダにケガはしたくねぇ。あと三人殺さないといけねぇからな……てめぇ、見た目は亜人じゃねぇようだが、なぜ奴らに従ってる? どうせ、そんなに長い付き合いじゃねぇだろ? 奴らについたところで、政権は変わる……」


 トサカ頭は語りだした。逆転する絶好の機会というのに、アキラは耳を傾ける。しゃがれていても、不思議と聞き入ってしまう声音だ。


「俺様は五年後の未来から壁を通ってきた。シーマのクソが王でいられんのは五年だけだぜ? クソの臣下に従ってるとバカを見る。どうだ? 俺様のほうにつかないか?」

 

 アキラは混乱した。考えることは得意ではない。男の言っていることの意味がよくわからなかった。


 ──未来から来た?……シーマが王?……五年後……壁


 意味深な言葉が耳に残ったが、言葉同士を繋げて解釈するには時間がかかる。アキラは考えるのをやめた。要はユゼフを裏切って、自分たちの仲間になれということを言っている。


「命懸けで共に戦った仲間を裏切ったりはしない」


 アキラは剣を構えたまま、身動きせずに答えた。トサカ頭は鼻で笑う。


「すぐには決められねぇだろ? 出会ったばかりだしな。ガキから文を取り上げるため、てめぇのことは殺さないでおいてやるよ。その間にゆっくり考えておけばいい」

「考える時間は必要ない」


 言い終えるまで待たず跳躍する。アキラは初めて、自分のほうからトサカ頭に斬りかかった。腕を下げているし、油断しているように見えたからである。しかし……


 トサカ頭は速やかに剣を受けた。それからまた、熾烈な打ち合いが始まる──

 金属と金属がぶつかり合う高音。飛び散る汗と火花。途切れることなく、息つく間すら許さず、鳴り響く。


 期間としては一か月程度、アキラはユゼフと一緒に生活した。魔国ではアスターに命を救われ、アキラ自身はユゼフを救った。気後れしても、アスターには敬意を持っている。

 彼らと行動するのは壁の向こうにいる兄を探し出すため? いや……


 ──アスターからは学ぶべきことがたくさんある。それに、ユゼフはいい奴だ……だから、ユゼフが仕えるシーマもきっと……


 剣撃の手を休めず、トサカ頭は口の端を上げた。


「てめぇの動きは見切った! これからが本番だ!」


 言ったとたん、速くなった。先ほどまでとは別人だ。レベルが違う。


 ──ヤバい……読めない……


 反射的になんとか刃を受けても、避け続けられるのは時間の問題だ。アキラはジリジリ後ずさるしかなかった。滴る汗が足跡の代わりに黒いシミを残していく。


 下がり、また一歩下がり、逃げ続ける。気づけば、パレスの外壁まで追い詰められていた。息が上がり、荒々しく肩を上下させる。


 ──完全に詰んだ


 限界だ。これ以上は下がれない。避けられない……

 ついに左から胴を狙って、鋭い一撃が迫ってきた。


 ──鋭い一撃? いや、割と……


 斬り込んでくる動きだけではなく、自分の動きまでもがゆっくり感じられる。


 ──よかった。かわせる……


 そう思った瞬間、右下から突き上げられ、右手首に強烈な打撃が入った。

 強い痛みと痺れ。弛緩。アキラは「兄弟」と名付けた剣を落とした。

 左胴を狙っていたのとは違うもう片方の剣で、手首を峰打ちされたのだった。もし両刃※で襲われていたら、右手を失っていただろう。膝を折って、くずおれる。

 緩やかにカーブした先の鋭い切っ先が目前に迫る。残酷な刃は顎に軽く触れた。

 アキラは終わったことを悟った。


「ユゼフ・ヴァルタンは、今どこにいる?」


 黙──


「よし、てめぇは自分の顔が嫌いだろうから、傷を増やしてやろう」


 顔を切られるのかとアキラは思った。だが、トサカ頭は左手に持っていた剣を地面に落とした。そして、アキラの髪を引っ付かんだのである。

 刹那──居館のゴツゴツした外壁が目の前にあった。

 

 ガンッ……


 寸前で目はつむっただろうか。アキラは石壁に頭を叩きつけられた。


 一回目──

 痛みより何よりグラグラする。アキラは吐きそうになった。


 二回目──三回目──

 遠のく意識を引き戻すのは、次の打撃がもたらす激痛と震動だ。


 アキラは生理的反応で呻き声を上げた。何回か叩きつけられ、切れた額から流れる血で顔が血まみれになる。


「ふむ。おまえは言わんな? 強い子だ」


 トサカ頭はアキラを地面へ投げ捨て、解放した。すでにアキラの意識は朦朧としている。


「狐ー! 狐ーーッッ! ダーーーラッッ!! 聞こえっか? 犬は見つけたか? 出てきやがれ! このダンゴムシが! てめぇのダチをボコボコの瀕死状態にしてやったぜ!」


 大声でダーラが逃げ込んだ居館に向かって恐喝する。


「早く出てきやがれ! もう死ぬぞ! てめぇのダチは!」 


 館からは誰も出てこない。トサカ頭は大きく舌打ちをした。


「俺様の名はティモール・ムストロ! ユゼフ・ヴァルタンとダリアン・アスター、そしてサチ・ジーンニアを殺しに未来からやって来た!」


 高らかに宣言するティモールの声を頭半分で聞き、アキラは気を失った。




※両刃……剣の両側が刃になっている。

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