6話 ワームを操るユゼフとレガトゥスと戦うアスター
グリンデルの百日城から逃れたユゼフたちは逃走を続ける。目指すのは大陸の反対側、モズのソラン山脈へつながる虫食い穴。だが、虫食い穴の洞窟は機械兵士に囲まれていたのだった。
魔瓶から吹き出す煙で、視界が真っ白になる。
ユゼフは頭上にかかげていたダガーを下ろした。ウィレムと自分をつなぐロープをスパッと断ち切る。
煙の中から現れたのは、グラディウスを振り上げたレガトゥスだ。
火花と高音が煙を蹴散らした。ぶつかり合う刃と刃。イアンの剣がなまめかしい輝きを放つ。かろうじて剣を受けたユゼフの耳に、アスターの怒声が響いた。
「伏せろ!」
まばゆい。赤、赤、赤──目を閉じていても同じ色だ。
猛り狂う火焔が咆哮を上げる。レガトゥスの攻撃を受けていたために、ユゼフは伏せることができない。全身、炎に包まれた。
──熱い……
いつも見る夢を想起させる。レガトゥスは炎の中から剣を突き出してきた。血の通わぬ者の無情な一撃──鋭い痛みが体を貫く。
彼らの気配を感じることはできない。頼りになるのは音や視覚、空気の流れだけだ。どこからどう来るか、わからなかった。
ユゼフは心臓の真下を刺された。
燃え上がっていた炎がザアァァァァァ……と押し寄せる水流に呑み込まれる。
ワームだ。魔瓶から解放されたワームが水を吐き出したのである。一面、大洪水になった。レガトゥスは洞窟の中へ流されていき、ユゼフも水に身を任せた。
暗く湿った空気が肺を圧迫する。騒音は収まった。水は引いていき、固い岩の感触が安心感を与える。奥には、虹色の光を発する虫食い穴が見えた。ユゼフがいるのは薄暗い洞窟の中だ。めくるめく環境の変化に頭がついていかない。
「早く、虫食い穴へ! 全員だ! 私のことはいい。アキラ、ボサッとするな! おまえも行け!」
がなり立て、アスターがレガトゥスに斬りかかっている。幸い、レガトゥス以外のオートマトンは洞窟内に見当たらなかった。
弾ける金属音。刃はレガトゥスの鎖骨と肩甲骨を繋ぐ関節に入るが、全身金属のレガトゥスはビクともしない。
とはいえ、水を浴びたせいでレガトゥスの動作は鈍くなったようだ。反撃されてもアスターはスルリ、簡単に避けた。体勢を立て直し、レガトゥスの関節部分というか、繋ぎ目を狙って刃を叩きつける。
ユゼフは洞窟の壁に寄りかかり、アスター以外の皆が虫食い穴へ入って行くのをぼんやり眺めていた。体は動かない。胸から染み出る生暖かい感触だけがリアルだった。ユゼフは静かに目を閉じた。
ワームの目を通して、様子を確認することができた。
洞窟の外は水浸しだ。ワームがオートマトンを抑え込んでいる。水をかぶってからオートマトンの動きは遅くなった。ワームは飛びかかるオートマトンらを容易く跳ね飛ばしている。
魔瓶から出したワームは二十頭。オートマトンは百頭いる。動きが鈍くなったとはいえ、金属製の彼らは簡単には壊れない。ワームは逃げるまでの時間稼ぎにしかならないだろう。
ワームが口から放出した水は盗賊のアジトにある湖、プリマエ・ノクティスと魔国の湖から取った。彼らは相当量の水を体内に蓄えることができるが、湖が干上がってしまうため、最大限度の水を吸引させられなかった。
水を放出し終えたワームは咆哮し、口から強風を吹いた。オートマトンだけでなく、木々がなぎ倒されていく。そんななか、飛ばされ、流され、烏合の衆となった兵士たちが見えた。
巨大なワームが二十頭……口から大水と強風を吹き、森を破壊している。そんな状況下では当然だろう。
ワームは通常群れず、魔瓶に封じていなければ、寿命も短く、補食も頻繁にはしない。普段は暴れないのと、妖精たちの再生能力により「魔法使いの森」は保たれているのである。
大量のワームが暴れるなど前代未聞だ。こんな情景を見るのは、ユゼフも初めてのはずだった。それなのに……
なぜか既視感がある──
地面はぬかるみ、倒れた木々が動きを封じる。これでは、人間の戦士が戦えない。
たどり着いたグリンデル兵は少しの間、右往左往していたが、さっさと退却した。オートマトンですらワームの起こす風で倒れ、ろくに攻撃できないのを目の当たりにしたからである。ワームが優勢なのは最初だけとも知らず……
知能が低いように見えて、オートマトンはワームの攻撃を受けるたび学んでいく。ワームが口を開けても次からは避ける。
やがて、何頭かがワームの背後から斬りつけたり、よじ登って急所である頭部に刃を突き立てたりするだろう。一頭のワームが倒れたのを皮切りに二頭、三頭とワームは倒れていくに違いない。
「くそっ! ラヴァーの刃が痛む! この金屑めが!」
乱暴な打撃音と毒づくアスターの声が聞こえ、ユゼフの意識は洞窟内へ戻された。目を開けると、両腕をブラブラさせ、明後日のほうへ首を曲げたレガトゥスの姿が見える。両肩の関節を破壊されているから、戦いを続けるのは厳しそうだ。
オートマトンの体はたしか、亜鉛か銅合金だったと思われる。薄くプレート状にしてから部品を作っており、それを組み立てている。鋼鉄の剣に比べたら弱いのだ。以前読んだ本に書いてあった。薄れていく意識の中、ユゼフはそんなことを回想した。
アスターはレガトゥスの膝の関節に強い一撃を打ち込んだ。それでやっと崩れたが、まだ這うようにしてこちらへ向かってくる。
「ユゼフ! 無事か!?」
アスターは洞窟の壁に寄りかかっている息も絶え絶えのユゼフを助け起こした。グラディウスに貫かれた胸からは、血がとめどなく溢れている。炎にやられた衣服は、消し炭のように真っ黒だ。触れたアスターの手は煤で汚れた。
ユゼフはアスターに抱きかかえられ、虫食い穴へ入った。




