9話 アキラ対ティム(アキラ視点)
「あいつ、犬を探しに行ったぞ! 追えよ、ジェフリー!」
アキラの攻撃を避け、トサカ頭が後ろに跳ぶ。
「こっちのガキを殺してからにする」
ジェフリーは落ち着き払って答えた。
ラセルタのサーベルが風を斬る。速度は格別だ。アキラでさえ、目だけでは追えない。
そのラセルタのサーベルをジェフリーはあっさり受けた。アキラはその様子を目の端で見て、安堵する。
──よかった。あの気取った貴族は、絶対にマリクを捕まえられないだろう……
亜人の能力を持つダーラのほうが、先にマリクを見つけられるからだ。それと、ラセルタの相手は容易ではない。
重い剣が上から降って来たのを受け、アキラは摺り足で下がった。トサカ頭は反対の手に握った剣で襲いかかってくる。受けても休む間なく、二撃目がやってくる。
──これでは二人を相手にしているみたいだ
ふっと……トサカ頭が攻撃の手を休めた。アキラは正眼に構え、にらみ合う。
「てめぇ、ホッとしてやがるな?」
トサカ頭は勘づいた。
「俺様の間抜けな仲間がガキ一人を逃がしたが、犬を捕まえる自信があんだな?」
「だとしたら、なんだ?」
「俺様はこの腐ったグループで唯一の頭脳派なんだよ。てめぇを人質にして、ガキから文を取り上げることにする」
トサカ頭は斬りかかってきた。アキラは剣を受け、避け、下がるをまた繰り返す。それしかできない。
相手のほうが上手なのは百も承知だ。絶対に勝てないほどの力の差ではないことも……
魔国での体験がアキラから自信を奪っていた。
──俺なんか……
こんな気持ちでは絶対に負ける。ましてや、相手は自分より強い相手だ。
イアンと戦った時と同様、身を斬らせてから返し技をかけるか……でも、イアンの時は仕留められなかった……この男はイアンより弱いが……
ふたたび、トサカ頭が攻撃をやめた。
「てめぇ、避けてばかりいて……カウンターを狙ってやがるな?」
トサカ頭の灰色の瞳に、揺れる自分が映った。剣を構えた状態で、アキラたちは視線をぶつけ合う。数秒経って、トサカ頭は不意に眉を下げ「ふふん」と笑った。続いて、剣を持った両腕を下げた。
「俺様のほうが格上だ。てめぇは勝てねぇよ」
「……!?」
「だがな、ムダにケガはしたくねぇ。あと三人殺さないといけねぇからな……てめぇ、見た目は亜人じゃねぇようだが、なぜ奴らに従ってる? どうせ、そんなに長い付き合いじゃねぇだろ? 奴らについたところで、政権は変わる……」
トサカ頭は語りだした。逆転する絶好の機会というのに、アキラは耳を傾ける。しゃがれていても、不思議と聞き入ってしまう声音だ。
「俺様は五年後の未来から壁を通ってきた。シーマのクソが王でいられんのは五年だけだぜ? クソの臣下に従ってるとバカを見る。どうだ? 俺様のほうにつかないか?」
アキラは混乱した。考えることは得意ではない。男の言っていることの意味がよくわからなかった。
──未来から来た?……シーマが王?……五年後……壁
意味深な言葉が耳に残ったが、言葉同士を繋げて解釈するには時間がかかる。アキラは考えるのをやめた。要はユゼフを裏切って、自分たちの仲間になれということを言っている。
「命懸けで共に戦った仲間を裏切ったりはしない」
アキラは剣を構えたまま、身動きせずに答えた。トサカ頭は鼻で笑う。
「すぐには決められねぇだろ? 出会ったばかりだしな。ガキから文を取り上げるため、てめぇのことは殺さないでおいてやるよ。その間にゆっくり考えておけばいい」
「考える時間は必要ない」
