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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(後編)一章 オートマトンとレガトゥス
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5話 冷たい機械の目

 作戦会議と言っても大層なものではなく、五分ほどで話し合いを終えた。敵に逃げ道を塞がれた状態で、ゆっくり意見を出し合う余裕も選択肢もなかったからだ。

 

 まず、ここから南、宿屋の方角にいるグリンデル兵を襲い、鎧兜を奪ってから洞窟へ向かう方法──機動力のある者……ユゼフ、アスター、アキラ、ダーラ、ラセルタのうち何人かと、それ以外が二手に分かれる必要がある。兵はそんなに離れていない位置にいるが、ウィレムやサチを抱えた弱い者のグループを残していくのには不安があった。


 もう一つ──

 グリンデル水晶のはめ込まれたユゼフのダガーを使って、オートマトンを騙して通行する方法──両手を上げるのを合図に彼らは止まり、水晶を感知することで襲ってこないという。この方法はアスターの話が正しければ、最善と思われた。

 しかし、オートマトンは複雑な思考ができなくても目視ができる。グリンデル兵の格好ではないユゼフたちを味方と認識してくれるか、不安が残った。


「敵味方関係なく、オートマトンは襲うからな? 基本、味方の兵は後退させるんだが、逃げ遅れた場合や遭遇してしまった場合の対策として通達が回った。王議会と軍上層部しか知らぬ機密情報だ」

 

 軍上層部の通達事項として得た情報なので、信用できるとアスターは言う。

 話し合いの結果、皆はアスターを信じることにした。


 それから、ゆっくり歩いて逃げろとユゼフは馬たちに命じた。慌てて走れば、グリンデル兵から攻撃を食らうからである。


「みんな、集まれ! 三列になってくっつけ。女子供は手をつなげ。グリンデル兵に連行される国外追放の罪人といった(てい)で行くぞ」


 アスターの指示通り、先頭にユゼフ、並んで三列、接近して並んだ。アスターとアキラの間に縛られたウィレムを挟み、そのすぐ後ろにエリザ、レーベ、イザベラと横並びになる。最後はダーラ、ラセルタ、クリープと続いた。


「ダーラ、怖いか?」


 アスターはつま先立ちをして、最後尾のダーラに呼びかけた。


「こわい。けど、逃げたりしない」


 ダーラの顔は見えないが、声はしっかりしている。アスターは踵を地面につけ、今度はエリザ、レーベ、イザベラに向き直った。エリザとイザベラはレーベと手を繋いでいる。レーベの背中から食虫植物のレグルスの寝息が聞こえてきた。


「エリザ、おまえは大丈夫か?」

「大丈夫だ。アスター、アンタとユゼフを信じてる。こんなことでビビってたら、とうに死んでるさ」


 アスターはうんうんと首を縦に振り、レーベに声をかけた。


「いいか? 二人の手を絶対に離すんじゃないぞ? 怖かったら目をつぶるんだ」

「ぼくは臆病者じゃない。しっかり、オートマトンを目に焼き付けてやりますよ」


 レーベの返答に満足したアスターは前を向いた。ユゼフも深呼吸して、進行方向へ向き直ろうとする。


「さあ、行くぞ!」

「ちょっ、ちょっと待った!」


 声を上げたのはウィレムだ。

 アスターの気配が優しい父から冷酷な殺し屋へと変わる。ウィレムは逃げられないよう、先頭のユゼフと腰を縄で繋いでおり、両側をアスターとアキラに塞がれている。


「あの、アスター様、お待ちください……」


 近距離でアスターから鋭い視線を向けられたウィレムは、ビクビクしながら言い直した。


「本気でオートマトンの包囲を突破するおつもりですか? 本当にグリンデル水晶一個で攻撃を受けないのでしょうか? もし、その情報が間違っていれば、みんな黒焦げになってしまいます」


 ウィレムは懸命に訴えた。


「どちらにせよ、おまえは我々について行く選択肢しかない……だが、グリンデル水晶が効かなかった場合の対策も用意はしてある」」


 アスターの言う対策というのは魔瓶である。魔国との戦いで使わなかったワームの魔瓶が二十本以上あった。


 雲行きが怪しくなったら、両手を上げているユゼフに代わって、アスターがワームを出す。ワームは大量の水を吸い込んでいるので、火炎攻撃には有効だ。


 ウィレムがおとなしくなり、ユゼフは前へ進み始めた。本当は皆、平静を装っているだけでウィレムと同じように恐怖している。ひと月前だったら、尻込みしていただろう。

 ある程度の危険を冒さなければ前進できず、八方塞がりになるのはこれまでの体験でわかっていた。怯懦な心に支配されていては、命ごと呑み込まれる。

 正しいか正しくないかは別として、勇気とはこういうものなのかもしれなかった。


 腐葉土を踏み締める一歩一歩をユゼフは数えた。ブヨやカメムシなど、小さな虫まで向かう先から逃げてくる。動くものは風に吹かれる木の葉や枝、草花しかなくなっていく。

 

 やがて、ブゥーンと虫の羽音のような機械音が聞こえ始めた。

 時間にして五分程度だろうか。 出会うまでは、あっという間だった。

 彼らは洞窟の前に陣を敷いていた。百頭はいる。距離が二十キュビット(十メートル)ぐらいに縮まると、草を踏む音に反応した。木々の間からのぞく、いくつもの丸い目がこちらを見る。

 黒いガラス玉の目からは、なんの感情も感じ取れなかった。そのうえ、平べったい顔には表情筋がない。

 人の形をしていても、血の通わないことがこんなにも冷たく、不気味なのかとユゼフはゾッとした。

 

 暑くないのに額から汗が流れ落ちる。皮膚を伝う水滴が気持ち悪くても我慢だ。ユゼフはゆっくり両手を上げた。片手でダガーの鞘部分を握り締め、グリンデル水晶のはまった(つか)を高くかざす。


「ヒュドル」 


 背後で呪文を唱えるレーベとイザベラの声が聞こえた。たちまちユゼフたちは薄い水の膜に覆われる。

 気配に気づき、オートマトンは集まってきた。くすんだ灰色の体は甲冑なのか、本体なのか。思っていたよりカクカクした動きだ。緩慢である。アスターの話どおり、手を上げたユゼフを凝視し、なにか感知しているようにも見えた。

 

 一番正面にいたオートマトンが、腰に差した剣から手をサッと離す。「キーーーーーーーン」と高音の金属音を顔の辺りから鳴り響かせた。

 それが合図だった。集まっていたオートマトンは散っていき、道を開けていく。ユゼフたちは怪しまれぬようゆっくり歩を進めた。

 

 洞窟の入口を塞ぐのは頭一つ分高いオートマトンだ。銀色の甲冑をまとい、大きい羽根の付いた兜をかぶっている。真っ赤な羽根がツンと天を刺していた。


「ナニモノダ? ミカタナラナヲナノレ」


 そのオートマトンは平坦な声でしゃべった。こちらに向けた顔はドクロそのものだ。


「レガトゥスだ」


 アスターが教えてくれた。レガトゥスとはオートマトンのなかで唯一、知能を持つ指揮官だと聞いたことがある。


「グリンデル騎士団のザカリヤ・ヴュイエという者だ。罪人を連行する途中である。そこを通して頂きたい」


 とっさにユゼフは頭に浮かんだ名前を言った。そして、言ってから後悔した。色事で国を追放された男の名前など、本当は使いたくない。


「ジョウオウヘイカノメイニヨリ、ココカラサキハダレモトオシテハイケナイ。オヒキトリネガオウ」


 レガトゥスの返答はユゼフの緊張を最高潮に追い上げた。アスターがアキラに魔瓶を渡している。その気配を背中で感じる。


「ならば、仕方ない」


 ユゼフが言うと、アスター、アキラ、最後尾のラセルタが魔瓶を投げた。


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