言い終えるまで待たず跳躍する。アキラは初めて、自分のほうからトサカ頭に斬りかかった。腕を下げているし、油断しているように見えたからである。しかし……
トサカ頭は速やかに剣を受けた。それからまた、熾烈な打ち合いが始まる──
金属と金属がぶつかり合う高音。飛び散る汗と火花。途切れることなく、息つく間すら許さず、鳴り響く。
期間としては一か月程度、アキラはユゼフと一緒に生活した。魔国ではアスターに命を救われ、アキラ自身はユゼフを救った。気後れしても、アスターには敬意を持っている。
彼らと行動するのは壁の向こうにいる兄を探し出すため? いや……
──アスターからは学ぶべきことがたくさんある。それに、ユゼフはいい奴だ……だから、ユゼフが仕えるシーマもきっと……
剣撃の手を休めず、トサカ頭は口の端を上げた。
「てめぇの動きは見切った! これからが本番だ!」
言ったとたん、速くなった。先ほどまでとは別人だ。レベルが違う。
──ヤバい……読めない……
反射的になんとか刃を受けても、避け続けられるのは時間の問題だ。アキラはジリジリ後ずさるしかなかった。滴る汗が足跡の代わりに黒いシミを残していく。
下がり、また一歩下がり、逃げ続ける。気づけば、館の外壁まで追い詰められていた。息が上がり、荒々しく肩を上下させる。
──完全に詰んだ
限界だ。これ以上は下がれない。避けられない……
ついに左から胴を狙って、鋭い一撃が迫ってきた。
──鋭い一撃? いや、割と……
斬り込んでくる動きだけではなく、自分の動きまでもがゆっくり感じられる。
──よかった。かわせる……
そう思った瞬間、右下から突き上げられ、右手首に強烈な打撃が入った。
強い痛みと痺れ。弛緩。アキラは「兄弟」と名付けた剣を落とした。
左胴を狙っていたのとは違うもう片方の剣で、手首を峰打ちされたのだった。もし両刃※で襲われていたら、右手を失っていただろう。膝を折って、くずおれる。
緩やかにカーブした先の鋭い切っ先が目前に迫る。残酷な刃は顎に軽く触れた。
アキラは終わったことを悟った。
「ユゼフ・ヴァルタンは、今どこにいる?」
黙──
「よし、てめぇは自分の顔が嫌いだろうから、傷を増やしてやろう」
顔を切られるのかとアキラは思った。だが、トサカ頭は左手に持っていた剣を地面に落とした。そして、アキラの髪を引っ付かんだのである。
刹那──居館のゴツゴツした外壁が目の前にあった。
ガンッ……
寸前で目はつむっただろうか。アキラは石壁に頭を叩きつけられた。
一回目──
痛みより何よりグラグラする。アキラは吐きそうになった。
二回目──三回目──
遠のく意識を引き戻すのは、次の打撃がもたらす激痛と震動だ。
アキラは生理的反応で呻き声を上げた。何回か叩きつけられ、切れた額から流れる血で顔が血まみれになる。
「ふむ。おまえは言わんな? 強い子だ」
トサカ頭はアキラを地面へ投げ捨て、解放した。すでにアキラの意識は朦朧としている。
「狐ー! 狐ーーッッ! ダーーーラッッ!! 聞こえっか? 犬は見つけたか? 出てきやがれ! このダンゴムシが! てめぇのダチをボコボコの瀕死状態にしてやったぜ!」
大声でダーラが逃げ込んだ居館に向かって恐喝する。
「早く出てきやがれ! もう死ぬぞ! てめぇのダチは!」
館からは誰も出てこない。トサカ頭は大きく舌打ちをした。
「俺様の名はティモール・ムストロ! ユゼフ・ヴァルタンとダリアン・アスター、そしてサチ・ジーンニアを殺しに未来からやって来た!」
高らかに宣言するティモールの声を頭半分で聞き、アキラは気を失った。
※両刃……剣の両側が刃になっている。




